こんにちは、社会保険労務士法人大野事務所の土岐と申します。社労士として、企業の皆様から寄せられる人事・労務管理に関する様々なご相談に対応させていただいております。本コラムでは、労働・社会保険諸法令および人事労務管理について、日頃の業務に携わる中で悩ましい点や疑問に感じる点などについて、社労士の視点から、法令上の観点を織り交ぜながら実務上考えられる対応等を述べさせていただきます。
さて、今回も前回に引き続き、「副業・兼業に関する留意点」について採り上げます。厚生労働省が公開している「副業・兼業の促進に関するガイドラインわかりやすい解説(以下、解説)」をベースにご紹介します。
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副業・兼業の促進に関するガイドライン(以下、ガイドライン)では健康管理についても触れており、「使用者は、労働者が副業・兼業をしているかにかかわらず、労働安全衛生法第66条等に基づき、健康診断、長時間労働者に対する面接指導、ストレスチェックやこれらの結果に基づく事後措置等(以下、「健康確保措置」という。)を実施しなければならない。」としています。
この点、健康確保措置の実施対象者の選定にあたって副業・兼業先における労働時間の通算の要否が問題となりますが、ガイドラインによれば、「通算をすること」とはされていません。ただし、「使用者の指示により当該副業・兼業を開始した場合は、当該使用者は、原則として、副業・兼業先の使用者との情報交換により、それが難しい場合は、労働者からの申告により把握し、自らの事業場における労働時間と通算した労働時間に基づき、健康確保措置を実施することが適当である。」としている点、実務上このような状況が生じることは想定しにくいところではありますが、注意を要します。
<参考>長時間労働者に対する面接指導の対象者
面接指導の対象者
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労働者
(裁量労働制、管理監督者含む)
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①義務 |
月80時間超の時間外・休日労働を行い、疲労蓄積があり面接指導を申し出た者 |
安衛法第66条の8
安衛則第52条の2
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②努力義務 |
事業者が自主的に定めた基準に該当する者 |
安衛法第66条の9
安衛則第52条の8
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研究開発業務従事者 |
①義務
(罰則付き)
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月100時間超の時間外・休日労働を行った者 |
安衛法第66条の8の2
安衛則第52条の7の2
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②義務 |
月80時間超の時間外・休日労働を行い、疲労蓄積があり面接指導を申し出た者 |
安衛法第66条の8
安衛則第52条の2
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③努力義務 |
事業者が自主的に定めた基準に該当する者 |
安衛法第66条の9
安衛則第52条の8
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高度プロフェッショナル制度適用者 |
①義務
(罰則付き)
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1週間当たりの健康管理時間が40時間を超えた時間について、月100時間超行った者 |
安衛法第66条の8の4
安衛則第52条の7の4
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②努力義務 |
①の対象者以外で面接を申し出た者 |
安衛法第66条の9
安衛則第52条の8
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【出典:厚生労働省:医師による長時間労働面接指導マニュアル】
また、「健康確保の観点からも他の事業場における労働時間と通算して適用される労基法の時間外労働の上限規制を遵守すること、また、それを超えない範囲内で自らの事業場及び他の使用者の事業場のそれぞれにおける労働時間の上限を設定する形で副業・兼業を認めている場合においては、自らの事業場における上限を超えて労働させないこと。」とされており、自社における労働時間だけでなく、労働者個人に適用される上限規制を遵守することが求められています。
その他に留意点として、「使用者が労働者の副業・兼業を認めている場合は、健康保持のため自己管理を行うよう指示し、心身の不調があれば都度相談を受けることを伝えること、副業・兼業の状況も踏まえ必要に応じ法律を超える健康確保措置を実施することなど、労使の話し合い等を通じ、副業・兼業を行う者の健康確保に資する措置を実施することが適当である。」、「長時間労働や不規則な労働による健康障害を防止する観点から、働き過ぎにならないよう、例えば、自社での労務と副業・兼業先での労務との兼ね合いの中で、時間外・休日労働の免除や抑制等を行うなど、それぞれの事業場において適切な措置を講じることができるよう、労使で話し合うことが適当である。」と述べていることから、副業・兼業者について健康被害が生じないように会社と労働者の双方で話し合いや情報共有をしながら、対応を進めていくのがよいでしょう。
