こんにちは、社会保険労務士法人大野事務所の土岐と申します。社労士として、企業の皆様から寄せられる人事・労務管理に関する様々なご相談に対応させていただいております。本コラムでは、労働・社会保険諸法令および人事労務管理について、日頃の業務に携わる中で悩ましい点や疑問に感じる点などについて、社労士の視点から、法令上の観点を織り交ぜながら実務上考えられる対応等を述べさせていただきます。
さて今回も、前回に続き「年次有給休暇の付与や取得等に関する基本的なルールと留意点(中編)」について採り上げます。
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前回確認しました通り、労基法第39条に定める年次有給休暇(以下、年休といいます)は、労働者の雇入れの日から6か月間継続して勤務し、その期間の全労働日の出勤率が8割以上である場合の2つの要件を満たした場合に与えなければならないこととされています。その後は、最初に年休が付与された日(以下、基準日といいます)以後の1年間において全労働日の出勤率が8割以上である場合に、所定の日数を付与することが必要です(付与日数は前回のコラムをご参照ください)。
ただ、基準日は労働者ごとに異なることから、多数の労働者が在籍する会社においては、実務上管理が煩雑になってしまう場面があります。この点、法律を上回る形で付与することにより、基準日を統一することが可能です。通達(平6.1.4基発1)では、以下の2つの要件に該当する場合には、斉一的取扱いや分割付与といった取り扱いをすることも差し支えないこととしています。
➀斉一的取扱いや分割付与により法定の基準日以前に付与する場合の年次有給休暇の付与要件である8割出勤の算定は、短縮された期間は全期間出勤したものとみなすものであること。 ②次年度以降の年次有給休暇の付与日についても、初年度の付与日を法定の基準日から繰り上げた期間と同じ又はそれ以上の期間、法定の基準日より繰り上げること。(…略…) |
①の「短縮された期間は全期間出勤したものとみなすものであること」に関して、例えば3か月の試用期間を終えた後に年休を付与するとの定めがある場合、試用期間中の3か月間の出勤率だけで8割の出勤率を算定するものではなく、試用期間終了後の3か月間は出勤したものとみなすことになり、これらを合わせて算定することになります。仮に試用期間3か月の出勤率が8割に満たなかった場合であっても、出勤したものとみなした期間(試用期間終了後の3か月間)と合わせると、8割以上の出勤率となる可能性がある点に注意が必要です。
また、分割付与に関しては、例えば4月1日に入社した労働者について原則の付与日数を分割付与する場合、4月1日の入社時に2日付与し、その後の6か月経過後の法定の基準日となる10月1日に8日付与するといったことが可能です。ただし、分割付与した場合には、上記通達②の通り、次年度以降は4月1日以前を基準日とする必要があるということになります。
ところで、斉一的取扱いをする場合の方法は上記通達の要件を満たす限り差し支えないとされておりますところ、就業規則への規定方法は様々考えられますが、例として次のような定めが考えられます。
<就業規則の規定例>
第××条(年次有給休暇)
会社は毎年4月1日から翌年3月31日までを休暇年度とし、前年度の所定労働日数の8割以上出勤した者に対して次表に掲げる日数の年次有給休暇を4月1日に一斉付与する。ただし、入社日以後の最初の一斉付与日において、労働基準法第39条で定める出勤率算定期間を短縮した場合には、当該短縮期間は出勤したものとみなして取扱う。
勤続年数 | 1年 | 2年 | 3年 | 4年 | 5年 | 6年以上 |
付与日数 | 11日 | 12日 | 14日 | 16日 | 18日 | 20日 |
2.前項にかかわらず、休暇年度の途中において入社した者(4月1日入社を含む)に対しては、入社月に応じ次表の有給休暇を入社日に付与する。
入社月 | 4/1~ 9/末 |
10/1~ 10/末 |
11/1~ 11/末 |
12/1~ 12/末 |
1/1~ 1/末 |
2/1~ 2/末 |
3/1~ 3/末 |
付与日数 | 10日 | 9日 | 8日 | 6日 | 4日 | 2日 | 1日 |
3.…(略)…
年休は労働者個人の権利となりますので、会社側から年休の使用を強要することはできません。一方、年休の取得率向上という課題がある中で、労使合意の下で年休を計画的に付与できるものとする「年休の計画付与」という制度が設けられました。ただし、この制度を採用する場合でも、付与される年休のうち最低5日は労働者が自由に使えるようにしておかなければならないことから、計画的付与の対象にできるのは付与日数のうち、5日を超える部分ということになります。また、この制度の導入には、就業規則への規定および労使協定の締結が必要です。
<就業規則の規定例>
第××条 (年次有給休暇)
▼.…(略)…
▼. 前項の規定にかかわらず、労働者代表との書面による協定により、各労働者の有する年次有給休暇日数のうち5日を超える部分について、あらかじめ時季を指定して取得させることがある。
付与方式 | 労使協定において定めるべき事項 |
① 事業場全体の休業による一斉付与 | 具体的な年休の付与日 |
② 班別の交替制付与 | 班別の具体的な年休の付与日 |
③ 年休付与計画表による個人別付与 | 計画表を作成する時期、手続等 |
その他、協定に定めるべき内容として、①計画的付与の対象者、②対象となる年休の日数、③年休の付与日数が少ない者の扱いおよび④計画的付与日の変更といった事項が考えられます(労使協定例等の詳細は下記URLのパンフレットに掲載されていますので、そちらをご参照ください)。なお、当該労使協定については労働基準監督署への届け出は不要です。
