何が変わる? 給与の「デジタル払い」解禁 ~丸わかり・活用のポイントと企業視点の留意点~

記事をシェアする
Facebook Twitter LINE

キャッシュレス化の一環として政府が推し進める給与の「デジタル払い」が、今春(2023年4月)解禁されました。これまで、従業員に支払う給与は現金の手渡し、または銀行(証券)口座への振り込みという「2通り」のみでしたが、新たにスマートフォンの決済アプリを活用して支払うことができるようになりました。従業員側からみると、受け取り方の選択肢が増えたことになります。

日本の「デジタル戦略」の一策となる給与の「デジタル払い」。この動きは企業や暮らしにどのような変化をもたらすのでしょうか。私たちの身近な給与をめぐる新たな仕組みについて、法的側面からやさしく解説するとともに、実際の現場で活用する場合のポイントと留意点を企業視点で紐解きます。

【目次】

 ・どんな仕組み?
 ・どうして「解禁」と呼ぶの?
 ・「資金移動業者」のルールとサービス
 
 ・従業員からみた場合
 ・企業からみた場合
 
 ・従業員の希望・意思が大前提ほか
 ・導入にあたっての企業向け「Q&A」

まとめ

 

 

給与の「デジタル払い」のあらまし

どんな仕組み?

スマートフォンの決済アプリや電子マネーを活用した給与の支払いを可能にする新制度です。実際にデジタルで振り込む場合は、従業員が開設した「資金移動業者」の口座にデジタルマネーを移します。

あまり耳慣れない「資金移動業者」という言葉。これは、銀行以外で送金サービスが認められている登録事業者で、「PayPay」、「au PAY」、「楽天ペイ」、「メルペイ」、「Airペイ」などの「○○ペイ」、または「d払い」などのサービスを提供している会社と言えば親近感がわくでしょう。2023年5月末現在、85の業者が金融庁に登録されています。

 

どうして「解禁」と呼ぶの?

行政府やマスコミ報道は、どうして新しい給与の支払い方を「解禁」と表現するのでしょうか。それは、労働基準法第24条に「賃金支払い5原則」があり、「給与は(1)通貨で(2)直接労働者に(3)全額を(4)毎月1回以上(5)一定の期日を定めて――支払わなければならない」と規定されており、今では受け取り方の主流となっている「銀行」は省令の中で「例外扱い」となっているのです。

つまり、デジタル払いの導入を実現する場合、法的には省令で定める例外規定に現在の「銀行」に加えて「資金移動業者」をプラスする必要があります。こうした法律の建付けから「現金払いの原則を解禁する」と整理されるのです。

 

「資金移動業者」のルールとサービス

金融庁に登録されている「資金移動業者」がすべて新サービスに参入できるわけではありません。働く人にとって生活の重要な糧となる「給与」を取り扱うだけに、厳しい企業審査が必須となります。具体的には、厚生労働省による数カ月間にわたるチェックを経て基準を満たすと判断された場合に厚労相の指定が得られます。

この基準とされる7つの項目に「デジタル払い」の全体像と利用者が把握しておくべき内容が網羅されています。

破産した場合、労働者に対して負担する債務(口座に残っているお金)を速やかに労働者に弁済する仕組みを有している

口座残高の上限額を100万円以下に設定するための措置、または100万円を超えた場合でも速やかに100万円以下にするためのシステムを講じている(限度額を超える際は、あらかじめ登録している銀行口座または証券口座に賃金が支払われる)
第三者の不正利用などにより労働者に損失が生じた場合、当該損失を補償する仕組みを有している
最後に口座残高が変動した日から少なくとも10年は残高が有効
現金自動支払機(ATМ)の利用で口座への資金移動は1円単位で受け取りができ、少なくとも毎月1回はその手数料を負担することなく受け取れるようにする
業務の実施状況、財務状況を適時に厚労相に報告できる体制を有する
1~6のほかに、支払いに関する業務を適正かつ確実に行うことができる技術的能力を有し、かつ、十分な社会的信用を有する

 

これを利用者視点でみると、決済アプリなどの口座を活用する場合の上限は「100万円」であることがポイントです。

 

draw (1)-1

想定されるメリットと留意点

従業員からみた場合

<メリット>

 活用している決済アプリにチャージする手間が省ける

 銀行口座開設のハードルが高いとされる外国人労働者らにも、現金以外で給与を受け取る手段が誕生する

 決済サービスの業者には、サービス向上やシェア獲得のためにキャッシュバックやポイント還元などのキャンペーンの展開が想定される

 

<留意点>

 公共料金の引き落としへの対応は未整備

 不正送金などセキュリティ面のリスク

 資金移動業者が破綻した場合の補償の有無

※セキュリティ面や破綻なども万が一を念頭に留意点に挙げましたが、それらのリスク審査は参入の指定要件に含まれています。

 

企業からみた場合

<メリット>

 振り込み手数料の削減

 従業員の希望に柔軟に対応

 企業を選んでもらうイメージアップ

※日払いや少額払いを希望する従業員にも対応できる仕組みが整うので、パート・アルバイトなど、さまざまな雇用形態の働き手のニーズに応えられると期待されています。

 

