こんにちは、社会保険労務士法人大野事務所の土岐と申します。社労士として、企業の皆様から寄せられる人事・労務管理に関する様々なご相談に対応させていただいております。本コラムでは、労働・社会保険諸法令および人事労務管理について、日頃の業務に携わる中で悩ましい点や疑問に感じる点などについて、社労士の視点から、法令上の観点を織り交ぜながら実務上考えられる対応等を述べさせていただきます。
さて、今回は「ハラスメント対策と企業が講ずべき措置」について採り上げます。
Index1.職場におけるハラスメントの種類と定義
(1)パワーハラスメント(パワハラ) (2)セクシュアルハラスメント(セクハラ) (3)妊娠・出産等、育児・介護休業等に関するハラスメント(マタハラ等) 2.企業に求められる法的義務 3.実務上の留意点 (1)相談窓口の在り方 (2)研修等の工夫 (3)相談受付後の初動対応の重要性 まとめ |
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職場のハラスメントは働く人が能力を十分に発揮することの妨げになることはもちろん、個人としての尊厳や人格を不当に傷つける等の人権に関わる許されない行為であり、企業にとっても職場秩序や業務に悪影響を及ぼす深刻な問題です。
厚生労働省の調査では約2割がパワーハラスメントを経験したとの調査結果となっており、相談件数も6万件を超えるなど対策が急務となっています。
こうした状況のなか、2019年にいわゆる労働施策総合推進法が改正され、パワーハラスメントの防止措置が事業主に義務付けられたほか、男女雇用機会均等法および育児介護休業法に基づくセクシュアルハラスメントや妊娠・出産等に関するハラスメントについても防止策や不利益取扱いの禁止が強化されています。
以下にハラスメントの種類と定義、企業が講ずべき措置、そして実務上のポイントについて解説します。
労働施策総合推進法によれば、職場におけるパワーハラスメント(以下、パワハラ)とは、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えるものであり、③その結果として労働者の就業環境が害されるものを指します。これら①から③までの3つの要素をすべて満たすものが、パワハラに該当します。
ただし、客観的に見て、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワハラには該当しないこととされています。
また、同法は職場におけるパワハラについて事業主に対し防止措置を講じることを義務付けており、労働者がパワハラについて事業主に相談したことなどを理由とする不利益な取扱いも禁止されています。
厚生労働省では代表的な言動の類型として以下の6類型を示し、それぞれについてパワハラに該当する例と該当しない例を提示しています。
出典:厚生労働省 職場におけるハラスメント対策パンフレット
男女雇用機会均等法においては、職場におけるセクシュアルハラスメント(以下、セクハラ)に関し、事業主に防止措置を講じることが義務付けられています。
職場におけるセクハラとは、職場において行われる、労働者の意に反する「性的な言動」に対する対応によって、当該労働者が労働条件において不利益を受けたり、または「性的な言動」によって就業環境が害されることを指します。
「性的な言動」とは、例えば、性的な事実関係を尋ねること、性的な内容の情報(うわさ)を流すこと、性的な冗談やからかい、食事やデートへの執拗な誘い、個人的な性的体験談を話すことなどの「性的な内容の発言」のほか、性的な関係を強要すること、必要なく身体に触れること、わいせつな図画を配布・掲示すること、強制わいせつ行為などの「性的な行動」が該当します。また、同性に対するセクハラも対象となります。
なお、セクシュアルハラスメントの判断にあたっては、個別の状況を考慮する必要があり、労働者の主観を重視しつつも、一定の客観性も求められます。身体的接触による苦痛は、たとえ一度であっても就業環境を害し得るものであり、抗議が無視された場合や、心身に明らかな影響が生じている場合にも、セクハラに該当します。男女間における感じ方の違いも踏まえ、被害者が女性であれば「平均的な女性労働者の感じ方」、男性であれば「平均的な男性労働者の感じ方」を基準とすることが適切とされています。
男女雇用機会均等法においては職場における妊娠・出産等に関するハラスメント、育児介護休業法においては職場における育児・介護休業等に関するハラスメント(以下、マタハラ等)について、事業主に防止措置を講じることを義務付けています。
職場において行われる上司・同僚からの言動(妊娠・出産したこと、育児・介護休業などの利用に関する言動)により、妊娠・出産した「女性労働者」や育児・介護休業などを申出・取得した「男女労働者」の就業環境が害されることをいいます。妊娠の状態や育児・介護休業制度等の利用等と嫌がらせとなる行為の間に因果関係があるものがハラスメントに該当します。
なお、業務分担や安全配慮等の観点から、客観的にみて、業務上の必要性に基づく言動によるものはハラスメントには該当しません。
