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ワークライフ・ラボ:人材投資に必要な改革と、横たわるジレンマ 守島基博さん、日本企業“再生”に4つの提言
日本経済の活力再生に向けていま、官民挙げて取り組んでいるのが「人への投資」「人材育成」です。
人材投資によって成長を実現してきたと言われてきた日本企業にとって、なぜなのか。外部環境が大きく変化し、人材投資のあり方について再構築が必要となっているためですが、改革には幾つかのジレンマも伴います。
そこでワークライフ・ラボの5月例会は15日、学習院大学経済学部経営学科の守島基博教授をお招きし、「人材投資のジレンマに学ぶ企業競争力を高める人材マネジメント」と題してお話しいただき、ナビゲーターの佐藤博樹東大名誉教授と議論を交わしました。
守島さんのお話は2月に刊行した共著「人材投資のジレンマ」(日本経済新聞出版)に沿ったもので、まとめると以下のようになります。
日本企業はこれまで人材を大切にしてきたと言われてきましたが、それは本当だろうかという疑問から始めました。
というのも、国際比較では企業内訓練投資のGDP比は主要国で最低クラス、「OJT(職場内訓練)に課題あり」と思っている社員が圧倒的に多い、日本の労働生産性はOECDで下位、実質賃金は1997年当時から20年の間に1割以上下落......。
これらのエビデンスを重ねると、首を傾げざるをえません。
また、企業の人材マネジメントを取り巻く環境は大きく変わっており、DX、グローバル化、事業ドメインの再構築など、経営戦略に変化が生じています。急速な技術革新が経営のあり方を変えており、働く人たちの価値観や考え方も多様化しています。この状況下で人事改革をどうすればいいのか。日米企業への調査などを通じて、4つの提言をまとめました。
最初は「外部労働市場に開かれた人事」です。近年、経験者採用や転職人材の増加によって人材マネジメントもうまく対応しなければならない時代になっていますが、求められるのは外部人材の情報収集やキャリア採用者のスムーズな受け入れなど、外部労働市場との戦略的連携です。米国では外部市場に“振り回されている”感さえありますが、日本の場合は内部労働市場のメリットを維持したマネジメントになるでしょう。
2つめは「人材育成の改革」。これまで社員の能力開発はOJTを中心にした集団が対象でしたが、今は職務内容も働く人も多様化しています。したがって、マス的・平均値的な育成ではロスが多く、米国のような個別化が必要になっています。それも、上からの能力開発というよりも、社員の成長を「支援する」という考え方で臨むべきですが、社員自身の自律が必要になります。日本はまだ自律できている社員が少ないので、ここが大きなポイントになります。
3つめは「働く人のマインド育成の重視」。従来の育成がスキル・能力開発の重視だったのに対して、社員アンケートなどからは感情・気持ちなどマインド面の“育成”が重要になっていることがわかります。これについてはエンゲージメント・サーベイなどを通じてわかっていると考えがちですが、多くの場合は「やりっぱなし」が実情です。次世代リーダー候補の自覚醸成など、マインド面の値が高い社員はプロアクティブな(先を見越した)行動をとることがわかっています。
そして4つめが「組織開発への投資」です。人材への投資に比べると、組織への投資(組織開発)はまだまだ関心が低いのですが、組織開発が進めば社員のエンゲージメントも高まるという調査結果も出ており、必要な政策であることは間違いありません。
以上、4つの提言を説明しましたが、人材マネジメント改革と一層の投資が求められる理由がおわかりいただけたと思います。ただし、こうした投資にはジレンマも生じます。外部労働市場への開放は転職人材が増える可能性を高めます。育成の個別化は効率が悪く、配置転換を難しくします。組織開発は効果が出るまでに時間が掛かり、日本型雇用が個別企業を超えて社会システムに組み込まれているため、「粘着性が高い」という現実があります。しかし、こうしたジレンマを乗り越えて人事改革を進めないと、日本企業が「人で負ける」時代から抜け出すのは難しいでしょう。
成功のカギは社員の「自律」と管理職の高度化
ここから、佐藤さんとのやり取りになります。
佐藤さん: 企業内訓練投資の国際比較で一つ疑問なんです。欧米のジョブ型雇用を考えれば、即戦力を採用しているわけですから訓練はそれほど必要ではないと思われるのに、日本より投資が多い。これはどういうわけなんでしょうか。
守島さん: 一つの要因として、訓練のための機会費用や交通費など、調査で測り切れていない部分がかなりあるのではないかということが考えられます。
佐藤さん: 「開かれた人事」や「外部労働市場との戦略的連携」について、具体的に話してもらえますか。また、リテンション(人材流出防止策)との関連は?
守島さん: 従来の中途採用は退職社員の“穴埋め”を目的とすることが多かったんですが、現代ではキーポジションというか、重要事業のために即戦力を採用するケースが増えていますから、採用にあたってはこれまで以上に「戦略的」で丁寧にすすめることが求められます。また、リテンションについては退職社員との関係維持をきちんとやっている企業はまだ少ないし、キャリアを積んだ社員が出て行くのはある程度仕方がない。ただ、その会社を嫌いになって出て行くのではなく、一度外でキャリアを積みたい、自分の腕を試してみたいと思っている社員の“出入り”を自由にする環境整備が大事なんです。ただ、流出を防ごうと思ったら、その社員に「この会社にいればキャリア開発できる」「自律性を高めることができる」と思わせるような環境が必要になりますね。
佐藤さん: 能力開発の個別化という課題については?OJTはもともと企業内のマンツーマン研修でやるから「個別的」ですよね。個別化という場合、OFF-JT(集合研修)のことを考えればいいのですか。
守島さん: それは一つ、そうなんですが、OJTというのは上司と部下、先輩と後輩という関係が多い「暗黙」の世界ですから、能力開発がなかなか“見える化”されにくいという問題があります。だから、人事はOJTをきちんとできる環境整備をする必要があります。
佐藤さん: ただ、そうやって「キャリア自律が大事」と言っても、希望の仕事に就けない、仕事を選べないという現実もまだまだ多いですが。
守島さん: 企業にとっては、そうした社員側の望むキャリア開発の場を提供できるかどうかという企業間競争になります。そうしないと退社されちゃうので。もっとも、米西海岸の企業あたりでは、「あの社員はいつ辞めるんだろう」と常に気をもむことが多く、キャリア形成までじっくり考えている余裕がない。「外部に振り回されている」と言ったのはそんな意味ですが、そこまで「開かれて」いなくてもいいのではと思いますが。
佐藤さん:マインド育成や組織開発について、管理職が経営理念をどう説明できるかが重要になりますが、できる人は意外と少ない。
守島さん: 従来は社長室に「社是」なんていう額が飾ってあったりして、それを見て本気になる従業員はあまりいなかったと思うんですが、もうそうはいかないでしょう。管理職が、会社のいうパーパスなどを翻訳することが大切です。その意味で「パーパスを語れる管理職を作る」ことが最も重要な課題になると思います。これからは「人材マネジメントの時代」になるわけですから、管理職を根本的に変えなければなりません。
第九回ワークライフ・ラボ 登壇者
守島基博
取材・編集 アドバンスニュース