解説:「労働市場改革」と「人への投資」を詰め込んだ新しい資本主義 ~人材と成長を求める企業に直結~

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政府は昨秋、物価高騰や円安など日本が直面する課題の解消と中長期にわたる成長戦略を盛り込んだ「総合経済対策」を取りまとめました。下記の4本柱で構成され、これからの本格展開が注目を集めています。

(1)物価高騰・賃上げへの取り組み
(2)円安を活かした地域の「稼ぐ力」の回復・強化
(3)「新しい資本主義」の加速​
(4)国民の安全・安心の確保

 

​この4本柱の中でも上記の『新しい資本主義』には、「労働市場改革」と「人への投資」など経営層や人事担当者にとって重要な政策が詰め込まれています。政府肝いりの政策パッケージの方向性とポイントを押さえておくことで、企業は飛躍に向けた戦略的な動きがとりやすくなるでしょう。

実務ベースでの具体的な施策が取りまとめられる今年6月下旬を前に、新しい資本主義の本質をつかんでおくことが重要となります。

 

日本再生・成長戦略を軸にした「総合経済対策」

総合経済対策の正式名称は「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」です。この対策は何を目指しているのでしょうか。

 

~背景と狙い~

ロシアによるウクライナ侵攻を背景とした国際的な原材料価格の上昇や円安の影響などを受けて、日本国内では日常生活に密接なエネルギー・食料品の価格上昇が続き、世界的にも景気後退の懸念が高まっています。​

こうした事態に対して政府は2022年以降、「コロナ禍における原油価格・物価高騰等総合緊急対策」を取りまとめ、特に燃料油価格の高騰に注目して「激変緩和措置」を講じ、放置すると1ℓ200円程度に上昇してしまうガソリン価格を170円前後に抑えてきました。​

この難局を乗り越え、さらにその先の未来に向けて日本経済を一段高い成長軌道に乗せていくためには、新しい資本主義の旗印のもと、「物価高・円安への対応」、「構造的な賃上げ」、「成長のための投資と改革」を重点分野とした総合的な対策が必要となりました。​

こうした認識のもと、世界経済の減速リスクを十分視野に入れながら、足元の物価高騰など経済情勢の変化に切れ目なく対応し、新しい資本主義を加速していきます。それを具現化するために整理したのが4本柱の政策です。

 

(参照:首相官邸ホームページ「新たな総合経済対策が目指すもの」

 

第3の柱「新しい資本主義」の加速=労働市場改革など

4本柱の中で企業から最も注目されているが、第3の柱である「新しい資本主義」の加速です。「労働市場改革」と「人への投資」をキーワードに、下記の3つの課題の一体的改革を進め、賃上げの流れが継続・拡大する「構造的な賃上げ」を狙っています。​

(1)賃上げ
(2)労働移動の円滑化
(3)人への投資

 

この一体的改革の中には、賃上げと連動する「資産所得倍増プラン」と4つの注力分野として「科学技術・イノベーション」「スタートアップ」「GX(グリーントランスフォーメーション)」「DX(デジタルトランスフォーメーション)」における大胆な投資の促進も含まれます。​

加えて、0歳~2歳に焦点を当てた伴走型支援と経済的支援のパッケージなど、こども・子育て世代への支援の拡充、女性活躍、孤独・孤立対策など包摂社会の実現に向けた取り組みを推し進めます。​

 

こうした政策パッケージが「新しい資本主義」の全体像となります。

(参照:首相官邸ホームページ「新たな総合経済対策が目指すもの」

 

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さて、全体像が見えてきたところで、具体的な方向性について解説します。

 

賃上げ

<方針>

原材料や資源価格の上昇をカバーする賃金引上げを実現するため、今年の労使春闘(3月~6月)における賃金交渉では政府の立場から後押しするとともに、2020年に法制化された「同一労働同一賃金」の遵守を徹底強化し、パート・アルバイト、派遣などで働く人たちの賃金改善を図ります。

 

<政策の方向性>

主に正社員は春闘で大幅な賃上げを獲得できるよう、政府も環境づくりに努め、主に有期雇用労働者には最低賃金の大幅アップ(全国加重平均1000円)を実現

中小企業の賃上げをサポートする一環として、下請企業と協議することなく取引価格を据え置いたり、価格転嫁をしない理由を回答することなく据え置いたりする行為を不適切とみなし企業名を公表

