こんにちは、社会保険労務士法人大野事務所の土岐と申します。社労士として、企業の皆様から寄せられる人事・労務管理に関する様々なご相談に対応させていただいております。本コラムでは、労働・社会保険諸法令および人事労務管理について、日頃の業務に携わる中で悩ましい点や疑問に感じる点などについて、社労士の視点から、法令上の観点を織り交ぜながら実務上考えられる対応等を述べさせていただきます。
さて、今回は「副業・兼業に関する留意点」について採り上げます。厚生労働省が公開している「副業・兼業の促進に関するガイドラインわかりやすい解説(以下、解説)」をベースにご紹介します。
Indexポイントはじめに 1. 副業・兼業の促進の方向性 2. 副業・兼業を認めるにあたっての就業規則等の整備 3. 副業・兼業を始める前に - 副業・兼業に関する届出と内容の確認 おわりに |
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かつては副業・兼業を原則として禁止する企業が多かったと思いますが、近年は一定の制限のもとでこれを容認する企業が増えてきています。
このような流れに至った背景には、柔軟で多様な働き方への期待が考えられます。2017年3月に決定された「働き方実行計画」では、副業・兼業の普及を図ることや、その推進に向けたガイドラインの策定、厚生労働省のモデル就業規則の改定などが示されました。これを受けて、2018年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(以下「ガイドライン」)が策定され、その後2020年9月および2022年7月に改定されています。
また、厚生労働省のモデル就業規則も2021年4月版において、副業・兼業について「届出に基づき他の会社等の業務に従事することができる」と改定されており、これらの動きが副業・兼業を容認する企業の増加に少なからず影響を与えているものと考えられます。
さて、副業・兼業に関する裁判例(※)では、労働者が労働時間外の時間をどのように利用するかについては、基本的に労働者の自由であるとされています。これを踏まえ、ガイドラインでは「裁判例を踏まえれば、原則として副業・兼業を認める方向とすることが適当である」と示されています。
また、副業・兼業については、以下の通り労働者と企業の双方にメリットがある一方で、留意すべき点もあるとしています。
メリット | 留意点 | |
労 働 者 |
① 離職せずとも別の仕事に就くことが可能となり、スキルや経験を得ることで、労働者が主体的にキャリアを形成することができる。 ② 本業の所得を活かして、自分がやりたいことに挑戦でき、自己実現を追求することができる。 ③ 所得が増加する。 ④ 本業を続けつつ、よりリスクの小さい形で将来の起業・転職に向けた準備・試行ができる。 |
① 就業時間が長くなる可能性があるため、労働者自身による就業時間や健康の管理を一定程度必要である。 ② 職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務を意識することが必要である。 ③1週間の所定労働時間が短い業務を複数行う場合には、雇用保険等の適用がない場合があることに留意が必要である。 |
企 業 |
① 労働者が社内では得られない知識・スキルを獲得することができる。 ② 労働者の自律性・自主性を促すことができる。 ③ 優秀な人材の獲得・流出の防止ができ、競争力が向上する。 ④ 労働者が社外から新たな知識・情報や人脈を入れることで、事業機会の拡大につながる。 |
① 必要な就業時間の把握・管理や健康管理への対応、職務専念義務、秘密保持義務、競業避止義務をどう確保するかという懸念への対応が必要である。 |
(※)副業・兼業に関する主な裁判例として、次のものがあります。
■マンナ運輸事件(京都地判平成24年7月13日) 運送会社が、準社員からのアルバイト許可申請を4度にわたって不許可にしたことについて、後2回については不許可の理由はなく、不法行為に基づく損害賠償請求が一部認容(慰謝料のみ)された事案。 ■東京都私立大学教授事件(東京地判平成20年12月5日) 教授が無許可で語学学校講師等の業務に従事し、講義を休講したことを理由として行われた懲戒解雇について、副業は夜間や休日に行われており、本業への支障は認められず、解雇無効とした事案。 ■十和田運輸事件(東京地判平成13年6月5日) 運送会社の運転手が年に1、2回の貨物運送のアルバイトをしたことを理由とする解雇に関して、職務専念義務の違反や信頼関係を破壊したとまでいうことはできないため、解雇無効とした事案。 ■都タクシー事件(広島地決昭和59年12月18日) 隔日勤務のタクシー運転手が、非番日に輸出車を船積みするアルバイトに月7、8回たずさわったことを理由とする解雇に関して、労務提供に支障が生じていないこと、他の従業員の間でも半ば公然と行なわれていたとみられること等の事情から、具体的な指導注意をしないまま直ちになした解雇は許されないとした事案。 ■小川建設事件(東京地決昭和57年11月19日) 毎日6時間にわたるキャバレーでの無断就労を理由とする解雇について、兼業は深夜に及ぶものであって余暇利用のアルバイトの域を超えるものであり、社会通念上、会社への労務の誠実な提供に何らかの支障を来す蓋然性が高いことから、解雇有効とした事案。 ■橋元運輸事件(名古屋地判昭和47年4月28日) 会社の管理職にある従業員が、直接経営には関与していないものの競業他社の取締役に就任したことは、懲戒解雇事由に該当するため、解雇有効とした事案。 |
