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発達障害グレーゾーン社員のマネジメント術 ー目を向けるべきは症状や接し方よりも「業務でのつまずき」-
2026年7月、障害者の法定雇用率が2.7%へ引き上げられます。各企業では、多様な人材とともに働く場面が広がると予想されます。一方、障害者手帳を持たない「発達障害グレーゾーン」と呼ばれる方たちの存在も、改めて注目されるようになりました。法定雇用率アップは多様な人材を活かす仕組みをつくる良い契機になるともいえます。
「何度言っても伝わらない」「空気が読めない」などと職場で行き違いが生じるとき、その背景には、いわゆる発達障害グレーゾーン(以下、グレーゾーン)の特性が関わっている場面もあります。このような社員とどう向き合い、組織としてどのように備えれば良いでしょうか。『発達障害グレーゾーンの部下たち』の著者で、心理学者で公認心理師や精神保健福祉士の資格を持つ舟木彩乃氏に伺いました。
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最新刊『あなたの職場を憂鬱にする人たち』(集英社インターナショナル)。 |
目次: |
「グレーゾーン」への対応と課題
——グレーゾーンの定義を改めて整理していただけますか。
舟木 彩乃さま:発達障害は、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)、LD(学習障害)3つに分類すると分かりやすいと言えます。 LDは、全体的な知的発達・視聴覚の障害はありませんが、読み・書き・計算など特定の領域で学習に遅れが見られる状態を指すことから学童期に気づかれることが多いと言えます。一方、職場で多く気づかれるケースは、軽度のASDやADHDです。ただし、それぞれの特性は重なり合っていて、明確に区別できないこともあります。
——法定雇用率の引き上げをどのように受け止めていますか。
これまでは義務を果たすための数合わせの側面が否めませんでした。しかし多様な特性を活かした戦力化・仕組み化へと、国全体が舵を切る転換期だと受け止めています。2.7%とさらに水準が高まり、対象企業も広がりますので、障害者雇用を、もう一部の企業や部署だけの話と捉えてはいけません。負担増と感じる側面もあるかもしれませんが、業務を視覚化かつ具体化し、指示を明確にする取り組みは、本来マネジメントの基本です。新入社員や外国人の方たち含め、あらゆる社員の生産性を高めることにもつながります。
——「グレーゾーン」層が取り残される懸念も指摘されています。
そこは大きな課題です。障害者雇用制度が強化されるほど、診断がつかず手帳を持たないグレーゾーンの方に、支援が届かないエアポケット(空白地帯)が生じやすくなります。グレーゾーンの特徴として、本人も周囲もミスや不調を発達障害の特性とは気づかず、「本人の努力不足」と捉えてしまうことが多いです。発達障害は、能力の凸凹と言われますが、グレーゾーンは発達障害と比較して凸凹が少ないことが特徴でもあります。そのため、周囲に必死に合わせる(過適応)ことができてしまうがゆえに、うつなどの二次障害を発症して、ようやく医療機関やカウンセリングにつながるケースが少なくないのです。
——現場の管理職にとってグレーゾーンの部下を持つ難しさとは。
発達障害の傾向がある(グレーゾーン)ということが分かっても、障害者手帳のような明確な根拠がないため、部下に対して厳しく指導すべきか、または配慮すべきか、判断に迷う事例が増えています。また、人事部などがグレーゾーンの知識を持ち合わせていない場合、相談することで、自身が管理能力不足などと烙印を押される懸念もあるようです。結果として、上司が一人で悩みを抱え込み、対応するうちに上司自身がメンタル不調に陥ってしまう現象も起こっています。
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ハラスメントの問題とも絡みあうグレーゾーン
——環境によって特性が目立ったり隠れたりするそうですね。
