【リスキリング・コーチングお勧め書籍】梶谷真司『問うとはどういうことか―――人間的に生きるための思考のレッスン』

日々、新たな切り口で魅力的なタイトルを冠した新刊が登場する「ビジネス書」。
有名経営者や著名人の思想・仕事術を学べる「ビジネス書」は、自己成長やスキルアップをめざしたい、仕事の進め方や人間関係を改善させたいビジネスマンとって、多くの学びを与えてくれることでしょう。

本連載では、リスキリング&コーチングの専門家であり、15年で400社を超える組織の構造改革・雇用調整におけるHRコンサルティングに携わる一方で、リーダーとして200名を超える組織のピープルマネジメントも経験する下瀬川氏が、リスキリングやコーチングにお悩みの方やご興味がある方へ、お勧めのビジネス書を書籍要約と共にご紹介いたします。

 

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なぜ「問うこと」を問題にするのか

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今回紹介する本は、ビジネス書の棚には置いてないかもしれません。哲学の先生が書いた本だからです。

 とは言え、都内の大型書店には、ビジネス書の棚にもちゃんと置いてありました。きっと、ビジネスパーソンに読んでもらいたいと思ったからでしょう。私も、同じような考えで書評に取り上げました。

 著者は、東京大学大学院教授で専門は哲学。学校や企業、地域コミュニティーなどで、人々が共に考える場を作る活動をしている実践者でもあります。「哲学対話」やワークショップの活動を長年続けており、社会人向けの講座を担当したこともあるそうです。

 本書の前書きにも書いてある通り、日本の教育政策では、2000年以降、「思考力」をはぐくむ教育が重視されてきましたが、一方、「今の子どもは考える力がない」という批判も多いと思います。しかし、考える力が弱いのは、大人も同じことではないか、と著者は問いかけます。そして、思考力育成の必要性が叫ばれても一向に考える力が育てられていないとするならば、その原因の一つは、間違いなく大人の思考力がないからだ、と。

 じっさい、読者の皆さんも(と自分を差し置いて言うのは気が引けますが)、学校でも職場でも、「よく考えなさい!」とか「どうしてわからないんだ?」とか言われた経験はありませんか?でも、どう考えれば「よく考える」ことができるのか、つまり考えるための方法を教えてもらったことがある人は、ほとんどいないでしょう。また、どうして「わからない」のか、どうすれば「わかる」状態になったと言えるのかを明確に示しもらった経験がある人も、皆無に近いと思います。

 本書は、このような問題意識に端を発して書かれた本です。著者の研究、教育、実践活動の中で交わされた、無数の哲学的な対話の中で得られた、「どのようにすれば上手に(正しく)考えることができるか」のヒントが、ここに書かれています。

 ビジネスも、結局は、すべて考えて行動することの集積です。目の前のタスクや課題を離れてみて、哲学の観点から、そもそも考えるとは何かを学んでみましょう。

 

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本書の構成

本書の目次は以下のとおりです。

梶谷真司問うとはどういうことか―――人間的に生きるための思考のレッスン』目次

第1章:問うことは、なぜ重要なのか?
・私たちは、なぜ問わないのか?
・問うことには、どういう意味があるのか?
第2章:そもそも、何のために問うのか?
・目的をもって問う
第3章:具体的に、何を問うのか?
・問いの種類と役割を知る
第4章:実際に、どのように問うのか?
・問いの方向を決める
・問いの大きさを変える
第5章:どうすれば問う力がつくのか?
・問うトレーニングの3ステップ
第6章:現実の問題にどう対処するのか?
・現実に対して適切に問う
第7章:いつ問うのをやめるべきか?
・問い続ければいいというものではない

 

盛りだくさんの内容ですが、今回も重要なところのみをまとめてみました。

 

考えることは問うことに基づいている

さて、最初に確認しておきたいのは、本書がなぜ「問う」ことを問題にしているかです。それは、考えることが、「問う」ことから始まるからです。

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“考えが漠然としているのは、問いが漠然としているからだ。具体的に考えるためには、具体的な問いを立てなければならない。問いの質と量が思考の質と量を決める。要するに、考える力をつけるために重要なのは「問う力」である。”

