社労士のアドバイス/専門業務型裁量労働制導入の留意点(2024年4月法改正)

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こんにちは、社会保険労務士法人大野事務所の高田と申します。

弊事務所では、人事・労務分野における様々なサービスをご提供しております。筆者自身も主に労務相談顧問という形で日頃から顧問先企業様のご相談等に対応していますが、本コラムでは、企業で人事・労務の実務に携わる皆様の視点に立って、分かりやすい解説を心がけていきたいと思います。

さて、今回は専門業務型裁量労働制を導入する場合の留意点について、今年(2024年)間もなく施行される改正法の内容を含めて解説します。

Index

ポイント

  • 専門業務型裁量労働制の対象業務は、新たに追加されたM&Aアドバイザーの業務を含めて全部で20ある。
  • 制度を適用するためには労働者本人の同意が必要。同意した後の撤回も可能。同意しない労働者や撤回した労働者に対して不利益な取り扱いをすることは禁止されている。
  • 制度を導入する上で問題になりやすいポイントは、①みなし労働時間の妥当性、②適用業務の妥当性、③裁量性を有しているか否かの3つである。

1.専門業務型裁量労働制とは

専門業務型裁量労働制とは、業務の性質上、その遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があるため、業務の遂行手段や時間配分の決定等について会社が具体的に指示することが困難な業務について、労使協定であらかじめ定めた時間を労働したものとしてみなす制度です。

この「業務の遂行手段や時間配分の決定等について会社が具体的に指示することが困難な業務」とは、この条件に当てはまれば自由に専門業務型裁量労働制を適用できるわけではなく、省令・告示によって、「新商品・新技術の研究開発業務」など19の業務(今回の法改正により、1つ増えて20となります)に限定されています。

なお、わが国における専門業務型裁量労働制の導入率については、導入企業の割合は2.1%(企画業務型裁量労働制は0.4%)、適用を受ける労働者の割合は1.1%(企画業務型裁量労働制は0.2%)との統計結果が公表されています。(厚生労働省 令和5年就労条件総合調査)

これを多いと見るのか少ないと見るのかは見る人次第ですが、そもそも導入可能な対象業務が限定されていることに加え、導入手続きの煩雑さ(特に企画業務型)や、対象労働者の理解を得ることの難しさが、導入率の低さに影響しているのではないかと筆者は感じます。

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2.法改正の概要

今年(2024年)4月1日の改正事項は主に以下の3点です。

①    対象業務にM&Aアドバイザーの業務を追加
②    労働者本人の同意を義務化
③    健康・福祉確保措置の拡充

既に専門業務型裁量労働制を導入している企業が、今年(2024年)4月1日以降も制度を継続適用していくためには、その前日である3月31日までに、新たな法定記載事項を満たした労使協定を締結し、新様式の労使協定届にて労働基準監督署へ届け出た上で、労働者本人の同意を得る必要があります。また、次以降で解説する今回の改正事項を盛り込んだ20の対象業務、労使協定の記載事項、同意書の例および健康・福祉確保措置などの詳細については、スペースの都合上このコラム内への記載は省略しますので、適宜行政のパンフレット・リーフレット等にてご確認ください。

厚生労働省 裁量労働制の概要

①    対象業務にM&Aアドバイザーの業務を追加


対象業務として「銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務(いわゆるM&Aアドバイザーの業務)」が追加され、1つ増えて全部で20になります。

②    労働者本人の同意を義務化

専門業務型裁量労働制を導入するにあたっては、法改正前は、労使協定を締結して、労働基準監督署へ届け出るのみで足りました(※)。
(※)この他、同制度を採用しうる旨の根拠規定を就業規則に定めたり、対象労働者には労働条件通知書等で明示したりといった措置も必要です。

これが、法改正後は個々の労働者の同意が必要となり、当然のことながら、同意をしない労働者に制度を適用することはできなくなります。それに加えて同意の撤回も可能となっていますので、一度は同意をした労働者であっても、同意を撤回した場合には速やかに適用を解除しなければなりません。そして、これらの同意をしない労働者や同意を撤回した労働者に対して、解雇等の不利益取り扱いをすることは禁止されています。