グレーゾーンという名前の通り、白か黒かときれいに線が引けるものではありません。特性はスペクトラム、つまり連続体で濃淡があり、環境によって出方が変わります。彼らの特性がたまたま合う環境(特性が仕事内容など職場環境にマッチする)にいれば問題にならないどころか活躍できるケースもありますが、合わない環境(特性が仕事内容などに合わない)では、職場適応が難しくなります。同じ特性であっても、合わない環境にいる場合では周囲から特性が悪化したように見えることがあるということです。
——ここ1〜2年で寄せられる相談内容に変化はありますか。
メディアやSNSでグレーゾーンが広く取り上げられるようになり、「自分もそうかもしれない」「部下もそうではないか」という相談が急増しています。関心が高まること自体は良いことですが、新たにハラスメントの問題と複雑に絡み合ってきている印象があります。特性によって生じるコミュニケーションのズレがハラスメントの原因になりうるということです。しかも、グレーゾーンの方は被害者にも、加害者にもなり得るという点が一層複雑な要因になっています。
——被害者ではなく、被害を与える側とはどんなケースでしょうか。
上司にグレーゾーンが疑われるケースです。たとえば、ASD傾向のある上司は部下に対して、「なぜこんな簡単なことができないのか」と真顔で詰め寄ったり、ADHD傾向の上司は、自身の都合やそのときの感情で部下を振り回してしまったりする言動などがあります。これらの言動は、パワハラやモラハラと受け取られかねません。
彼らに悪気はないものの、空気を読まない発言をしたり、相手の外見についてストレートな感想を口にしたり、衝動的に感情をぶつけてしまったりといった言動の多くは特性からくるものですが、客観的にはハラスメントになってしまうことがあります。周囲は、特性ゆえの言動が、ハラスメントにつながり得ることを理解し、感情だけで受け止めるのではなく、何が起きているのか客観的事実に着目するという視点が必要になります。この点においては、当事者も自覚していくことが必須と言えるでしょう。
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「困った」を、主観から事実に分ける
——管理職はコミュニケーションのモヤモヤをどう解きほぐせばよいですか。
管理職がコミュニケーションのモヤモヤを解きほぐすために最初に行うべきことは、主観的な訴えを客観的な事実に分けることです。「何度言っても分からない」なら、具体的に何回、どんな手段で伝えたのか。「ミスばかりする」なら、そのミスとは具体的にどのような内容なのかを明確にします。「空気が読めない」なら、どんな場面のどの発言を指しているのかを特定します。このように、場面とエラーの内容を書き出して、事実だけを取り出す作業を事例性と呼びます。これに対して「彼はADHDだから」といった診断名で判断することを疾病性といいます。安易に疾病で判断するのではなく、何に困っているのかという事実に目を向けることが、問題解決の第一歩です。
——事実を洗い出した後、上司が取るべき次のステップとは。
次のステップでは、上司による指示の出し方や、職場の環境を掘り下げて検証します。たとえば「手が空いたら手伝って」という伝え方。受け手の特性によっては対応に困る曖昧な伝え方です。また、業務の流れが可視化されているかどうかもチェックポイントです。ある上司は「これくらい言わなくても分かるだろう」と思っても、ある部下にとってはその指示が高くそびえる壁になっていることもあります。
——その壁はどのように解消すればよいのでしょう。
性格と異なり、脳がもつ特性は、本人の努力では変えられません。それなら、変えられない性質を「変えてくれ」と求めるよりも、周囲の関わり方や仕事の仕組みを変えるのが賢明です。「ほかの部下にも平等に接しているのに、この人にだけ?」と戸惑う管理職は多いのですが、問いのベクトルを変えてみてください。「この人にどう伝えれば動けるか」と考えれば、上司の見える景色も変わるはずです。
——「何度言っても伝わらない」という上司の徒労感や感情は、どうケアすればよいですか。
だからこそ管理職側も、感情と事実を意図的に切り分けることが大切です。「何度言ってもできない」ことにイライラしたり、先が見えずに気持ちがいっぱいいっぱいになってしまうのは自然なことですが、その反応の多くは「予測できない」不安定さ、不確実さに起因します。グレーゾーン部下の言動が性格や悪意によるものではなく、脳の特性からくるものだと構造的に理解できると、「次もこういう場面で起きやすい」と先回りできます。このような見通しが立てば、心理面での準備ができるため感情に振り回されにくくなります。
