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社労士のアドバイス/給与からの控除に関する基本的なルールと留意点

作成者: 社会保険労務士法人大野事務所|Feb 25, 2026 8:33:41 AM

こんにちは、社会保険労務士法人大野事務所の土岐と申します。社労士として、企業の皆様から寄せられる人事・労務管理に関する様々なご相談に対応させていただいております。

本コラムでは、労働・社会保険諸法令および人事労務管理について、日頃の業務に携わる中で悩ましい点や疑問に感じる点などについて、社労士の視点から、法令上の観点を織り交ぜながら実務上考えられる対応等を述べさせていただきます。

Index

 

ポイント

  • 労働基準法第24条では賃金の支払いについて、(1)通貨払い、(2)直接払い、(3)全額払い、(4)毎月1回以上払いおよび(5)一定期日払いの5つの原則を定めている。
  • (3)全額払いについて、①法令上の定めがある場合、②賃金控除協定を締結しており就業規則上に根拠がある場合に控除が可能となる。
  • 賃金控除協定に定めがない場合には個別同意による相殺は可能とされているが、判例では、労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するときとされている点に留意する必要がある。
  • 賞与や退職金についても労基法上の賃金に該当することから、賃金控除協定の締結および就業規則上の根拠がある場合には、控除可能となる。
 
 

 はじめに

給与計算は、人事労務の実務において、最も誤りが許されない業務の一つといえるかと思いますが、給与計算における「控除」に関しては、いくつかの法令上のルールがあります。

「これまで慣習として控除してきたから」「本人が納得しているから」「過去にも同様の対応をしてきたため問題ないだろう」といった理由で運用している場合にその法的根拠や考え方が曖昧となりますと、従業員との思わぬトラブルに発展するおそれがあります。また、法的な整理や適切な運用がなされていない場合には、労働基準監督署からの指摘につながる可能性も考えられるところです。

そこで今回は、「給与からの控除に関する基本的なルールと留意点」について採り上げます。

 

 1.賃金支払いの5原則 

労働基準法(以下、労基法)第24条は、賃金の支払いについて5つの原則を定めています。給与計算実務を行う上で、この原則は押さえておくべきといえます。今回のテーマである給与からの控除に関するものは、(3)全額払いの原則です。

(1)通貨払いの原則:賃金は現金、給与振込またはデジタル払いにより支払うこと。
(2)直接払いの原則:労働者本人に直接支払うこと(家族や代理人は不可)。
(3)全額払いの原則:全額を支払うこと。
(4)毎月1回以上払いの原則:月に最低1回は支払うこと。
(5)一定期日払いの原則:毎月●●日のように支払日を特定すること。

 

 

2.給与からの控除が可能となる2つの例外と就業規則上の根拠

ただし、上記(3)全額払いの原則には、法律上認められた以下2つの例外があります。

 

① 法令に別段の定めがある場合

法令に基づき、会社が徴収することを義務付けられているものについては、個別の同意や労使協定なしに、当然に控除することが認められます。具体的には、所得税、住民税、健康保険料、厚生年金保険料、介護保険料、子ども・子育て支援金(2026年4月分~)および雇用保険料が挙げられます。

 

② 労使協定を締結している場合

労基法第24条第1項ただし書きに基づき、事業場の過半数労働組合(ない場合は過半数代表者)と書面で賃金控除に関する労使協定(以下、協定)を結んでいる場合に、協定に定められた項目について、控除することが可能になります。例えば、購買代金、社宅、寮その他の福利厚生施設の費用、社内預金、組合費などが挙げられます。

しかしながら、協定に定めがあるからといって、無制限に何でも控除できるわけではありません。通達(昭27.9.20基発675号、平11.3.31基発168号)では、上記の例に挙げました「事理明白なもの」についてのみ、控除することを認める趣旨であることが述べられています。なお、この協定については、給与からの控除を行う全ての事業場で締結する必要がありますので、注意が必要です。

 

③就業規則上の根拠も必要

また、協定を締結している場合は労基法違反とはならないことになりますが、労働契約において給与から控除することは民事上の話であり別問題となりますことから、協定を根拠に一方的に控除を行ってよいものではありません。統一的・画一的に労働条件を定める就業規則において給与からの控除について定め、周知しておくべきといえます。

 

  

 

3.協定に定めのない場合は?

実務上悩ましいのは、協定に定めのない項目は一切給与から控除できないのか、という点です。この点に関しては、判例(日新製鋼事件 最高裁 平2.11.26)によれば、労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するときは、上記の「全額払いの原則」に反しないとしており、同意を得て行う相殺は適法とされています。ただし、この方法はあくまでも例外的な取り扱いとして押さえておくのがよいでしょう。

なお、「控除」と「相殺」については次の通りです。

控除とは、本来、支払期限が到来している給与(賃金)について、会社が一定額を差し引いたうえで支払うことをいいます。例えば、社会保険料や所得税のように、法令に控除する根拠があるもの、あるいは協定に定めがある場合に、これに基づき給与からあらかじめ差し引いて支払わない場合がこれに当たります。つまり、「最初から満額を支払わない」という処理が控除といえます。

一方、相殺とは、会社と従業員がお互いに「お金を払う立場」になっている場合に、それぞれの債権・債務を同額分だけ打ち消すことをいいます。例えば、会社は従業員に給与を支払う義務があり、同時に、従業員が会社に貸付金や立替金などを支払う義務を負っている場合、両者の金額を差し引いて精算するのが相殺です。

整理すると、控除は「給与を支払う際に、一定額を差し引くこと」、相殺は「お互いの支払義務を、同額分だけ帳消しにすること」という違いがあります。

  

 

4.賞与や退職金からの控除は?

ところで、賞与や退職金からの控除は可能なのでしょうか。

この点、労基法第11条では、「賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」としていることから、就業規則で支給基準等が決められている賞与や退職金についても、賃金に該当します。したがって、法令に基づく控除や、協定および就業規則に根拠がある控除であれば、毎月の給与に限らず、賞与や退職金から控除することも可能となります。この場合、協定および就業規則には「給与または賞与から控除すること」、「給与または賞与から控除できない場合には退職金から控除できること」を定め、周知しておくことがポイントといえます。 

 

おわりに

以上の通り、給与(賞与および退職金)からの控除に関する協定の有無やその内容、就業規則上の根拠、さらには相殺を行う場合の同意の取り方やその妥当性は、実務上注意が必要です。今一度、協定の内容や就業規則を確認し、控除の根拠および手続きが明確になっているかを点検してみてはいかがでしょうか。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

執筆者:社会保険労務士法人大野事務所 特定社会保険労務士 土岐 紀文

 
 
〔執筆者プロフィール〕
社会保険労務士法人 大野事務所
特定社会保険労務士
土岐 紀文

23歳のときに地元千葉の社労士事務所にて社労士業務の基礎を学び、2009年に社会保険労務士法人大野事務所に入所しました。現在は主に人事・労務に関する相談業務に従事しています。お客様のご相談には法令等の解釈を踏まえたうえで、お客様それぞれに合った適切な運用ができるようなアドバイスを常に心がけております。

 

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