【リスキリング・コーチングお勧め書籍】オリバー・バークマン『HELP!――「人生をなんとかしたい」あなたのための現実的な提案』

日々、新たな切り口で魅力的なタイトルを冠した新刊が登場する「ビジネス書」。
有名経営者や著名人の思想・仕事術を学べる「ビジネス書」は、自己成長やスキルアップをめざしたい、仕事の進め方や人間関係を改善させたいビジネスマンとって、多くの学びを与えてくれることでしょう。

本連載では、リスキリング&コーチングの専門家であり、15年で400社を超える組織の構造改革・雇用調整におけるHRコンサルティングに携わる一方で、リーダーとして200名を超える組織のピープルマネジメントも経験する下瀬川氏が、リスキリングやコーチングにお悩みの方やご興味がある方へ、お勧めのビジネス書を書籍要約と共にご紹介いたします。

 

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ビジネス書・自己啓発本への批判の書?

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リスキリングやキャリアアップに興味ある人なら皆、ビジネス書や「自己啓発」と言われるジャンルの本を紐解くことに躊躇する人は少ないでしょう。

むしろ、積極的にそういったジャンルの本を読むように心がけ、新刊が出るたびに手に取ってみる人も多いかもしれません。実際、こういった書物のいくつかを必読書として推薦している会社や組織もたくさんあります。

今回の書評コーナーで取り上げる本書『HELP!――「人生をなんとかしたい」あなたのための現実的な提案』の著者、イギリス人ジャーナリストのオリバー・バークマンは、そんなビジネス書や自己啓発本の効用に疑義を唱えています。

バークマンは、自ら「多くの自己啓発の大御所に会い、自己啓発の本を読み、幸福の研究所を訪ね、やる気を起こすCDやワークショップを経験してきた」そうですが、彼に寄せられた「生産性は向上したか?」「より多くの成功を体験できたか?」「本当に今までより幸せになれたか?」という質問に対して、「できた」のは確かだが、「そんな大それたことではない」と答えます。

 一言でまとめてしまうと、本書は、あまたあるビジネス書・自己啓発本への批判の書です。しかし、著者は、学者気取りで高いところからビジネス書のあいまいな表記や非科学性を告発するような態度で、本書を書いてはいません。ある種のビジネス書や自己啓発本が「われわれの人生に変化を与えるものであることに間違いない」と述べ、その効用も認めています。

 本書が目指しているのは、自己啓発(本)を、正しい意味で「批判・吟味する」ことです。著者本人の言葉を借りれば、本書は、「広大で時には迷いそうになる自己啓発の世界を旅するときのロードマップとして役立つ」本、リスキリングやキャリアアップにビジネス書を「正しく」役立てるためのノウハウ書、ということになるでしょう。

 

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本書の構成

本書は、原書2010年発行の翻訳改訂版ということになります。河出書房新社による日本語訳改訂版(本書)は全285ページ、全9章で構成されており、類書の翻訳本としては、少なめのページ数です。

しかし、ケンブリッジ大学卒、イギリスの全国紙『ガーディアン』の記者でジャーナリストの著者による本書は、皮肉とユーモアに満ちた「知的」な文章で、読んでいてとても楽しいですが、複雑で読むのに多少骨が折れる個所もあります。

ただ、エッセー風の短い「節」で構成されているため、興味あるテーマだけ拾い読みしていくような読み方もできるでしょう。目次は以下の通りですが、タイトルが皮肉なのか、筆者の本心なのかは、読んでみないとわからない仕様になっています。

オリバー・バークマンHELP!―「人生をなんとかしたい」あなたのための現実的な提案』全9章の見出し

第1章:今すぐ改めるべきこと―――大げさな決まり文句に惑わされるな
第2章:心の扱い方を知る―――幸福度を高める方法
第3章:良い友だち、良い人間関係―――現代的社会生活の営み方
第4章:職場と自身の環境改善―――余計なストレスを排除する
第5章:仕事をはかどらせる方法―――生産性の向上
第6章:健康な精神生活を送るための智恵と工夫―――もっと頭を使おう
第7章:日々の疎ましい思いとの付き合い方―――心の平穏のために
第8章:安易についていくな!―――大物、超人、その他のいかがわしい人物
第9章:不完全こそ最高の状態―――まさかと思われる幸福への道

 

本書は順不同で読めます。自己啓発を批判する書物なのに、読後は大いに啓発されている、というトリックも経験でき、よい読書時間になること請け合いです。

 

「受け入れる」と「我慢する」の違い

1章では、今すぐ改めるべきこととして、有名なビジネス書・自己啓発本からの「誤解されやすい」アドバイスの類の真の意味を(あるいは無意味さを)解説されています。

 たとえば、「受け入れる技術」というもの。「あなたの人生を丸ごと変える方法」について語るビジネス書が多い中、「あなたの人生や仕事を愛しなさい。…受け入れなさい」などと説く自己啓発書もあります。その「受け入れる」ことについて、筆者は決していやなことを我慢することではないと説明します。