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上司ひとりに背負わせない仕組みづくりが急務
——法定雇用率引き上げで対象企業や部署も広がると予想されます。
特定の部署に障害者を集め、その管理者のみに長年管理を任せるような制度は望ましくありません。専門家でない管理者の負荷が大きくなることは必然で、これが原因で辞めていく人も少なくないためです。障害者雇用は、身体障害者や精神障害者、知的障害者など多岐にわたり、その特性もケースバイケースです。たとえば、精神障害に分類される発達障害では感覚過敏(音や光、匂いなどの刺激に過剰反応してしまう)が原因で、人間関係のトラブルが起きやすい面もあります。これからは、特性を理解した上で関わる管理職を増やしていくことが必須です。
——個別最適化を進めると、上司の負担が重くなりませんか。
ここは大事なポイントで、現場の努力に依存することが上司のメンタルヘルス不調を招きかねません。昨今は、若い層を中心に管理職になりたがらない風潮があるのも、こうした負担が背景にあるのではないかと感じています。私自身、管理職からの相談件数も増えていると実感しているところです。受け入れの体制を個人任せにせず、組織の仕組みとして整えることが、これからの企業に強く求められると思います。
——管理する側が心を保つために意識できることはありますか。
私がよくお伝えするのが、「首尾一貫感覚」という概念です。ストレスにうまく対処できる人の共通点は、首尾一貫感覚が高いことであり、これは3つの感覚から構成されます。
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把握可能感…状況に見通しが立っている感覚を得ること。たとえば、部下の言動を構造的に理解することで予測につながり、パニックになりにくくなる。
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処理可能感…「なんとかなる」と思える感覚。対応を1人で抱え込まず、人事やチーム内のメンバー、産業医、カウンセラーなどに相談することで適切な対応法が理解でき、心に余裕が生まれる。
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有意味感…さまざまな出来事や環境に意味を見出す感覚。たとえば、現在の苦労を嘆くより、多種多様な特性のある部下を活かす機会や仕組みをつくれたら自分の引き出しが増え、職場にも貢献ができると捉える。
管理する側の心を保つには、まず把握可能感(状況を見通せる)を意識し、処理可能感(なんとかなる)で具体的な対応法を考えると良いでしょう。有意味感は、意味づけを通してモチベーションアップの場面で利用できます。
——まだ組織的な制度が整っていない会社はどうすればよいでしょう。
はじめから大がかりな制度をつくる必要はありません。まずは意識的に「斜めの関係」をつくることが大切です。直属の上司には言いにくいことも多いものですし、中小企業だとすぐ上が社長などのケースもあります。一方、他部署で年齢の近い先輩や、利害関係のない「斜め」の立場の人には、心理的に相談しやすいです。体制づくりが難しいほど人員が限られている場合は、相談窓口を1人決めておくだけでも土台になり得ます。
また、業務外の5分から10分、公式な雑談の時間をつくるのもおすすめです。週1回、数人でフラットに近況を話せる場を設定するのです。困りごとや悩みを自由にシェアしてもらい、「みんなも悩みがあるんだ」と気づくことで、安心感が生まれます。これなら中小企業でも、すぐ始められます。
——日々のマネジメントにおいて、すぐ変えられることはありますか。
声のかけ方や記録の残し方を少し変えるだけでも、結果は変わってくると思います。
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1:「大丈夫?」と尋ねない。鵜呑みにしない 2:問題はその場ですぐ扱う 3:口頭で伝えた後、同じ内容をメールなどにも残す 4:「受け取り方の癖」を事前にすり合わせる 5:生まれた工夫を標準ルールに格上げする |