<留意点>

 給与支払いを担当する経理部門の煩雑化

 一人の従業員に対する「銀行振り込みとデジタル払い」の二重管理

 社内のスキームづくりを含む導入コスト

※企業側の負担を軽減するためのシステム構築や周辺サービスについても「資金移動業者」が開発を進めています。

 

draw (1)-1

 

企業の「デジタル払い」導入のポイント

従業員の希望・意思が大前提

まず、「デジタル払い」は必ず導入する必要はありません。義務ではなく、支払い方法、受け取り方法の選択肢を増やしたものです。そして、希望していない従業員に「デジタル払い」を強要することはできません。

導入と運用にあたっては、下記の対応が重要です。

  1. 従来通り銀行口座への振り込みが利用できることを適切に説明する
  2. 希望する従業員から同意書を得る際は、受け入れ上限額(100万円)を超えた場合の銀行口座を指定してもらう
  3. 従業員が現金化できないポイントや仮想通貨(暗号資産)などによって賃金を支払うことは認められていない
  4. 業者の破綻時の弁済方法は、業者ごとに異なることに注意
  5. 従業員の希望に反して実施・運用したり、認められていない仮想通貨などで支払ったりした場合は30万円以下の罰金に処せられる可能性がある

 

 

導入にあたっての企業向け「Q&A」

厚生労働省がまとめた給与の「デジタル払い」に関する「Q&A」のうち、企業向けに作成した項目を整理します。

質問: 従業員が「デジタル払い」を希望した場合、企業側は必ず応じなければならないのですか?

回答: 給与の支払いと受け取りの選択肢の1つです。従業員だけでなく、企業に対しても導入を強制するものではありません。導入する場合は、使用者と労働組合または従業員の過半数を代表する者との間で労使協定を締結し、その上で希望する従業員の同意を得て実施するものです。

 

質問: いつから「デジタル払い」が可能になるのでしょうか。

回答: 4月1日から参入を希望する「資金移動業者」の指定申請を受け付けています。厚生労働省で審査を実施中で、基準を満たしている場合にはその事業者を指定しますが、数カ月はかかることが見込まれます。

 

質問: 「デジタル払い」をスタートするために事業場で必要な手続きを教えてください。

回答: 事業場で労使協定を結んでもらい、希望するそれぞれの従業員は留意事項などの説明を受け、制度を理解した上で同意書に「デジタル払い」で受け取る金額や資金移動業者の口座番号、超過した場合などの代替口座情報を記載して使用者に提出することが必要です。

 

質問: 導入するために特に留意すべき事項は何ですか?

回答: 企業と従業員の双方とも、「資金移動業者」の口座が銀行のように「預金」をするための機能ではなく、支払いや送金に用いるための存在であることを理解しておくことが重要です。

 

draw (1)-1

 

まとめ

本格スタートを目前に控え、企業側は「中小企業の送金の手数料や活用の際の負担を軽減してほしい」と指摘しています。一方、労働者側は「支払われた賃金の安全性が担保されるよう厚労省や金融庁の体制づくりを十分に」と注文を付けています。

給与の「デジタル払い」は、働く現場に広がっていくのでしょうか。労働経済に詳しい識者からは「パート・アルバイト、短期派遣などスポットで働くゾーンにとっては、常時多彩なキャンペーンを展開している決済アプリに全額払いこんでもらうといったニーズが浸透しやすい」と分析。「資金移動業者」もそうした動向を念頭に、パート・アルバイトや有期雇用を多く抱える企業にアプローチしてくる模様です。

また、金融サービスと情報技術を結びつけた革新的な動きを指す「フィンテック」の動きが、国際社会の中で立ち遅れている日本において、相応の刺激になってさまざまな市場を揺り動かすものと期待されています。

 

 
 

筆者プロフィール

株式会社アドバンスニュース
専務取締役報道局長
大野 博司 氏
 
1970年、青森県出身。中央大学大学院戦略経営研究科(MBA)修士。
1994年、日本新聞協会加盟の地方紙に入社。社会部、教育、核燃料サイクル、水産、港湾物流、政経部を経て2004年に報道デスクに就任。
'05年に東京支社で国会取材担当兼論説委員に就き、主に厚生労働省と経済産業省、内閣府の分野を取材。海外取材は、労働行政や水産・物流をテーマに韓国、中国、オーストラリアを訪問。
'10年にインターネット報道を主体とする株式会社アドバンスニュース(日本インターネット報道協会加盟)の設立に参加し、現職は専務取締役報道局長。
労政ジャーナリスト(日本外国特派員協会)として長年国会や政府関係者に取材、国の労働政策に造詣が深い。

取材・文責
(株)アドバンスニュース

資料DL一覧用バナー

関連コラム

    人材サービスをご希望の企業様へ

    人材に関する課題がございましたらランスタッドへお任せください

    人材サービスのご依頼ご相談

    人材ソリューションのご相談や、ランスタッドの人材サービスに関するご相談などお伺いいたします

    企業の方専用ご連絡先
    0120-028-037
    平日9:30-17:00 ※12:00-13:00除く