日々、新たな切り口で魅力的なタイトルを冠した新刊が登場する「ビジネス書」。
有名経営者や著名人の思想・仕事術を学べる「ビジネス書」は、自己成長やスキルアップをめざしたい、仕事の進め方や人間関係を改善させたいビジネスマンとって、多くの学びを与えてくれることでしょう。
本連載では、リスキリング&コーチングの専門家であり、15年で400社を超える組織の構造改革・雇用調整におけるHRコンサルティングに携わる一方で、リーダーとして200名を超える組織のピープルマネジメントも経験する下瀬川氏が、リスキリングやコーチングにお悩みの方やご興味がある方へ、お勧めのビジネス書を書籍要約と共にご紹介いたします。
では、これから人と組織はどのように変わらなければならないのか。
ベストセラー『LIFE・SHIFT』、『LIFE・SHIFT2』の共著者で、人生100年時代という流行語の生みの親でもあるリンダ・グラットン教授(ロンドン・ビジネス・スクール)は、本書『リデザイン・ワーク』で、ポストコロナを見据えた人と組織の変化への取り組み方を具体的に提示しています。それが、仕事のリデザイン(再編成)です。
本書は、原書、訳書ともに2022年発行。東洋経済新報社による日本語訳は全370ページ、全5章で構成されています。第1章では、新しい働き方の「リデザイン(再編成=デザインのやり直し)」の全体像が説明されます。第2章から第5章では、働き方と組織のリデザインの具体的なプロセスが、フェーズごとに解説されます。いずれの章でも、理論と実践(具体的事例)がバランスよく配置され、一気に読み通すことができます。
さて、本書でグラットン教授は、会社の外側の環境、つまりテクノロジー(たとえば人工知能)の進化と人口動態の変化(少子高齢化)、そして、コロナ禍によって生じた社会全体の変化といったマクロな要因も踏まえつつ議論を展開しています。
ただ、そのリデザインの方法論について、グラットン氏は、決してアカデミックな議論に終始するのではありません。3年以上にわたるコロナ禍での働き方の変化(半ば強制的に実施された在宅勤務の一般化など)の実例をふまえ、具体的な手順からわかりやすく説明します。
とはいえ本書は、模範的な事例を解説した「教科書」にとどまっているわけでもありません。グラットン教授は、ポストコロナにおける新しい働き方と組織デザインに関して、会社組織がみずから変化することを可能にするためのステップを詳細に説明することによって、業界ごとに異なる、個々さまざまな状況にそくして、各組織が自社にふさわしいリデザインを行なうためのアクションを指南します。
その意味で、本書はいわば、新しい働き方の「ワークブック」でもあります。以下、本書の構成にしたがって、どのようなやり方で仕事のリデザインを実行するか、見ていくことにしましょう。
まず、グラットン教授は、「いま必要なのはひとりひとりの社員の働き方と会社の業務の進め方を根本から見直すこと」であると述べ、組織デザインのやり直しの必要性を強調します。
そして仕事のリデザインのプロセスの説明を開始します。
そのプロセスは、次の4段階のフェーズから成っています。
①理解する
②新たに構想する
③モデルをつくり検証する
④行動して創造する
|
リンダ・グラットン氏は、このデザインのプロセスには、部署を超えて、また社内外のさまざまな専門家を交えた多くの人の参加と協力が不可欠だとも述べています。さもなければ、変革による副作用のほうが大きくなってしまい、リデザインは失敗することになるでしょう。
したがって、本書をワークブックとして用いて実際に「リデザイン」を遂行することを考えるならば、このミッションを遂行する役割は、柔軟な発想と公平なマインドの持ち主で、ある程度の人事権を持つリーダーが担うことになると思われます。
さて、上記の4段階のステップは、必ず①から始める必要はないと述べられています。②から始めて③④を経て①に戻って理解をふかめ、さらなる構想を進める、というやり方も許容されるということです。以下では、本書の記述の順番通りに、①から④のプロセスで何を行なえばいいのかをダイジェストとしてまとめますが、実行の段階では、自社にあったやり方をとることをお勧めします。