ほんの一例ですが、課題を突き付けるのではなく、部署全体でカバーする仕組みを話し合う意識が大切です。
また本人が何に困っているのかを事実として言葉にできるよう、上司によるサポートも可能です。「曖昧な指示が苦手」という段階で止めず、「期限を日時で示してほしい」などと要望を具体化するのも一つの手です。自分の取扱説明書を作成するかのような手助けができると、一過性の配慮で終わらず、上司が代わっても引き継げます。
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弱点を克服させるより、強みを活かす発想
——特性に配慮した仕事の割り振りによって、現場にはさらに負担がかかる側面もあります。
日本はこれまで、定型発達の方を中心に、「当たり前ができない人」を減点する社会だったと思います。しかし、やや閉塞感のある日本企業の現状を抜け出すにはイノベーションが必要です。それを起こせるのは、とがった強みを持つ人であることが多いのも事実です。ここで周りが弱点を克服する努力を促すのではなく、強みを評価するように変えていく必要性を強く感じます。
——凸凹のある人ほどチーム内で目立つのではないでしょうか。
目立ち方の問題ですね。突出した強みを持つ人ほど、凹みの部分も大きいことが多いのです。しかしチームとしてゴールに向かうとき、弱点はチーム内で補うことができます。「お互い様」という意識が根づけば、弱みの開示は恥ではなく、チームで成果を出すために必要なことだと捉えられます。その結果、組織全体の心理的安全性も高まるでしょう。
IT企業での実例で、ASDの傾向がある社員に顧客との交渉やマルチタスクの処理が苦手という特性がありました。上司は話し合いの上で、交渉に関わる業務を取りやめ、過去の膨大なデータから法則性を見つけバグをチェックする仕事に特化させました。本人が「好き」という業務にしぼったのです。すると、通常なら数日かかる仕事を、数時間で、しかもノーミスで完遂しました。今ではデータ分析のスペシャリストとして高く評価され、チームになくてはならない存在になっています。まさに弱みは他でカバーし、強みを活かした典型的な例です。
——見方を変えれば、負担増でなく価値が増したように感じられます。
そうですね。法定雇用率の引き上げも、義務や負担増と捉えればそれまでですが、多様な特性を活かす仕組みづくりに踏み出すチャンスとも捉えられます。管理職にとっても、自身のマネジメントの引き出しを増やすきっかけと捉えたり、周りの人を上手に頼ったりするなど、発想を変えられれば、少し気持ちが楽になるはずです。
——グレーゾーンの方と対比して、法定雇用率の対象となる、手帳をお持ちの方の受け入れで違いはありますか。
困りごとを事実として捉え、仕組みで支えるアプローチは基本的に同じです。異なるのは、手帳をお持ちの方は最初から明確な配慮の基準があり、支援機関や産業医といった外部のサポート体制も使える点です。医師の診断という根拠もあることから、上司が一人で抱え込むことは防ぎやすいかもしれません。
——診断名があることで、周囲が過剰に構えてしまうケースもあるのでは。
疾病のラベルに惑わされないことが大事です。「ASDだから」「うつだから」と構えるのではなく、その方が実際に何に困っているのかを見る『事例性』が大切なのは、グレーゾーンの方と同じです。
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部署の課題から組織全体の取り組みへ
「何度言ってもわからない」という困りごとを、特性のせいにも、上司の力不足にもせず、まず事実として捉え直す姿勢が大切と舟木氏は指摘していました。個人の頑張りで対応するのではなく、斜め関係や雑談の場づくりといった、制度がなくても始められる仕組みづくりからスタートするのも重要です。
障害者雇用やマネジメントは、特定部署が担うものではなく、組織全体の課題として捉え直す段階に来ています。グレーゾーンの方と向き合う工夫は、結果的にあらゆる人の働きやすい職場づくりにつながっています。
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