梶谷真司『問うとはどういうことか―――人間的に生きるための思考のレッスン』より

たしかに、私たちの普段の行動を振り返ってみるとわかりますね。ぼーっとして、なにかを「考えて」いるようなときは、実は何かを思い描いていたり、悩んでいたりはするかもしれませんが、具体的に考えているわけではありません。何かを考えるときには、考える対象の何が問題なのかをはっきりと意識しているときです。

考える力 = 問う力

こうして、問う力こそが考える力に他ならないことが理解できましたが、では、そもそもなぜ、今まで考える力=問う力が教えられてこなかったのでしょうか。それほど重要なことならば、学校でも企業でも教えられていてしかるべきです。でも、私たちはそのような経験がありません。いったい、なぜなのでしょうか。 

著者は、この理由をはっきりと述べています。その理由は5つにまとめられます。

【問うことが教えられてこなかった理由】

(1)    問うことは、基本歓迎されない
・学校は基本的に分かるようになることが目標である。分かること=質問がないこと、であり、質問がある場合は、先生がしっかりと教えていないか、生徒がきちんと学んでいないかということになる。したがって、質問する(問う)ことは歓迎されず、質問がない状態が理想とされる。


(2)    問うのは、しばしば攻撃的である
・たとえば、先生が「何がわからないんだ」と聞いてくる場合、たとえそれが純粋な問いかけであっても、生徒は叱責、非難の言葉として受け取ることが多いだろう。「どうしてわからないんだ」という問いとなれば、ほとんど怒られているとしか理解されない。このように、問いは、しばしば反語的に非難や講義、怒りの表明などに使われるし、そのように理解される。


(3)    問いは、“与えられるもの”である
・私たちの経験上、問いはしばしば上から与えられるものであり、典型的には「試験」である。このようにして問われる問いには、「正解」があり、それが求められる。基本的にこのような問いを喜ぶ人は少ない。


(4)    問うのは、かなり面倒くさい
・上記のような事情があるため、自ら問うことに躊躇するようになる。質問したら「怒られるのではないか」とか、企業では「無能と思われるのではないか」とか、そんな懸念が頭をよぎり、つい問うことを避けるようになってしまう。


(5)    問うのは、じつは怖い
・知的な人ほど、分かることを重視し、分かっていることをアイデンティティとしがちである。つい、分からないことを問うことよりも、分かったふり、知っているふりをしてしまうことも多い。分からないこと、疑問を持つことに罪悪感すら持つようになり、こうして「問う」ことを封印してしまう。

 

問うことは、考えることと同義であるくらい重要なのに、これほどまでにやっかいで大変なことだったとは驚きですが、問うことの大切さと難しさに、今まで気が付かなかったことの方が、ずっと深刻です。私も、この著書でそのことに気づけたことは大変ありがたいと思っています。

 

何を、どのように問えばよいのか

問うことには、いろいろな障壁があるものの、考えることと直結している以上、あらためて問い方をきちんと学んでおくことは極めて重要です。では、どのように問えばよいのでしょうか。 

著者が最初に説明するのは、問いの役割と種類です。

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“問いにどのような種類があって、どのような意味と役割があるかを知っていれば、いつ何を問えばいいか分かるようになる。”

梶谷真司『問うとはどういうことか―――人間的に生きるための思考のレッスン』より

著者の整理を見てみましょう。

 

【問いのさまざまな種類】


(1)    意味を問う
・「〇〇とはどういう意味か?」
・言葉の意味、行為の意味、出来事の意味など。


(2)    「本質」を問う
・「〇〇とは結局何か?」
・そもそも、それが何なのかを問う。


(3)    「理由」を問う
・「なぜ(どうして)〇〇なのか?」「何のために〇〇するのか?」
・理由とは、原因、目的、動機、根拠に分けることができる。


(4)    「方法」を問う
・「どのように〇〇するか?」「どうすれば〇〇できるのか?」
・英語で言うHowの問い。物事が成立する経緯やプロセスを問うもの(例:星はどうしてできたのだろう?)と、目標達成のためにどのような行動をすればよいかを知ろうとする問い(例:どうやれば上達するのか?)に


