ワークライフ・ラボ:「ジョブ型」は方法、導入が目的ではありません 今野浩一郎さん、正しい理解を指南

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「メンバーシップ型」か「ジョブ型」か――。人事管理のあり方をめぐり、こんな議論がビジネス界で盛り上がり、関連セミナーなども花盛りです。でも、ちょっと待って。この二者択一型の議論にはあまり意味がないようです。1月26日の第6回ワークライフ・ラボでは、学習院大学名誉教授の今野浩一郎さんをお招きして、「ジョブ型雇用の議論から何を学ぶことができるのか?」と題して、進行役の佐藤博樹さんと興味深い議論をしていただきました。

第6回事後報告書-1

 

まず、今野さんのお話をまとめると、以下のようになります。

メンバーシップ型かジョブ型かという、両者の良し悪しを比べるような議論は不毛です。なぜなら、ジョブ型というのは人事管理の特質を表現するための「理念型」であって、「こういう考え方もしてみたらどうか」という、ある種の課題提起なんです。

少なくとも、ジョブ型を「普遍的ベスト」と位置付けて、そこから現状の人事管理を評価して改革の方向を考えるといったやり方は無意味です。それは欧米型に追い付けという、かつての途上国型思考にほかなりません。では、どうすればいいか。

まず、現在の人事管理で抱えている課題の解決策を考え、それを踏まえて新しい形態の人事管理を構想すること。これが最も重要です。その結果、ジョブ型が良いということになれば導入する。だから、あくまでも検討した「結果」なんです。

そのためにやる作業は、人事管理のあり方に影響する重要課題ごとに「なぜ起きたのか」「どう是正すべきか」つまり、背景と解決策を検討することです。その際、ジョブ型的な見方も参考にするなら、わが国におけるジョブ型をめぐる取り組みの歴史的教訓、「仕事・成果重視型への段階的変化」という人事管理の長期トレンドを念頭に置いて下さい。

(編集部の声 :大学では「先生」「先生」と呼び合うのが普通ですが、今日は「今野さん」と呼ばれて気分がいい――。これが、今野さんのワクラボ第一声です。大学教授として教壇に立つかたわら、政府の中央最低賃金審議会委員や中央労働委員会公益委員など労使の賃金仲介を長年やってきた中で培った、人間の価値に対する今野さんの人生哲学が垣間見えました。)

 

佐藤さん: ここで今日参加されている人たちに、ZООМを使ったジョブ型アンケート調査をしてみます。ジョブ型という言葉や内容について理解しているかどうか、自分の会社でジョブ型を導入しているかどうかの2点です。前者については66%が「内容を理解している」、29%が「聞いたことはあるが、よく知らない」、5%が「知らない」です。後者については23%が「導入済み」、21%が「導入をめぐって議論中」、38%が「導入の予定はない」でした。思ったより、導入が進んでいるようですね。

今野さん: ジョブ型というのは、まず仕事の内容を先に決める「ジョブ・ファースト」です。次に、その仕事ができる人を就けるわけですが、本人に打診してОKならスタート、NОならそこでおしまい。これに尽きるんですね。

ですから、市場や技術の変化が大きく、仕事の内容が不確実な場合はジョブ型でない方がいいかもしれない。要するに、どんな場合にも「ジョブ型」が良いということにはなりません。

必要なことは、まず会社が「何を実現したいのか」を決め、それを実現するには、どのような人事管理を作る必要があるのかを考えることです。その結果、ジョブ型になるかもしれませんし、メンバーシップ型になるかもしれません。

佐藤さん: 人事担当者の人に聞くと、経営者層から「うちもジョブ型でできないか」という打診が来ると、「ジョブ型でないといけない」というマスコミなどの議論もあり、説明に困る場合があるんだそうです。