職場におけるパワハラ、セクハラ、マタハラ等を防止するために、事業主が雇用管理上講ずべき措置として、主に以下の措置が厚生労働大臣の指針に定められており、事業主はこれらの措置を必ず講じなければなりません。
事業主が雇用管理上講ずべき措置 |
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①事業主の方針等の明確化と周知・啓発 |
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②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備 |
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③職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応 |
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④合わせて講ずべき措置 (プライバシー保護、不利益取扱いの禁止等) |
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⑤ハラスメントを防止するために講ずべき措置 (上記(3)マタハラ等のみ) |
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ハラスメント対策において最も問題と考えられるのは、「制度としては整備しているが、運用が機能していない」という状態ではないでしょうか。以下に企業が留意すべき実務上の留意点を整理します。
法令上も就業環境を害する言動に対して労働者が相談できる体制を整備することが求められている通りです。
ただし、例えば担当者の名前しか書かれていない、担当者自身が十分に知識を持っていない、労働者が相談した場合に報復を受けるのではないかという懸念があるような状況では、相談窓口が機能しません。
実効性あるものとするためには、担当者が専門的な研修を受講する、匿名相談や外部機関との連携を可能にする、相談しやすい雰囲気づくり(例:社内報や研修でのアピール)をするといった対策が考えられます。なお、「相談したことを理由とする不利益取扱いの禁止」は法令でも明記されていますので、明文化して周知徹底するとよいでしょう。
ハラスメントの加害者として最もリスクが高いのは管理職等の上司が考えられます。
自覚なく「業務指導の一環」として行っている言動が、実はハラスメントに該当しているケースも少なくありません。そのため、管理職等の上司には「指導とハラスメントの線引き」について、特に継続的に研修等による周知が必要といえます。
また、研修の内容を単なる座学ではなく、ロールプレイやケーススタディを中心とする、実際に起きた社内事例(匿名化)を題材に議論する、「これはハラスメントに該当するか?」という判断トレーニングを盛り込むといった「体験型」にすることで、理解と行動が変わるかもしれません。また、新任管理職への初期研修だけでなく、年1回程度の定期研修を義務付けるなど、継続的な研修の実施も効果的と考えられます。
ハラスメント相談を受けた際に、最も重要なのは「初動対応」です。ここで対応を誤ると、被害者の二次被害や、社内への不信感を招くことになってしまいます。
初動対応の基本として、①秘密厳守を原則とする(関係者以外に漏らさない)こと、②被害者の体調や心理的負担に配慮すること、③加害者・第三者からの事実確認は冷静かつ中立に対応すること、④聞き取り結果を必ず記録するといったことが考えられます。なお、軽微なケースと思われる場合であっても、曖昧に終わらせず対応することが肝要です。
以上、職場におけるハラスメントと企業が講ずべき措置について確認しました。
ハラスメント対策は体制を整備するだけでは不十分であり、ハラスメントをしない、させないといった意識を社員一人一人が持つことや、日頃のコミュニケーションにおいて各々と信頼関係を構築することが重要と筆者は考えます。
なお、2024年11月1日には個人として働くフリーランスに対して業務委託を行う発注事業者は職場におけるハラスメントのみならず、フリーランスに対して行われる業務委託に関するハラスメントについても、相談体制の整備等の措置を講じることが義務付けられています。
また、2025年6月11日に公布された労働施策総合推進法および男女雇用機会均等法の改正法では、カスタマーハラスメント(カスハラ)および求職者等に対するセクハラ(就活セクハラ)の対策が義務化されることになりました。こちらの施行日は公布後1年6か月以内の政令で定める日とされており、施行のために必要な関係政省令等については今後労働政策審議会に諮り、その答申を得て制定することとされています。
このように、更なるハラスメント対策が求められることになります。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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