なお、同意を得る方法については、法令上は必ずしも書面での同意を必須としていませんが、後になって同意した、しないの争いにならないように書面で取っておくことが原則的な対応になります。また、一度同意を得れば永久に有効ということではなく、労使協定の有効期間について通達やQ&Aでは「3年以内とすることが望ましい」と示されていますので、労使協定を締結し直す際には、労働者の同意もあらためて取得する必要があります(厚生労働省労働基準局 令和5年改正労働基準法施行規則等に係る 裁量労働制に関するQ&A)。

③    健康・福祉確保措置の拡充

今回の改正により、健康・福祉確保措置の内容が「1:長時間労働の抑制や休日確保を図るための事業場の適用労働者全員を対象とする措置」と「2:勤務状況や健康状態の改善を図るための個々の適用労働者の状況に応じて講ずる措置」の2つに分類され、措置内容も幾つか追加されています(全部で10項目)。企業がこれらの措置を講じる上では、1と2からそれぞれ1つずつ以上実施することが望ましいとされていますので、今回、必要に応じて措置の内容を見直して頂くのがよいでしょう。

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3.特に留意すべきポイント

専門業務型裁量労働制を導入する際において、あるいは既に導入している企業において、最も問題になりやすいポイントは以下の3つであると筆者は考えます。

①    みなし労働時間の妥当性
②    適用業務の妥当性
③    裁量性を有しているか否か

裁量労働制のもとでは、実際にはその日に何時間働いたとしても特定の時間でみなすわけですので、みなし労働時間が実態と大きく乖離していると労働者側の不満が募ります。裁量労働制は、決して残業代の支払いを抑制するための制度ではありませんので、みなし労働時間を設定する上では、対象労働者の日頃の働き方を見て妥当な時間を設定し、かつ、設定した時間に応じて適切な業務量へと調整する必要があります。

適用業務は、今回の法改正により全部で20の業務になります。いずれにせよ、この制度を適用できるのはここに掲げられた20の業務に合致するものに限定されていますので、「それに似たもの・近いもの」にまで拡大適用することは認められません。たとえば「ゲーム用ソフトウェア創作の業務」とは、まさに「ゲーム用ソフトウェア」を創作する業務を指しているのであって、ゲーム用ソフトウェアがよいならば教育用ソフトウェアや業務用ソフトウェアでもよいのではないかと、勝手に拡大解釈して適用することはできないという点に留意する必要があります。

最後に、対象労働者が業務遂行上の裁量性を充分に有しているか否かということも重要なポイントになります。たとえ適用業務には合致していたとしても、常に上司からの指示・監督のもとに作業に従事している労働者は、この制度の適用対象者としては馴染みません。その意味でも、まだ充分な専門性やスキルを有していない新人等にまで適用するのは不適切ですので、適用を開始する時期や要件について、きちんとルールを定めておく必要があるといえます。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。今回の専門業務型裁量労働制にかかる法改正の中では、特に労働者本人の同意を義務化した点については、今後企業が同制度を継続していく上で、極めて大きな障壁になり得る可能性があります。同意をしない労働者や撤回した労働者に対して、同制度の適用を解除した後に新たに適用する制度や処遇を用意しておかなければなりませんし、また、その職務に就くためには同制度の適用が必要不可欠となっている場合については、適用の解除に伴い別の職務に配置転換しなければならない事態も想定されます。

裏を返せば、今後は、裁量労働制の適用については労働者自身が同意していることが担保されるわけですので、適正に運用しさえすれば、企業にとっては今以上に安心が得られることになるという見方も可能です。法改正を受けて同制度の導入率がどのように推移していくのかも含めて、今後の動向を注視したいと考えています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

〔執筆者プロフィール〕

社会保険労務士法人 大野事務所
特定社会保険労務士
高田 弘人

大野事務所高田 弘人先生

社会保険労務士法人大野事務所に2008年入所。入所するまでの約10年間、民間企業の人事労務部門に勤務していました。そのときの経験を基に、企業の人事労務担当者の目線で物事を考えることを大切にしています。クライアントが何を望み、何をお求めになっているのかを常に考え、ご満足いただけるサービスをご提供できる社労士でありたいと思っています。

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