この第一段階のプロセスは、実は一番難しいと言えるかもしれません。組織は、人という多様性のかたまりで、かつ常に変化し続けているからです。
変化するものを理解するのには、やはり特別なやり方が必要です。そこで、グラットン教授は、組織の本質的な(あまり変わらない)部分の理解ができるよう、分析のためのフレームワークを用意してくれています。
1つ目は、生産性の分析です。そもそも、リデザインを何のために行なう必要があるのでしょうか?このような根本的質問に対して、グラットン氏は、「生産性の向上」を挙げています。つまり、新しくデザインされたモデル(組織・働き方)のもとで、自社の生産性を高めることこそが、「リデザイン・ワーク」の目的なのです。すると、組織の生産性は現状どうなっているのかを、正確に把握する必要が出てきます。
生産性を測る指標には、当然、さまざまなものがあります。著者がここで提示するのは、生産性の要素を4つに分け、組織内にあるどの職種がその生産性の要素に貢献しているかを分析する手法です。氏が提示する生産性の要素とは、活力、集中、連携、協力、の4つです。
まず、組織内・社内にある様々な職種を知ることから分析がスタートします。職種が多様すぎる場合は、職種を「コールセンター関連の職」「顧客と接する職」「マネジメントの職」というように、大雑把な職群(ジョブ・ファミリー)に分類し、そのうちの3つ程度をピックアップしてその職種の業務を洗い出すことが推奨されます。
そして、それぞれの職種・職群における主要な業務で、生産性の4要素のどれが一番重要なのかを分析し検討します。そうすることで、その組織の業務レベルにおいて、生産性を高める要素がなんであるか、また反対に、生産性を阻害する要素がなんであるかを把握することが可能になります。
次に、分析のフレームワークの2つ目として、会社内の人的ネットワークと、知識(情報)の流れを把握する方法論が説明されます。そして、知識の流れを理解するうえで重要なのは、「暗黙知」ともいわれる非明示的で、言語化するのが難しい見えない知識だと指摘されます。とくに、自社組織でそういった暗黙知が生産性に寄与している場合は、それをできるだけ明示的なものにする工夫が必要になってきます。
一方、人的ネットワークについて理解するうえでキーとなるのは、「弱い紐帯」(それほど親密でない同僚や知人など社外とのネットワーク)であるとグラットン氏は指摘しています。コロナ禍で長期の在宅勤務が一般化し、オフィス内の人の交流が減ったため、「強い紐帯」(常に相談しあうような関係)が薄れてきたことが指摘されていますが、生産性の観点からは、弱い紐帯の方が重要である場合があるというのです。
組織に新しい知見をもたらすものは、友人の友人などの「弱い紐帯」で結ばれたネットワークであることが研究によってわかってきています。グラットン教授は、弱い紐帯を多く持つ「境界連結者」の存在の重要性も指摘しています。
その弱い紐帯からの知識を、強い紐帯(オフィスの隣の席の同僚とのコミュニケーションなど)にリンクさせる。コロナ禍は、このようなネットワークを切断しているかもしれないという気づきがなければ、その後のリデザインは失敗してしまう可能性があります。
この章の最後で、グラットン教授は、組織のメンバーが会社に何を望んでいるかを把握することの重要性を指摘します。リンダ・グラットン教授による前著『LIFE・SHIFT』でも示されたような、社会の長寿化(人生100年時代)とテクノロジーの進化に伴って生じている、人々の生き方の変化にも着目する必要があります。
つまり、組織のリデザインを行なう場合には、バランスの取れた人生や、人生のマルチステージ化(社会人のリスキリングやリカレント教育などの普及による年齢と人生ステージの複層化)についての理解を深める必要があります。これはすなわち、優秀な人材が入ってくる環境、あるいは辞めない環境がどんなものであるかを把握しなければならなくなっているということでもあります。