また、独占禁止法や下請代金法に違反する事案については、命令・警告・勧告など厳正に執行。あわせて、公正取引委員会の執行体制を強化

中小企業の事業再構築補助金・生産性革命に関する補助金について、賃上げを条件とした補助金の抜本的拡充

有期雇用労働者の待遇の根本的改善を図るため、47都道府県321カ所に設置された労働基準監督署において新たに同一労働同一賃金の遵守を徹底

いわゆる「130万円の壁」(被扶養者認定基準)を消失させる効果のある被用者保険の適用拡大など、女性の就労の制約となっている制度を中立なものに検討

 

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労働移動の円滑化

<方針>

労働者に転職の機会を与える企業間・産業間の労働移動の円滑化を中心に、成長分野に移動するための支援策の整備や、年功制の職能給から日本に合った職務給への移行を個々の企業の実情に応じて進めるなど、失業なき労働移動の円滑化に向けた指針を2023年6月までに発表します。

 

<政策の方向性>

キャリアアップのための転職について民間の専門家に相談し、転職するまでを一気通貫で支援する仕組みを整備

リスキリング(リスキリング中の生活保障、セーフティネットを含む)や賃金の在り方(年功賃金から個々の企業の実情に応じた日本に合った職務給への移行等)を含め、「労働移動円滑化のための指針」を策定へ

賃金制度も含め、企業の労働移動円滑化の取り組み状況の開示を奨励

労働移動円滑化のため「労働移動を受け入れる企業」と「副業に人材を送り出す企業または副業の人材を受け入れる企業」を支援

副業の環境整備のため、副業を認めている企業を推奨して公表

賃金制度を改革し、新たに職務給の導入を行う中小企業について助成

非正規雇用労働者の労働移動を支援するべく、民間派遣会社を通じた簡単なトレーニングや紹介予定派遣による就職支援を実施

 

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人への投資

<方針>

個人のリスキリングに対する公的支援について、人への投資策を5年間で1兆円の施策パッケージに拡充します。

 

<政策の方向性>

現在3年間で4000億円規模の事業として進めている人への投資強化策について、施策パッケージを5年間で1兆円へと抜本強化

デジタル人材育成を強化し、現在100万人のところ2026年度までに 330万人に拡大

企業によるスキル向上のためのサバティカル休暇の導入を促進

成長分野への学部再編を促進するため、私立大学等についても、新設学部の準備・整備費や、開設後5年程度の運営経費を補助

若者への研究開発支援を、初期の失敗を許容し、より長期に成果を求める方向に改善・強化

若手研究者の参画を要件とした国際共同研究支援について、若手研究者への支援を強化した上で支援

 

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「資産所得倍増プラン」

<方針>

賃金の引上げに加えて、家計の保有する1000兆円の現預金を投資につなげることで、勤労所得に加えて資産所得も増加させていきます。それによって、持続的な企業価値向上の恩恵が家計におよぶ好循環を作ります。

 

<政策の方向性>

個人金融資産を貯蓄から投資にシフトさせるべく、NISA の抜本的拡充や恒久化を実施

iDeCo の加入可能年齢の引上げなど、iDeCo 制度の改革を実施

中間層を含む幅広い層の資産形成支援として、消費者に対して中立的で信頼できる助言者制度を創設。準備費用の確保や助言者の養成を支援

安定的な資産形成の重要性を浸透させていくための金融教育を充実

 

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「科学技術・イノベーション」「スタートアップ」「GX」「DX」

<方針>

スタートアップの育成は、日本経済のダイナミズムと成長を促し、社会的課題を解決する鍵です。5年で10倍増を視野に5カ年計画を策定し、成長性と収益性の見込める事業に資源を投入します。

同時に、脱炭素化による経済社会構造の抜本的な変革を早期に実現できれば、日本の国際競争力の強化につながります。今後10年間のロードマップを取りまとめて推進します。

 

<政策の方向性>

優れたアイデア・技術を持つ若い人材の選抜・支援、海外における起業家育成の拠点の整備など、スタートアップ立ち上げ期に重要となる人材・ネットワーク面での支援

従業員を雇わず1人で起業するフリーランスの方が安定的に働ける環境づくりのために、取引適正化法案を成立させる

現在、起業を志す若手人材20人を選抜してシリコンバレーに派遣する派遣事業を実施。今後は派遣規模を5年間で1000人規模に拡大して、シリコンバレー、ボストン、ニューヨークなど各地のスタートアップ、ベンチャーキャピタル、アクセラレーターでのインターンといった実地研修を追加