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“事態を受け入れるということは、あなたがそれを好んだり了解したりしていることを意味するものでは“ない”」「その意味するところは、『これが現実だ』ということをあなた自身が悟ることであり、それがあなたの出発点になるのです

(心理学者ロバート・L・リーヒ『不安な心の癒し方』より引用)

 

 つまり、「受け入れる」というのは、「現実に起こっている事項をありのままに全面的に認めること、つまり、目の前に存在する現実を受け入れること」だと言います。(本書第1章より)

 たしかに、自分にとって快くない現実をそのまま認めるのは、つらく、時に難しいことですよね。だからこそ、そのための技術がいるということなのでしょう。

 そして筆者は、この「受け入れる」=ありのままの現実を認めることこそが、「人が真に変化を遂げようとするときの前提条件になる」と述べています。「変える」まえに、何を変えるべきなのかを正しく見極めるべき、という至極あたりまえのアドバイスです。

 

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経営者が「楽しい気分」を誘導する試みは必ず失敗する

次の章では、心の扱い方=幸福度を高める方法について扱われています。近年、「心理的安全性」というキーワードが良く聞かれるようになりましたが、少し前までも、社員やグループのメンバーをいかにリラックスさせて、場合によっては仕事を楽しませて、結果として生産性向上につなげようとする試みは、さまざま行われてきました。

 しかし、バークマン氏は、「幸福や驚嘆や愛情などのポジティブな感情は取り扱いが厄介である。いざ、それらを体感しようとして自分自身に圧力をかけると、たちまち感じられなくなってしまう」と述べ、とりわけ会社経営者やリーダーに下記のように注意を促します。

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“強制的にあてがわれた幸福は幸福ではない。…自分自身をリラックスさせようと決心することは、決して自分をリラックスさせることにはならない。言うなれば、本のタイトルに感嘆符を付けるようなもので、それによって必ずしも内容が面白くなるというものではないのだ(例外はいくつかあるが)。

(本書第2章より引用)

 そういえば、本書のタイトルにも「!」(感嘆符)がついていましたが、例外なのかもしれません。

 

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腐ったリンゴが悪いのか、酢漬けの酢が悪いのか

次の第3章では、人間関係について書かれてきた多くの箴言が批判、吟味の対象になります。最初にやり玉に上がるのは、元祖・自己啓発本の『人を動かす』(デール・カーネギー)です。バークマン氏は、他人を公然と批判しない、機会あるごとに相手の名前を呼び褒める、彼らの仕事や趣味に誠実な関心を寄せる、などこれらは「称賛に値する」目標であると述べています。 

しかし、バークマンによれば、カーネデール・カーネギーは、「相手を尊重すること」の重要性を説きつつ、「尊重しているように感じさせること」も勧めていて、うまくいくまで、うまくいっているふりをし続けるということになると指摘、結局、理論は正しくとも実施不可能という判断を下しています。 

そして、次にあげるのが、「樽の中の腐ったリンゴ」の話です。日本では、「腐ったミカン」(金八先生)の例に近いでしょうか。この話が、いったいどのビジネス書に出ているのか不明ですが、ここで筆者が説明しようとしているのは、「他人の行為について判断を下す際に、その人物の性格に重点を置きがちであり、周囲の状況が及ぼす影響は過小評価している」という、私たちの習性についてです。社会心理学では、「FAE(根本的な帰属の誤り)理論」と言われるそうです。

 私たちは、何か悪いことが起こると、その中心にいる人物の「性格」(ここで例えられている「腐っているという性質」)に原因を求めがちです。たとえば、自動販売機を蹴っている人を見ると、その人が『怒れる男』に違いない、とその人の性格に結び付けて判断します。

しかし、多くの場合、いわゆる「普通の人」が何らかの事情でその時怒り、たまたま自動販売機を蹴っているというだけだ、というのが筆者の洞察です。

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“しかし、あなた自身が自動販売機を蹴とばすのは、あなたの乗るバスの到着が遅れたり、列車の到着が早すぎたり、あなたの報告書が提出期限を過ぎていたり、あるいはこのクソッタレ販売機に昼食二回分のお金を無駄に投入してしまったときだろう。…同じ状況に遭遇したら、誰だって自動販売機を蹴とばすに違いない

(本書第3章より引用)

 

 人はみな、自分のことは環境のせいにして、他人についてはその人の性格のせいにしがちだということのようです。人を見るときは、腐ったリンゴかどうかを見るより、酢漬けの「酢の働き」(環境)を理解することが重要です。筆者いわく、「人々の行動をもっと寛大な目で見るべきだろう」。

 