これだけジョブ型の議論が社会的に盛んになると、「ジョブ型がいい」という考えになりがちなんですね。

今野さん: 経営者は「何を実現したいからジョブ型を」「会社が抱えるある課題をどうしたいからジョブ型を」という方向で話を持っていく必要があります。そうでないと、人事も困るでしょう。ジョブ型は全能ではないので、これまで説明しているように検討の「出口」でジョブ型ならいいですが、「入り口」からジョブ型というのは違うのではないでしょうか。

 

人材育成力を失った日本企業

佐藤さん :今の日本企業が人事管理で抱えている課題の一つを具体的にあげていただけませんか。

今野さん :今リスキリング(学び直し)がはやっているので、人材育成を例に挙げて考えてみましょうか。現在の日本企業は国際比較すると人材育成力が落ちており、教育投資をしないことが大きな問題になっていますよね。でも理論的に考えると奇妙な話です。

ジョブ型の場合はスキルを備えた人を仕事に就けるわけだから、人材投資はしません。でも、日本企業はこれまでメンバーシップ型の下で人に仕事を就ける能力重視でやってきたので、本来であれば教育投資をするインセンティブが働きます。

それにもかかわらず、欧米に比べて日本企業の人材育成力と教育投資が劣るというのはどうしてなのか。ジョブ型議論で、私が最初に疑問に思った点でした。逆に考えると、欧米企業はジョブ型をとる一方で、社員の能力を向上させる投資も行ってきたということになります。

ですから、日本企業をジョブ型にするという議論をする前に、なぜ教育投資が減ったのか、その背景や理由を考えるべきでしょう。たとえば日本企業は、社員を教育して管理職候補の「母集団」を作って、その中から管理職を選んでいく方式が一般的です。それに対して欧米は、まず管理職になる人を決めて、その上で管理職としての能力が不足する部分があれば教育するという方法です。

そう考えると、「母集団」に入ることが想定されている社員が肥大化して、従来型の育成方法が機能しなくなっていることが、日本企業の人材育成力の低下につながったのかもしれません。

佐藤さん :母集団が増えたにもかかわらず、管理職ポストは減ってしまった。管理職以外でもキャリアが伸びていく、管理職と専門職のデュアルキャリアのような方式も定着してこなかったですね。

また、日本ではОJTでの人材育成が基本でしたが、管理職がめちゃくちゃ忙しくなってきたので、OJTでの人材育成の余力がなくなってきた点が大きいのではないでしょうか。部下の能力向上につながるような仕事の割り振りやアドバイスなどに管理職が時間を割けなくなった。

今野さん: ОJTで言えば、昔は市場拡大とともに仕事もどんどん増えていったから、社員も必死に覚えなければならなかった。計画的ではないにしても、能力を高めるOJT環境にはあったんです。今はそれがないので、低成長時のОJTをどうするか、考えなくてはいけません。

佐藤さん :これからの人材育成の課題について一言。

今野さん :会社をどんな方向に向かわせるか、そのために社員にどんな能力を求めたいのか、そのためには、どんな教育を必要としているのかを示すことです。そのためには「どの業務はどのような能力が必要か」を明確にするジョブ型的な対応が必要になるかもしれません。

(編集部の声: 3月に定年退職を迎える佐藤さんに、先輩の今野さんがフリーになった時のアドバイス。自分の“売り”が何かを考え、そこを明確にして声の掛かるのを待つんだとか。そして、講義がなくなり自由になるので、「高齢期=ハッピー期」だそうです!)

 

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第6回ワークライフ・ラボ 登壇者

佐藤博樹
中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)教授。雇用職業総合研究所(現、労働政策研究・研修機構)研究員、法政大学経営学部教授、東京大学社会科学研究所教授などを経て2014年10月より現職。2015年東京大学名誉教授。
 

今野 浩一郎
東京学芸大学などを経て学習院大学経済学部教授。17年から学習院大学名誉教授として「フリーランスの研究者」。専門は人事管理。
 
 
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