(5)    「状況」を問う
・「誰が、いつ、どこで、何を、なぜどうしたのか?」
・具体的な状況の説明をするための問い。話が分かりにくいときは、これらのうちの重要ないくつかが抜けていることが多い。


(6)    「関係」を問う
・「〇〇と△△はどう関係しているか?」「〇〇と△△はどちらが~か?」など。
・「関係」には様々な意味があり、比較、相違、類似、区別、因果関係、条件・結果、を含む。


(7)    「事例」を問う
・「たとえば、どういうことか?」「そうでない例はあるか?」「善処するとは具体的に何をするか?」
・仕事を評価するときなど、「どんな仕事」を評価するのか、「そんな働き」を評価するのか、具体的に問うことがしばしば必要になる。
・反例を問うことも公平でバランスの取れた思考にとって重要である。


(8)    「要点」を問う
・「結論は何か?」「結局何が言いたいのか?」
・話の中で最終的に何が重要なのかを問う。


(9)    「意見」を問う
・「あなたはどう思う?」
・物事に対する自分の関わりを問う。


(10) 「真偽」を問う
・「本当にそうか?」
・常識や前提とされているものを時には疑ってみることも大切である。

問うと一口で言っても、非常にたくさんの問いの種類と「問い方」があることが分かります。

ビジネスの現場でも、漠然として考えがまとまらない時、話の焦点が見えず論点が曖昧な時、上記のような問い方のリストを見ながら、問題を新たに設定して、問い直してみるとよいでしょう。

 

現実の問題への対処法

さて、上手に考えるためには、「問う」ことが極めて重要であること、また一方で、「問う」ことは非常に難しいこと、そして「問う」ことには、どのような種類があり、どのような時と場合に使うべきかを著者の整理に従って見てみました。 

しかしながら、現実の問題は、ビジネスであれ、それ以外の生活であれ、複雑であり、状況も刻刻と推移し変化します。だから、問う作業、正しく考える作業は、さらに困難な作業になります。(困難であるからこそ、考えることを専門とする職業やその道のプロが存在することにもなるのですが。)

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“重要なのは、適切なタイミング適切な問い方をすることである。とはいえ、現実は待ってくれないし、問題の対処法も多種多様である。いろんな思惑や社会の制度、常識や慣習などが複雑に絡み合うため、そうしたタイミングの問い方も、こうすればいいと簡単に言えるものではない。それでも基本的な手順はある。”(下線部は本書では傍点が振ってある箇所です)

梶谷真司『問うとはどういうことか―――人間的に生きるための思考のレッスン』より

 

本書によれば、重要なのは、適切なタイミングで適切な問い方とすることですが、それが困難だとしても基本的な手順があるということです。著者は、「解決法が(すでに)分かっている場合」と、「解決法が分からない場合」に分けて説明をしていますが、ここでは、後者の「解決法がわからない場合」について見てみることにします。

 なお、前者の「解決法が(すでに)分かっている場合」でも、お金や時間、能力、多くの努力、協力者などが必要な場合は、そういったものをどうしたら得られるか、という別の問題が出てくる可能性がありますので、結局は世の中の問題の多くは、後者のアプローチが必要になるということになるでしょう。

 

【解決法が分からない場合のアプローチ】

例:会社で仕事がうまくいかない
(1)問題の明確化(何が問題なのか)
・自分は十分に評価されていない。
・モチベーションが下がっている。


(2)課題の設定(どうすればいいのか)
・どのようにすれば自分の評価が上がるか。
・どのようにすればモチベーションが上がるか。


(3)問題の前提の転換(なぜそれが問題とされるのか)
・問題の前提には、仕事をするには評価が上がらなければならない、という意識がある。この前提を外して、「評価は上がらなくてもよいのではないか」と考えてみる。