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専門性を追求しないことのメリット

次のセクションは、職場と自身の環境改善、つまりキャリアについてのさまざまな言説を分析しています。ここでは、現代では当たり前に称賛されている「専門性」についてのバークマン氏の検証を見てみます。 

バークマンは、古代やルネッサンス時代にはあった「専門性に否定的な考え方」は、いまや通用しなくなり、とくに書店のビジネス書コーナーでは、こういった「アンチ専門性」と見つけることができない、と述べて(嘆いて)います。これは、「キャリア」という強烈なキーワードが出て独り歩きしたことから、専門性を過度に尊ぶ世の中が現出したと説明されています。

 筆者は、実業家でキャリア・コンサルタントのバーバラ・シャーの書物を引用し、専門性をめぐる「一般に通用している見解は議論の余地がないように見えるが、決してそうではない」と述べます。シャーによれば、あらゆることに興味を示し追求しようとするタイプの人たちは、「スキャナー」と呼ばれ、専門家の中にあっても活躍できる数多くのテクニックを持つ者ということになります。このような、非―専門家=万能型・総合型の人材も活躍できる場があるというのです。

 筆者は、専門性を追求しすぎることによる「一点集中主義」が、人々の行動を阻害すると批判します。「何でも屋」でいいじゃないかと。そして、かつて「何でも屋」と呼ばれた、シェークスピアやレオナルド・ダ・ヴィンチの例を挙げています。さすがに、この例は特別すぎるとは思いますが。

 

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「ニュース断食」の効用

本書には、「人の名前を記憶する方法」(第6章)や、「いらいらしないで毎日を過ごす方法」(第7章)など、職業人生における具体的なTipsもさまざま盛り込まれています。それらのTipsで面白いと思ったのは、第7章にあった「“ニュース断食”をやってみた」という記事です。

 「人生を改善する最良の方法はニュースと縁を切ることだ」、という作家(など)のアドバイスに従い、バークマン氏は、自分が新聞記者であるにも関わらず「断食」をしてみたそうです。最初は、「ニュース中毒」の意味をいやというほど味わい、結果として6日間で元の生活(ニュースを見る生活)に戻るのですが、筆者は思わぬ効用が得られたと述べています。

 それは、「すでにそれまで取り入れていた知識をあらためてより一層明確に意識することができる」という点だと言います。

別の書評で「ソーシャルメディア(SNS)」を止めた事例が出てきましたが、それと似ています。リアルなファスティング(断食)が健康に良いかどうかは別として、一定期間であっても「情報の断食」を行なうことに一定の効果はありそうです。

 

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壊れていないものは修理するな

最終章(第9章)で筆者は、とても重要な主張をしています。不完全こそ最高の状態、という意見です。

「不完全でもよい」というのではなく、「不完全こそがよい」という主張です。バークマン氏は、日本の美意識である「侘び寂び」を引いて、不完全さやはかなさの中に美を見出す審美眼、価値観を評価します。

筆者は、完璧なロボットを見たときに感じる「不気味の谷」現象も、これで説明がつくかもしれないと述べていますが、生成AIが描き出す完璧な美女にはあまり魅力を感じないことも確かです。

 このように考えていくと、あまり完璧なものを目指すのも問題だということも分かってきます。もしかしたら、私たちは、ビジネス書や自己啓発本に影響されて、直さなくて良いものを直そうとしていないか、壊れていないものを修理しようとしていないか、いちど振り返ってみる必要がありそうです。 

自己啓発に熱心になるあまり、なかなか「変われない」自分にいら立ち、自己否定に陥ってしまっては元も子もありません。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」とも言いますが、何事もバランスが重要ということになるでしょうか。

壊れていないものを修理しようとしていないかを第三者の視点で確認したい場合は、ぜひランスタッド「ライズスマート」へお問合せください。

ランスタッドでは法人様向けに、キャリア開発に関するセミナーや、リスキリングやコーチングを提供するソリューションとして、「ランスタッドライズスマート」というサービスをご用意しております。社内へのリスキリングやコーチングにご興味がございましたら、ぜひライズスマートのサービスページもご覧ください。

 

【筆者プロフィール】

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下瀬川 和宏(しもせがわ かずひろ)
ランスタッド株式会社ライズスマート事業部
ビジネスディベロップメントエグゼクティブ
 
技術翻訳会社の創立者・共同経営者、グローバルIT企業のアカウントマネジメントを経て、再就職支援サービス業界に転身。経営者としての経験と組織の意思決定者へのプレゼンテーションのスキルを生かし、15年で400社を超える組織の構造改革・雇用調整におけるHRコンサルティングに携わる一方で、リーダーとして200名を超える組織のピープルマネジメントも経験。近年では構造改革の専門領域に加え、EDIB推進やリーダーシップ開発、また組織のチェンジマネジメントやHRトランスフォーメーションのプロジェクトマネジメントを通じて、組織の活性化とタレントモビリティのエバンジェリストとして人々の多様な働き方を支援している。

 

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