【出典:厚生労働省:副業・兼業の促進に関するガイドラインわかりやすい解説】
では、副業・兼業を認める際や、その運用にあたっては、どのような点を確認すればよいのでしょうか。運用時の注意点についても気になるところです。以下では、副業・兼業に関する確認・対応事項の例を示します。
まず、就業規則等の見直しが考えられますが、その際の主なポイントとして、解説では次の通り示されています。
・副業・兼業を原則として認めること。 ・労務提供上の支障がある場合など、裁判例において例外的に副業・兼業の禁止または制限が認められる場合には、その旨を必要に応じて規定すること。 ・副業・兼業の有無や内容を確認する方法については、労働者からの届出に基づく仕組みとすること。 ・使用者が競業避止義務に関する基準を設ける場合には、労働者の職種や地位等を勘案することが望ましいこと。 |
・労働者の心身の健康確保やゆとりある生活の実現という観点から、法定労働時間の趣旨を踏まえ、長時間労働とならないよう配慮すること。 ・労働基準法や労働安全衛生法の規制を潜脱するような形態による副業・兼業は認められず、就労実態に応じて使用者責任が問われ得ること。 ・労働者が副業・兼業に関して相談・自己申告を行いやすい環境を整備するとともに、そのことを理由に不利益な取扱いをしてはならないこと。 |
また、就業規則の規定例について解説では以下の通り示されています。なお、これはあくまでも副業・兼業に関する規定の一例であり、必ずこの内容をそのまま規定しなければならないというものではありません。
(副業・兼業)第××条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。 2 会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。 ① 労務提供上の支障がある場合 ② 企業秘密が漏洩する場合 ③ 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合 ④ 競業により、企業の利益を害する場合 |
【出典:厚生労働省:副業・兼業の促進に関するガイドラインわかりやすい解説】
上記の通り、就業規則において「届出」により副業・兼業を認めるとする場合に労働者から届出が必要となるのはどのような場合か、また、その際にどのような内容を申告してもらうのか検討を要します。
副業・兼業が労働者の安全や健康に支障をもたらさないか、就業規則上の禁止または制限事項に該当しないかといった観点から、副業・兼業の内容として次のような事項を確認することが望ましいでしょう。
【出典:厚生労働省:副業・兼業の促進に関するガイドラインわかりやすい解説】
なお、労働者に競業避止義務を課す場合の「企業の利益を侵害するおそれがあること」等の規定については、個々の労働者が行おうとする副業・兼業が「企業の利益を侵害するおそれ」のあるものに該当するかどうかを判断する際に、労働者の職種や地位なども勘案しつつ、労使双方が納得感を持った結論となることが望ましいと解説では述べられています。
また、届出を必要とする場合・必要としない場合の考え方の例として、次のようなケースが考えられます。届出を必要とする場合の様式については、解説に掲載されている届出様式例を参考にするとよいでしょう。
区分 | 内容 |
届出を 必要としない例 |
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届出を 必要とする例 |
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禁止する例 |
【禁止する場合の判断基準の例】 |
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■ その他、許可するがその内容に制限をかけるものとして、「長時間労働・過重労働防止の観点から勤務時間数の上限を設ける」などが考えられる。 |
以上の点を踏まえて副業・兼業の内容を確認し、その結果に問題がない場合は、副業・兼業の開始前に、解説に掲載されている合意書様式例のような内容について労使で合意しておくことで、双方がより安心して副業・兼業を行えるようにすることが望ましいでしょう。
今回は副業・兼業に関する基本的な考え方を整理しました。次回は副業・兼業時における労働時間の通算方法について解説します。
最後までお読みいただきありがとうございました。
<参考URL>
■厚生労働省 副業・兼業23歳のときに地元千葉の社労士事務所にて社労士業務の基礎を学び、2009年に社会保険労務士法人大野事務所に入所しました。現在は主に人事・労務に関する相談業務に従事しています。お客様のご相談には法令等の解釈を踏まえたうえで、お客様それぞれに合った適切な運用ができるようなアドバイスを常に心がけております。