社労士のアドバイス/固定残業代の計算方法と運用上の留意点

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こんにちは、社会保険労務士法人大野事務所の土岐と申します。

社労士として、企業の皆様から寄せられる人事・労務管理に関する様々なご相談に対応させていただいております。本コラムでは、労働・社会保険諸法令および人事労務管理について、日頃の業務に携わる中で悩ましい点や疑問に感じる点などについて、社労士の視点から、法令上の観点を織り交ぜながら実務上考えられる対応等を述べさせていただきます。

さて、今回は「固定残業代(※)の計算方法と運用上の留意点」について採り上げます。

(※)本コラムでは「固定残業代」としていますが、その他にも、「固定残業手当」、「定額残業代(手当)」や「みなし残業代(手当)」など、様々な呼称があります。

Index

ポイント

  • 固定残業代とは、一定の時間外、休日および深夜労働に対して、あらかじめ設定した時間数に応じた金額を毎月定額で支払うもの(ただし、実際の時間外労働等があらかじめ設定した時間数を超える場合、差額精算が必要)
  • 固定残業代が有効とされるためには、対価性と明確区分性の要件を満たすことが必要
  • トラブル防止の観点から、固定残業代の支給対象となる社員への丁寧な説明、新たに入社する社員に対しても制度の概要をしっかりと説明し、理解を得ておく
  • 基本給の昇降給や割増賃金の算定基礎に含めるべき手当等の増減に伴って、あらかじめ設定した時間外労働時間数に変更がなければ、固定残業代の金額が変動することになる

固定残業代とは

固定残業代とは、一定の時間外、休日および深夜労働に対して、あらかじめ設定した時間数に応じた金額を毎月定額で支払うものをいいます。

この固定残業代の仕組みは法定されているものではなく、契約に基づき支給されるものです。固定残業代の支払い方法として、主に①基本給等は別に手当として支給する方法、②基本給の中に割増賃金として組み込んで支給する方法の2つがありますが、いずれの方法であっても、法定の計算方法を下回らない限りは法違反となるものではなく、一定の要件を満たすことによって適法とされています。

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固定残業代が有効とされるためには

裁判例(最高裁二小 医療法人社団康心会事件(平29.7.7判決)、日本ケミカル事件(最高裁一小 平30.7.19判決)等)によれば、固定残業代が有効とされるためには、次の2つの要件を満たすことが必要とされています。

・対価性
・明確区分性

1点目の対価性については、「当該固定残業代が、時間外労働等に対する対価であること、この点が雇用契約書や就業規則等により明確になっていること」といえます。

2点目の明確区分性については、「基本給と割増賃金部分、つまり固定残業代に当たるものとが判別できること」といえます。

なお、固定残業代としてあらかじめ設定した時間数を超える時間外労働等が発生した場合の当該超過部分に対する差額支払いの合意の必要性の有無が問題となるところですが、この点に関しては、差額支払いの合意がなくとも、法律上は当然に支払い義務が発生するものであることから、日本ケミカル事件以降の定額残業代の有効要件について判断した最高裁判例においては、差額支払いの合意の有無を前提とはしていません。

この点に関して通達(平成29年7月31日基発0731第27)では、「割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法第37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、その差額を支払わなければならないこと。」とされており、差額支払いを要するものとしていますが、合意の有無については述べられていません。

この通り、差額支払いの合意は固定残業代の必須の要件ではないと考えられていますが、絶対に合意が不要とまで断定できるものではありませんので、引き続き今後の裁判所の判断を注視しておくのがよいでしょう。また、労使双方の労働条件の確認という観点からも、疑義が生じないようにするのが望ましいといえますので、差額支払いについて就業規則等に明記おく方が無難なのではないかと筆者は考えます。

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固定残業代を導入するには

さて、固定残業代の導入に当たっては、労働条件通知書、雇用契約書および就業規則(賃金規程等)における労働契約上の定めが必須となります。なお、時間数の設定に際しては、制度の有効性の観点から、実態に即した現実的な時間数を設定するのがよいでしょう。また、固定残業代の制度を新規導入する場合には、対象従業員への丁寧な説明が求められるのはいうまでもありません。さらに、新たに入社する社員に対しても制度の概要をしっかりと説明のうえ理解を得ておくことが、後の争いを避けるポイントといえます。 