いわゆる労災保険は、労働者が業務や通勤が原因で、けがや病気等になったときや死亡したときに、治療費や休業補償など、必要な保険給付を行う制度です。以前は複数の会社で働いている労働者について、当該者が働いている全ての就業先の賃金額を基に保険給付が行われないこと、すべての会社の業務上の負荷(労働時間やストレス等)を合わせて評価して労災認定されないことが課題となっていました。
2020年9月からは、全ての就業先の賃金額を合算した額を基礎として、保険給付額を決定すること、1つの事業場で労災認定できない場合であっても、事業主が同一でない複数の事業場の業務上の負荷(労働時間やストレス等)を総合的に評価して労災認定できる場合は保険給付が受けられることになっています。
【出典:厚生労働省:副業・兼業の促進に関するガイドラインわかりやすい解説】
雇用保険は、1つの事業所において1週間の所定労働時間が20時間以上であること、31日以上の雇用見込みがあることの2つの要件を満たす場合に加入することになります。
【出典:厚生労働省:副業・兼業の促進に関するガイドラインわかりやすい解説】
この点、同時に複数の事業主に雇用されており、それぞれの雇用関係において被保険者要件を満たす場合、当該労働者が生計を維持するのに必要な主たる賃金を受ける雇用関係についてのみ被保険者となるのですが、2022年1月より、65歳以上の労働者に関しては、本人の申出により、1つの雇用関係では被保険者要件を満たさない場合であっても、2つの事業所の労働時間を合算して雇用保険を適用する制度が試行的に開始されています。
厚生年金保険および健康保険の適用要件は次の通りとなりますが、この要件に該当しているか否かは事業所ごとに判断します。複数の雇用関係に基づいて複数の事業所で勤務する労働者が、いずれの事業所においても適用要件を満たさない場合には、労働時間等を合算して適用要件を満たしたとしても、厚生年金保険および健康保険は適用されません。
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ア 正社員や法人の代表者、役員 イ 1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数が、同じ事業所で同様の業務に従事している正社員の4分の3以上である人(パートタイマー、アルバイト等) ウ 正社員の4分の3未満の短時間労働者であって、従業員51人以上の事業所(注)において、週所定労働時間20時間以上等の要件を満たす人 (注)2027年10月より被保険者数36人以上、2029年10月より21人以上、2032年10月より11人以上、2035年10月より10人以下の企業と、企業規模要件は段階的に撤廃されます。 |
なお、同時に複数の事業所で就労している労働者が、それぞれの事業所で被保険者要件を満たす場合、当該労働者は、いずれかの事業所を管轄する年金事務所および健康保険組合を選択し、当該選択された年金事務所および健康保険組合において各事業所の報酬月額を合算して標準報酬月額を算定し、保険料を決定します。その上で、各事業主は、各事業所の報酬月額により按分した保険料を、選択した年金事務所(健保組合の場合は、選択した健保組合)に納付することとなります。
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■ 本業および副業・兼業先のいずれも被保険者となる場合の手続
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区分 |
報酬月額 |
報酬月額
(合算額)
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標準報酬月額 |
保険料の算定方法 |
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A事業所 |
500,000 |
700,000 |
(健保)710,000 (厚年)650,000 |
保険料 = 標準報酬月額 × 保険料率 × 500,000 / 700,000 |
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B事業所 |
200,000 |
保険料 = 標準報酬月額 × 保険料率 × 200,000 / 700,000 |
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留意点 |
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以上の通り、いずれの事業所においても被保険者となる場合、保険料額は各個人毎に異なることになりますので、給与計算の際は特に注意が必要です。
3回にわたり副業・兼業に関する留意点として、副業・兼業の基本的な考え方、労働時間の通算方法、健康管理の実施およびその他の制度等について確認しました。
前回の記事でも触れましたが、労働時間の通算方法に関しては現在、厚生労働省の専門部会(労働条件分科会)において副業・兼業時の労働時間の通算および割増賃金の仕組みの見直しの要否について検討されていますので、今後の動向に注目しましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
23歳のときに地元千葉の社労士事務所にて社労士業務の基礎を学び、2009年に社会保険労務士法人大野事務所に入所しました。現在は主に人事・労務に関する相談業務に従事しています。お客様のご相談には法令等の解釈を踏まえたうえで、お客様それぞれに合った適切な運用ができるようなアドバイスを常に心がけております。