2019年4月より、法定の年休が10日以上付与される労働者に対しては、年5日を労働者に取得させることが会社の義務となっています。この点、対象者には管理監督者や有期・無期を問わず、パート・アルバイト等も含まれる点に注意が必要です。会社の時季指定に当たっては、労働者の意見を聴取しなければならず、また、できる限り労働者の希望に沿った取得時季になるよう、聴取した意見を尊重するよう努めなければなりません。
なお、確実な取得が求められる年5日については、1日単位・半日単位での労働者による取得および会社による時季指定の取得が含まれます。ただし、時間単位の労働者による取得は年5日のカウントに含めることは認められていませんので、この点はご注意ください。
時季指定の期限は基準日から1年以内となりますが、法定の基準日よりも前倒しで付与しているケースもあると思われます。この場合には、前倒しで付与した日から1年以内に時季指定を行う必要があります。
【資料出所:厚生労働省リーフレット「年次有給休暇の時季指定義務」】
また、全社的に年休の起算日を合わせるために、2年目以降に付与日を変える場合については、重複が生じるそれぞれの期間を通じた期間(前の期間の始期から後の期間の終期までの期間)の長さに応じた日数(比例按分した日数)を、当該期間に取得させることも認められています。なお、この特例による方法によらず、原則通りに初回付与日から1年間、2回目の付与日から1年間のそれぞれの期間において、5日ずつ時季指定するということでも差し支えありません。
【資料出所:厚生労働省リーフレット「年次有給休暇の時季指定義務」】
会社が時季指定を行う前に、労働者自身が年休を請求したことにより年休日が特定されている場合、当該日について会社は時季指定を行うことはできません(この場合、会社が時季指定すべき5日から当該日数分は控除することができます)。
年5日の確実な取得を実現するためには、基準日から一定期間が経過したタイミング(例えば半年経過後など)で、年休の請求、取得日数が5日未満となっている労働者を確認し、年休取得予定日を設定してもらうなど、まずは労働者自身による年休取得を促す、あるいは、過去の実績から年休取得日数が著しく少ない労働者に対しては、労働者の意見を聞きつつ、基準日の時点で時季指定をする、といった方法が考えられます。以上は一例ですので、それぞれの状況に応じて年5日の確実な取得が実現できる方法を検討のうえ、実行することが肝要です。
なお、休暇に関する事項は就業規則の絶対的必要記載事項となりますので、時季指定の実施に際しては時季指定の対象となる労働者の範囲および時季指定の方法等について、就業規則に記載しておく必要があります。
<就業規則の規定例>
第××条(年次有給休暇の時季指定取得)
第××前に基づいて付与された年次有給休暇が10日以上となる社員に対しては、会社がそのうち5日について休暇年度期間内における社員ごとの取得時季を指定することとし、社員はその指定された時季に取得しなければならない。
2.前項の時季指定にあたっては、会社は時季指定を行おうとする社員に対して取得時季に関する意見を聴くものとし、その意見を尊重するよう努めるものとする。
3.第1項にかかわらず、第××条第▼項により年休を取得した日数(当該日数が5日を超える場合には、5日とする。)分については、会社による時季指定は行わない。
年休取得日に対して支払う賃金の額については次の3つのうちから、いずれの方法で支払うのか就業規則に定めておく必要があります。
①労基法で定める平均賃金 ②所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金 ③健康保険法に定める標準報酬月額の30分の1に相当する金額(労使協定の締結が必要) |
①の方法を採用する場合には、年休の取得の都度、平均賃金を算出する必要があり(平均賃金の詳細については割愛します)、平均賃金の算定期間の賃金額に応じて年休取得日の賃金が変動することになるわけですが、実務上は非常に煩雑といえます。
②の場合は通常の出勤をしたものとして給与を支払えばよいことになります。つまり、月給制ならば欠勤控除がなければ給与は控除せずにそのまま支払い、日給制ならば日給を、時給ならば時給×当該日の所定労働時間分を支払うことになります。
③の場合は標準報酬月額に変動が生じていないかを毎月確認する必要がある点に注意が必要です。なお、労使協定の締結が必要とされている点に関しては、「健康保険法に定める標準報酬月額の30分の1に相当する金額」により年休取得時の賃金を支払う旨を協定すれば足り、労働基準監督署への届け出は必要ありません。
前回に引き続き年休に関する基本的な事項について解説しました。特に年5日の確実な取得については労働者1人1人について対応する必要があるため、改正法の施行から数年を経過している現在においても、実務面で頭を悩ませている方もいらっしゃるかもしれません。年休の取得促進については企業ごとに様々な課題があるため、全ての企業に共通して有効な手段を挙げるのは難しいのですが、筆者の関与先様の事例から考えます限りでは、年度初めに年間の年休取得予定を労働者に決めてもらう、それが難しい場合には、会社からも取得を継続的に促していく、あるいは予め時季指定してしまう方法が有効と思われます。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
<参考URL>
■厚生労働省 年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説
■厚生労働省 時間単位の年次有給休暇制度を導入しましょう!
23歳のときに地元千葉の社労士事務所にて社労士業務の基礎を学び、2009年に社会保険労務士法人大野事務所に入所しました。現在は主に人事・労務に関する相談業務に従事しています。お客様のご相談には法令等の解釈を踏まえたうえで、お客様それぞれに合った適切な運用ができるようなアドバイスを常に心がけております。