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固定残業代の計算方法

それでは、計算方法を見ていきましょう。
基本的な確認となりますが、時間外労働手当については、通常の賃金(※家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1ヶ月を超える期間ごとに支払われる賃金を除く)を1ヶ月の平均所定労働時間数(労働基準法施行規則第19条第1項第4号)により除した金額に、1.25を乗じた金額を割増単価として、これに実際の時間外労働時間数を乗じて算出するのはご存じの通りかと思います。
固定残業代は、割増単価にあらかじめ設定した時間外労働時間数を乗じて、手当額を定めます。

<固定残業代の計算方法の例>
通常の賃金(基本給+諸手当(上記※を除く)) / 1ヶ月の平均所定労働時間数 × 1.25 × あらかじめ設定した時間外労働時間数

具体的に、例えば基本給が280,000円、資格手当が20,000円、家族手当が10,000円、1ヶ月の平均所定労働時間数が160時間で、20時間分の時間外労働を固定残業代として支給する場合を考えてみます。

家族手当は割増賃金の算定基礎から除外することができますので、この例では、基本給280,000円と資格手当20,000円の計300,000円が割増賃金の算定基礎となります。
1ヶ月の平均所定労働時間数は160時間ですから、時間外労働手当の単価は次の通りとなります。

時間外労働手当の単価:2,344円
=300,000円 / 160時間 ×   1.25 = 2343.75円 → 小数点以下切り上げ

固定残業代および支給総額は次の通りです。

固定残業代 : 2,344円 ×   20時間 = 46,880円
支給総額 : 356,880円(280,000円+20,000円+10,000円+46,880円)

なお、ある月に30時間の時間外労働が行われた場合、固定残業代として支給している20時間分の時間外労働手当を超過することになりますので、超過した10時間分(23,440円=2,344円×10時間)の時間外労働手当の追加支給が必要です。その他、この例では休日および深夜労働手当は固定残業代に含めていませんので、実際の休日および深夜労働時間数に基づき、休日および深夜労働手当の支給が必要となります。

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運用上の留意点

 固定残業代は基本給の昇降給や割増賃金の算定基礎に含めるべき手当の増減に伴って、あらかじめ設定した時間外労働時間数が変わらないのであれば、金額は当然変動することになります。
その他にも、最低賃金付近をベースに基本給等を組み立てている場合、最低賃金の上昇に伴って基本給等を引き上げた場合には、固定残業代も引き上げ後の基本給等により組み立てる必要がある点にご注意ください。
なお、最低賃金は都道府県によって異なること、テレワークの場合には、テレワークを行う場所の如何にかかわらず、テレワークを行う労働者の属する事業場の最低賃金が適用されることになる点にも留意しておく必要があります(厚生労働省テレワーク総合ポータルサイト)。
また、固定残業代の金額が変更となる場合にはその理解を得ておくという点から、労働条件通知書、雇用契約書、給与辞令等により、その金額を明示するのがよいでしょう。

<労働条件通知書、雇用契約書、給与辞令等の記載例>
基本給:280,000円、資格手当:20,000円、家族手当:10,000円、
固定残業代:46,880円(20時間分の時間外労働手当として支給する。なお、20時間を超える時間外労働時間についての割増賃金は追加で支給する)

その他、社員募集や職業紹介事業者への求人の申し込みの際、①固定残業代を除く基本給の額、②固定残業代の額および固定残業代として支払う時間外労働等の時間数、③②を超える時間外労働等については追加で割増賃金を支払う旨を上記の例のように明示することが職業安定法において定められていますので、この点もご留意ください。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。
固定残業代の有効性を巡って社員とトラブルに発展し、固定残業代は時間外労働手当等に対する手当ではないため無効であるとされてしまうと、割増賃金が未払いであるということになりますから、割増賃金の算定基礎に固定残業代として支給していた手当額も含めたうえで、時間外労働等の割増賃金を支払う必要があるとの結論になってしまいます。

固定残業代が有効とされるための要件をしっかり押さえ、社員に対しては当該制度に関する周知をしつつ、基本給等の改定の際は、制度の趣旨に沿って適正な金額を決定したうえで社員に通知されているか、また、給与計算の場面では、想定した時間外労働数等を超過した場合には差額を支給し、未払いが発生していないかといったことの確認を定期的に行うことが肝要と筆者は考えます。

最後までお読みいただきありがとうございました。 

〔執筆者プロフィール〕

社会保険労務士法人 大野事務所
特定社会保険労務士
土岐 紀文

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23歳のときに地元千葉の社労士事務所にて社労士業務の基礎を学び、2009年に社会保険労務士法人大野事務所に入所しました。現在は主に人事・労務に関する相談業務に従事しています。お客様のご相談には法令等の解釈を踏まえたうえで、お客様それぞれに合った適切な運用ができるようなアドバイスを常に心がけております。

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