(4)新たな課題の設定(あらためてどうするのか)
・評価気にしない場合、何をモチベーションに仕事をすればよいか。

 

 

この例に上げられているものは、本書からの引用になりますが、もちろん、「会社で仕事がうまくいかない」というぼんやりとした問題へのアプローチは、(1)から(4)の手順をとっても、いろいろな分岐がありうると思います。

それこそ人それぞれです。ただ、上記のような手順を一つのひな形として持っておけば、解決までのスピードが上がり、心理的負荷も格段に下がって、より考える作業にエネルギーを投下できるようになるのは確実です。

 

問うのをやめるべき時

 著者は「いつ問うのをやめるべきか?」についても述べています。というのは、問うことが単なる知的な行為ではなく、生きることそのものに深くかかわっているからで、問うことが必ずしも良いこととは限らないからだと言います。まさに、問うことは“諸刃の剣”であり、だからこそ、公式的な教育のメソッドがないのかもしれません。

 最後に、著者が上げている、「問うのをやめるべき時」の例を確認してみましょう。

 

【問うことをやめるべき時】

1.非倫理的な問い
・子どもの無垢な魂の前に恥じ入ることなく立てるかどうかが試金石になる。


2.マジョリティの問い
・マジョリティが考えていることは、差別や排除、攻撃性を含んでいても意識されにくい。あえて、このような問いは捨てる。


3.確認すれば終わる問い
・本人に聞かなければわからない問いはすぐに確認する。そして、グダグダと考えない。


4.苦しみを増やす問い
・「うまくいくだろうか?」「なんであんなことをしてしまったのだろう?」これらの問いは問うても解決しないし苦しいだけだ。


5.問いを受け止める
・大切な人を亡くすなど、耐えがたい理不尽に遭遇してしまったとき。「なぜあの人が」「なぜ私が」と問わずにはいられないが、いくら考えても答えは出てこない。消しようがない問いに無理に答えを与えるのは問いをなきものにするのに等しい。ただ問いのまま受け止めるしかない。

 

いかがでしたでしょうか。ビジネスにおいても、ふだんの生活においても、考えることを、少し明確にするだけで問題の解像度が高くなり、より前に進むことができるようになるのではないでしょうか。

本書の後半にも書かれてありましたが、世の中の問いには、解決法が分かっている場合と分かっていない場合があります。前者の問いでも、「お金や時間、能力、多くの努力、協力者などが必要な場合」がありますが、それは自分だけで解決するべき問題ではないという示唆でもあります。問題を明確化し、課題を設定して、それが協力者が必要であるのが分かったら、ぜひ、ランスタッドに相談していただきたいと思います。

 

ランスタッドでは法人様向けに、キャリア開発に関するセミナーや、リスキリングやコーチングを提供するソリューションとして、「ランスタッドライズスマート」というサービスをご用意しております。社内へのリスキリングやコーチングにご興味がございましたら、ぜひライズスマートのサービスページもご覧ください。

 

【筆者プロフィール】

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下瀬川 和宏(しもせがわ かずひろ)
ランスタッド株式会社ライズスマート事業部
ビジネスディベロップメントエグゼクティブ
 
技術翻訳会社の創立者・共同経営者、グローバルIT企業のアカウントマネジメントを経て、再就職支援サービス業界に転身。経営者としての経験と組織の意思決定者へのプレゼンテーションのスキルを生かし、15年で400社を超える組織の構造改革・雇用調整におけるHRコンサルティングに携わる一方で、リーダーとして200名を超える組織のピープルマネジメントも経験。近年では構造改革の専門領域に加え、EDIB推進やリーダーシップ開発、また組織のチェンジマネジメントやHRトランスフォーメーションのプロジェクトマネジメントを通じて、組織の活性化とタレントモビリティのエバンジェリストとして人々の多様な働き方を支援している。

 

ライズスマート

 

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