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キャリア自律のためには、キャリア支援が欠かせない
社員も会社もキャリア観が大きく変わりつつある
日本では、2016年に発行された『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)- 100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン教授 他)が引き金となり、一人ひとりのビジネスパーソンだけでなく、会社のキャリアに対する考え方が大きく変わり始めました。
厚生労働省の調査によると、大卒就労者の就職後3年以内の離職率は、2018年(平成30年)は31.2%で、2008年は30.0%、1998年は32.0%となっています。
過去20年にさかのぼってみても、大卒者の早期離職率は30%前後で推移していることがわかります。
この数字だけで判断するなら、若手社員の転職に関する考え方はほとんど変わっていないようにみえます。ちなみに、短卒者および高卒者の離職率は、過去10年間ではおよそ40%で推移しています。
(出所:2021年 厚生労働省)
一方、民間会社の調査では、若手社員の約半数は転職を検討・活動中という結果が出ています。
ここで取り上げた調査結果だけでなく、長く人事部門に携わってきた者としての感覚を加味するなら、実態としては20年あるいはもっと前から転職は決して珍しいものではなかったけれども、この5~10年前から、若手社員は、転職に対する抵抗を持たなくなってきていることをひしひしと感じます。
かたや会社側の若手社員に対する思いは、「せっかく苦労して採った人に、すぐに辞められては困る」が大半で、定着率を上げることに躍起になっています。その半面で、暗黙の契約である「終身雇用」を保てなくなってきていることが、離職防止の抑止力を効かすことができない要因になっています。
話を戻しましょう。
人事の現場感覚で言うなら、リーマンショック以降に社会人になった30歳代半ばくらいまでの世代の過半数は、転職という形かどうかは別にして、自身のキャリアを柔軟に考える意識に変わっていますし、会社側もその意識変化を受け止めるようになってきています。両者の思惑が一致しているというわけです。
では、現時点でキャリアに対する社員と会社の思いに大きなギャップがある年齢層はというと、40歳代半ばより上の世代である「ミドル・シニア」です。その現状を明らかにして、その解決に向けた考え方を提示します。
ミドル・シニアのキャリア
ミドル・シニアに総じて言えるのは、「現在の会社で長期間働いていること」と、「キャリア形成を会社に委ねてきたこと」です。このキャリア観が、終身雇用が保証された、緩やかな変化の時代にはマッチしていました。
環境の変化が激しく、先行きが不透明で、将来予測が困難な時代を象徴する言葉が、2010年代に急速に使われるようになった「VUCA」です。日本社会でこの流れを加速させているのは、少子高齢化、デジタル化、グローバル化、環境問題、働き方改革などで、これらは相互に複雑に絡まっています。
底流から徐々に変わってきた働く環境が、冒頭で取り上げた『ライフ・シフト』や、法政大学の田中研之輔教授が著した『プロティアン』などにより、社員と会社の意識変革を促し始めています。この潮流は、いわゆる「意識高い系」の会社では浸透してきていますし、大きなうねりは決して止まることはないでしょう。
この新しい時代のキャリア観のポイントは、「キャリア自律」です。簡潔に説明するなら、自分のキャリアのことを主体的に考えることです。時代背景を考えないで中立的にみるなら、当たり前だろうと思うかもしれません。しかし、今の日本の多くのミドル・シニアにとっては、かなりハードルの高い要求です。
とりわけ「キャリア自律」を難しくしているのは、今まで自分のキャリアのことを考えてこなかったことにあります。考える必要がなかった、会社が考えてくれていたとも言えます。
ミドル・シニアの立場からすれば、会社がこれからはキャリア自律だからねと、その「責任」を急に渡されても
どうしていいか戸惑うのも無理ありません。しかも、「自分のキャリアなんだから、自分で考えるべきでしょう」と正論を振りかざされると、反論のしようがないだけに怒りが内にこもってしまいます。
世の中の変化を恨み、嘆くだけでは状況はよくなりません。ミドル・シニアが、もっと言うとあらゆる世代の人たちが、少しでも「キャリア自律」に向けて良い方向に向かうためには、何が必要なのかを見ていきましょう。
キャリア自律のためのスタンス
「キャリア自律」の方法論を考える前に、極めて重要な人間の心理を踏まえておくことが重要です。
それは、「多くの人は自由を望んでいない」ということです。「自由」は近代民主主義の価値理念の大きな柱じゃないかと思われるかもしれませんが、心理学者のエーリッヒ・フロムは『自由からの逃走』で、自由には「責任」と「孤独」を伴い、それらを引き受けることができないならば、真に望ましい社会をつくることはできない(個人に置き換えるなら、真に望ましい人生をつくることはできない)と喝破しています。
フロムの主張から少しズレますが、自由や自律を考える時にわかりやすい例をあげてみましょう。
レストランに行ったとして、100種類の多種多様なメニューよりも、3つのメニューから選ぶことを提示される方が簡単なうえに、自分で決めたという納得感を感じます。あるいは、明快な意思を持たないときには、その道に詳しい人にサポートしてもらいながら、最終決定は自分でするというのが、もっとも心地よいとも言えます。
このことは、キャリアについてもあてはまります。
突然、自分のキャリアは自分で「自由に(自律して)」考えてくださいと言われてもできません。転職の経験がある人ならわかるはずですが、誰の支援も受けずに、しっかり自分をアピールできている職務経歴書を作ることは至難の業です。その前提となる、自分が「やりたいこと」や「できること」を棚卸しすることも、やったことがない人にとっては、驚くほど難しいです。このプロセスは転職ありきではなく、社内においてより良いキャリアを歩むことを考える際にも不可欠です。
であれば、基本スタンスは一つです。
「キャリア自律のためには、キャリア支援が欠かせない。」です。
では、キャリア自律に誰がどのように関わることが望ましいのかを提示して、締めくくりましょう。
キャリアの主人公は自分自身以外にあり得ません。キャリア自律の主体は、社員本人です。
会社はどうでしょうか?キャリア自律は自己責任だと、社員に全責任を押し付けるのは無責任過ぎます。ある年齢に達したら「1日のキャリア研修」を実施するというレベルで済ませていいものではありません。もう一歩踏み込んで、社員一人ひとりに対するキャリア支援の仕組みを作ることが求められます。
最後にキャリア支援の実践者です。大企業などで社内のキャリア支援体制が整っているケースは別として、社員本位を主眼とするなら、社外のキャリア支援プロフェッショナル(キャリア・コンサルタント)を活用することが現時点では最も現実的かつ有効な方法です。会社側に立ってみた場合、どこまで踏み込むことを期待するのかを、キャリア・コンサルタントとすり合わせたうえで、社員のキャリアを現在の延長線上だけで考えるのではなく、複数の選択肢を見つけることをサポートすることが、重要点のひとつになります。
自律なのに支援なのかといっけん矛盾を感じるかもしれませんが、自転車の乗り方を覚えるプロセスを思い出してみるなら、キャリア支援こそが、社員のキャリア自律に欠かせないものです。そして、効果的なキャリア支援策とキャリア開発体制を築くことができるかどうかが、社員の幸福だけでなく、会社の成功を左右する最重要課題になっているのです。これは未来ではなく、現在進行形の話です。アクションを起こすのは、今です。
[著者プロフィール]
牧田 潤 (まきた じゅん)
ランスタッド株式会社 ライズスマートジャパン事業本部 キャリアコーチ/ライフコーチ
コーチング、カウンセリングの資格を活かしたコミュニケーションと、経営陣と社員の双方の視点を持ちつつ、状況を俯瞰して人と組織に関する施策を立案・実行する戦略的思考を強みとしている。