米国大学の日本への誘致などを含むアントレプレナーシップ教育の強化

スタートアップに関わる税優遇措置を検討

中小企業基盤整備機構のベンチャーキャピタルへの有限責任投資機能の強化

産業革新投資機構で新たにファンドを立ち上げ、法改正を行い運用期限を 2050年まで延長(現在の期限は2034年)して出資機能を強化

スタートアップの創業から5年以内について個人保証を徴求しない新しい信用保証制度を創設

CO2等からバイオ燃料、プラスチック、医薬品原料を開発するといった社会的課題の解決に貢献するテーマについて、遺伝子技術によって微生物を改変し、特定の物質の生産量を増加させたり、新しい物質を生産させたりすることのできる微生物設計プラットフォーム事業者を支援

光ファイバについて、「2027年度末までに世帯カバー率99.9%」という目標を達成すべく、過疎地・離島等の条件不利地域などでの光ファイバの整備費用を補助

グリーンイノベーション基金について、水素還元製鉄について実機に近い規模での実証を行うなど、水素、アンモニア、カーボンリサイクルなどの分野での技術開発を着実に推進

 

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こども・子育て世代への支援の拡充、女性活躍、孤独・孤立対策など包摂社会の実現

<方針>

少子化については、コロナ禍の中で、婚姻件数が2年間で約10万組減少し、出生数が将来人口推計よりも7年程度早く減少するなど、危機的な状況にあります。このため、結婚支援や、全ての妊婦・こども・子育て世帯に対する支援を充実させます。

(参照:首相官邸ホームページ「新たな総合経済対策が目指すもの」

 

<政策の方向性>

市町村が創意工夫を凝らしながら、妊娠届出時より妊婦や特に0歳から2歳の低年齢期の子育て家庭に寄り添い、出産・育児等の見通しを立てるための面談や継続的な情報発信等を行うことを通じて必要な支援につなぐ伴走型相談支援の充実

妊娠届出や出産届出を行った妊婦等に対し、出産育児関連用品の購入費助成や子育て支援サービスの利用負担軽減を図る経済的支援を一体として実施

ニーズに応じた支援(両親学級、地域子育て支援拠点、産前・産後ケア、一時預かり等)

孤独・孤立に苦しむ方々に寄り添い、支えるため、「孤独・孤立対策の重点計画」(2022年12月26日改定)に沿って、NPO等の活動をきめ細かく支援するとともに、国・自治体・NPO等の連携体制を強化

孤独・孤立対策の基本となる法案を成立させて、孤独・孤立に寄り添える社会を実現

 

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まとめ

「新しい資本主義」は理念ではなく、人と企業が閉塞感を打破して未来を拓く一大プロジェクトです。これから5年先を見据え、政府が本腰を入れて取り組む政策の全体像は、こちらで解説した通り、明確に示されました。

次は、この方針と方向性に沿って、具体的な事業や施策が打ち出されます。企業必見の具体策は政府が6月下旬に発表する見通しです。目玉となる新規事業などについては、7月を目途にランスタッドから皆様にわかりやすくお伝えします。

筆者プロフィール

株式会社アドバンスニュース
専務取締役報道局長
大野 博司 氏
 
1970年、青森県出身。中央大学大学院戦略経営研究科(MBA)修士。
1994年、日本新聞協会加盟の地方紙に入社。社会部、教育、核燃料サイクル、水産、港湾物流、政経部を経て2004年に報道デスクに就任。
'05年に東京支社で国会取材担当兼論説委員に就き、主に厚生労働省と経済産業省、内閣府の分野を取材。海外取材は、労働行政や水産・物流をテーマに韓国、中国、オーストラリアを訪問。
'10年にインターネット報道を主体とする株式会社アドバンスニュース(日本インターネット報道協会加盟)の設立に参加し、現職は専務取締役報道局長。
労政ジャーナリスト(日本外国特派員協会)として長年国会や政府関係者に取材、国の労働政策に造詣が深い。

取材・文責
(株)アドバンスニュース

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