働き方のリデザインの第2プロセスは、「働く場所」と「働く時間」を構想するステージとなります。
新型コロナのパンデミックにより、世界中のビジネス・パーソンは、否応なしに「働く場所」と「働く時間」はいかにあるべきかについて考えることになりました。グラットン教授は、これをポジティブにとらえ、頭の固かった企業の幹部が、柔軟でしなやかな組織への移行を検討するよい機会になったと考えます。
しかし、在宅ワークを取りいれれば、単純に生産性が向上するという話でもありません。これは、本書でも様々な実例が指摘されていますが、読者である私たち自身も、この3年ほどの壮大な社会実験ともいえる経験によって、実感的に理解しているところだと思います。
グラットン氏は、重要なのは、「場所」と「時間」の組み合わせだと述べます。もちろん、この組み合わせは、業界ごと、職種ごとに異なるだけでなく、会社ごとにそれぞれのベストな組み合わせがあり、一定の解はありません。
「場所」については、集合型(オフィス)、分散型(自宅・近所のシェアオフィスなど)に分け、それぞれの職種ごとに、上述した「生産性の4要素」(活力、集中、連携、協力)を当てはめて検討します。また、「時間」についても同様に、同時型(9時から5時まで定時で勤務・同じ時間の定例ミーティングなど)、非同時型(職種により集中する時間を決めたり、勤務時間をずらしたりする)に分けて分析します。
グラットン氏がここで注意を喚起しているのは、組み合わせによっては、各生産性の要素に対して、プラスの影響だけでなく、マイナスの影響もあるということです。たとえば、以下のような生産性の影響が想定され、それぞれは、トレードオフ(一方を立てれば他方が立たない)の関係にあります。
活力 | 集中 | 連携 | 協力 | ||
場所 | 集合型 | - | + | ||
分散型 | + | - | |||
時間 | 同時型 | - | + | ||
非同時型 | + | - |
表:『リデザイン・ワーク』p.111にある表を転記
こういったトレードオフの関係を理解したうえで、もっとも生産性の高くなる組み合わせを各組織で選択していくことが重要になります。
現在、日本においてもオフィスのあり方は多様化しており、コロナの影響でのそのような多様化はさらに加速しました。都心部にあるハブとなる本社オフィス、メンバーが自宅から短時間で移動可能なサテライトオフィスやシェアードオフィス、また駅ナカのWifiスポットなど、オフィスのあり方は実にさまざまです。
本書では、オフィス形態と生産性の要素の関係についても分析のフレームワークが提示されています。以下がその例です。
活力 | 集中 | 連携 | 協力 | |
自宅近くのシェアードオフィス | 通勤不要 | 邪魔なし | ||
サテライトオフィス | 通勤不要 | 対面バーチャル | ||
ハブオフィス | 対面 | ブレインストーミング |
表:『リデザイン・ワーク』p.127にある表を転記
自社の主たる職種・業務が、どのオフィス形態にマッチするか。職種ごとに異なる可能性の高いオフィスのあり方を構想し、公平感を保つことができるルールを柔軟に考えることが重要となるでしょう。
「働く場所」と「働く時間」を構想するにあたっては、自宅を「活力」の場、オフィスを「協力」の場ととらえ、同時型の勤務を「連携」の機会、非同時型の勤務を「集中」の機会ととらえることで、各生産性の要素との関係をうまく配置できるようになります。
なかでも、とくに、協力や連携にかかわる業務を洗い出し、対面での仕事が必要なのはどの程度か、オンラインで行えるものはどの程度あるかを見出すことは、リデザインの構想において決定的に重要です。
リデザインの次のフェーズは、検証と実行です。検証のプロセスでは、新しく構想されたモデルが、未来においても通用するかを考える必要があります。
未来の予想は、だれにとっても難しいものです。しかし、かならず押さえておきたい情報は存在します。グラットン教授が提示するのは、社会の平均年齢と人口の規模の変化です。
社会の分析における人口動態の把握の重要性は、経営の分野だけでなく、アカデミックな分野でも認知されるようになっており、たとえば、フランスの歴史人口学者で家族人類学者のエマニュエル・トッドは、人口動態の分析によってさまざまな社会の変化を論じています。
本書では、日本、中国、アフリカのナイジェリアの例が検討されています。世界規模でみるならば、50歳以上の人口割合が増えていること、先進国の人口減少に伴う高度人材の争奪戦の激化、人材の供給地が世界に広がっていること、などが指摘され、それらを踏まえておくこと重要性が指摘されています。
また、若年時の「教育」のステージ、壮年期の「仕事」のステージ、老年期の「引退」のステージ、といった3ステージの固定した人生の把握の仕方から、「マルチステージ」の人生の把握への転換が求められていることが述べられています。
実際、社会人がリスキリングのために大学院に入学したり、起業をしたりすることは珍しくなくなり、人生のステージが複層的になってきています。これは、アメリカやヨーロッパに限った現象ではありません。
私たちの組織は、人生のマルチステージ化に対応できているでしょうか。そして、マルチステージの人生における人々のニーズに応えることのできる組織のリデザインはどうすれば可能となるでしょうか。
本書ではユニリーバの「Uワーク」と呼ばれる雇用モデルなど、数多くの実例が紹介されています。しかし、ただの真似ではなく、それぞれの組織は、働く人の現場の知見から自社のモデルを採用しなければなりません。
テクノロジーの進化も見逃してはいけないポイントです。Open AI社がリリースした人工知能チャット・ボットの“Chat GPT”が話題ですが、このようなツールが知的業務に及ぼす影響を考える必要があります。
また、それだけでなく、施設管理・監視、自動運転等でのハード面のテクノロジーの変化による影響も見逃せません。さらに、テクノロジーよる人間の仕事の変化に伴って、今後、どのようなスキルが価値を持つようになるのか、という点も考えなければなりません。たとえば、優しさや思いやりといったエモーショナルなスキルなどが重要になってくるかもしれません。
本書の最後の方で、グラットン教授は、新しい組織と働き方について、正義と公平性という基本原則に合致させることや、信頼性の確保というポイントについても指摘しています。
つまり、組織が社会の中で長期的に維持できるための仕組みです。物理的にもバーチャルな意味でも、ますます狭く小さくなる社会の中で、会社がほかの社会のアクターといかに共存するかについては、今後ますます重要な論点になっていくでしょう。
それから、変化する組織と個人の働き方、生き方の問題についても言及されています。本書では、最終章で個々人の人生とリーダーシップについて語られますが、これは働き方のリデザインという作業を通じて、各人が作業の中で解答を見出していくことになるでしょう。リデザインが創造につながるには、やはり最後にはひとりひとりが「行動する」ことが求められます。
コロナで加速した社会の変化を、組織と自分の生き方の味方につける。この具体的な方法論を、本書は明快に論じています。しかも、その方法論には、組織にかかわるあらゆるビジネス・パーソンが無視することができない普遍性があります。
リンダ・グラットン氏による『リデザイン・ワーク』は、マクロな社会の変化を踏まえたうえで、ひとりひとりの人生を生きる個人のミクロな視点から組織を論じています。だからこそ、個々の生き方を無視した無機質な組織論や戦略論にない「普遍的」な価値を有する方法を提示できているのではないでしょうか。
ランスタッドでも企業様向けにリスキリングやコーチングを提供するソリューションとして、「ランスタッドライズスマート」というサービスをご用意しております。社内へのリスキリングやコーチングにご興味がございましたら、ぜひライズスマートのサービスページもご覧ください。
【筆者プロフィール】