女性活躍推進法の省令改正によって、2022年7月から企業に「男女の賃金差異」の情報公表が義務化されました。なぜ、このような動きになったのか。その背景とともに、改正のポイントと公表の方法などをお伝えします。
経済協力開発機構(OECD)の2020年調査によると、日本の賃金水準の男女差は22.5ポイントで、韓国(31.5ポイント)とイスラエル(22.7ポイント)に次いで大きく、国際的にもジェンダーギャップの解消の必要性が叫ばれています。
その改善策のひとつとして、新法ではなく既存の女性活躍推進法を改正して「男女賃金の差異」の公表を求めることにしました。2022年7月8日に、具体的な公表方法などを盛り込んだ厚生労働省令が施行されています。
今回の改正で対象となるのは、労働者が「301人以上」の規模の事業主です。施行後に最初に終了する事業年度の実績(結果)を、その次の事業年度の開始後3カ月以内に公表しなければなりません。
公表にあたっては、他の情報公表項目と同様に、厚生労働省が運営する「女性の活躍推進企業データベース」や自社ホームページの利用によって、求職者が容易に閲覧できるようにします。
公表は、「全労働者」「正規雇用労働者」「非正規雇用労働者」の3区分で行います。「全労働者」は「正規雇用労働者」と「非正規雇用労働者」の合計、「正規雇用労働者」は期間の定めなくフルタイム勤務する労働者、「非正規雇用労働者」はパートタイム労働者や有期雇用労働者のことを指します。
なお、派遣労働者は派遣元事業主において算出し、派遣先企業の算出対象の非正規雇用労働者から除外します。個々の事業主の判断で、さらに詳細な区分を用いることも差し支えありません。
<留意点>
本社と複数の支社がある場合は、本社およびすべての支社のデータを積み上げて算出しなければなりません。例えば、本社(東京)、大阪支社、名古屋支社がある場合でも、法人単位で算出することになるため、それぞれの事業所の規模に関わらず、すべての事業所の数字を合計して算出することになります。
逆に、拠点ごとに子会社化して運営していたり、ホールディングスなどの持ち株会社が存在したりする場合は、グループ企業などの連結単位で算出するのではなく、それぞれの法人単位で算出して公表することになります。公表内容の算出や集計には一定の時間と労力がかかるケースも多いと思われるため、早めの対応を心掛ける必要があります。
男女の賃金格差の公表対象となる「賃金」は、労働基準法に規定する「賃金」です。ただし、年度を超える「労務の対価」という性格を持つ「退職手当」や経費の実費弁償という性格を有する「通勤手当」などは例外で、企業の判断によって「賃金」から除外することができます。
この場合、「退職手当」や「通勤手当」を公表から除外するかどうかは企業の判断となりますが、その際であっても男女の労働者でそれぞれ同じ取り扱いとしなければなりません。
女性活躍推進法は2022年4月に改正され、企業に自社の女性活躍に関する「状況把握」「課題分析」「行動計画策定」「企業情報の公表」などが義務付けられました。今回はこのうちの「企業情報の公表」の中に、「男女の賃金差異」を加えています。
具体的にみてみると、企業情報の公表は2つに区分されており、下記のいずれかから選択する方式です。
①女性に対する仕事に関する機会の提供の実績
・採用した労働者に占める女性の割合(雇用管理区分ごと)
・男女別の採用における競争倍率(雇用管理区分ごと・中途採用を含む)
・労働者に占める女性の割合(雇用管理区分ごと・派遣社員を含む)
・係長級にある者に占める女性の割合
・管理職に占める女性の割合
・役員に占める女性の割合
・男女別の職種、雇用形態の転換実績(雇用管理区分ごと・派遣社員を含む)
・男女別の再雇用または中途採用の実績(中途採用の対象者はおおむね30歳以上の正社員)
※新規に「男女の賃金差異」を必須で追加(2022年7月)
|
・男女の平均継続勤務年数の差異(対象は無期雇用者)
・10事業年度前およびその前後の事業年度に採用された労働者の男女別の継続雇用割合
・男女別の育児休業取得率(雇用管理区分ごと)
・労働者の1カ月当たりの平均残業時間
・労働者の1カ月当たりの平均残業時間(雇用管理区分ごと・派遣社員を含む)
・有給休暇取得率 (雇用管理区分ごと)
|
今回の改正は、上記の①に「男女の賃金差異」を必須として加えた格好です。
これに伴い、「男女の賃金差異」は、必ず公表しなければならない項目となりました。したがって、改正後は、①から「男女の賃金差異」と選択1項目、②から1項目の計3項目の公表が必要となりました。
なお、2022年4月から101人以上300人以下の企業に対しても情報公表が義務付けられていますが、「男女の賃金差異」を含む①と②の全体の中から任意の1項目以上を選択して公表することになっています。100人以下の企業は努力義務です。
算出は、賃金台帳や源泉徴収簿をもとに行います。
➡「全労働者」「正規雇用労働者」「非正規雇用労働者」の3区分について、男女別に直近の事業年度の賃金総額を計算し、それぞれの区分の労働者の数で除して、平均年間賃金を算出します。
➡その上で、それぞれの区分ごとに、女性の平均年間賃金を男性の平均年間賃金で除して100を乗じて、パーセントを割り出します。この数値については、小数点第2位を四捨五入し、小数点第1位まで求めるというルールになっています。
➡源泉徴収簿を用いて総賃金を算出する場合、事業年度が1月~12月の企業では事業年度の支払額の合計が年間賃金となりますが、例えば3月決算の場合(事業年度が4月~翌3月)は、2年分の源泉徴収簿を用意して労働者の年間賃金を算出することになります。
➡賃金台帳による場合と源泉徴収簿による場合とで集計の流れが異なることはありませんが、雇用管理区分や事業所ごとに給与計算の処理方法などが異なり、社内的に経理上の電子データなどの取り扱いが一元化できる場合などは、源泉徴収簿を用いる方が効率的な場合もあります。
<法律で義務化された内容以上の対応も可能>
男女の賃金格差の開示については、あくまでそれぞれの区分ごとの平均年間賃金を比較している数値です。
そのため、個別の役割や職務の難易度、習熟度や勤続年数などを判断要素に入れた比較ではなく、必ずしも男女の賃金格差がそのまま不合理な差とはいえないケースもあると考えられます。
この点を考慮して厚生労働省は、開示にあたって「男女の賃金の差異」の数値だけでは伝えきれない自社の実情を説明するため、企業の任意で詳細な情報や補足的な情報を公表することも可能としています。
具体的には、以下のような例が挙げられています。
・自社における男女間賃金格差の背景事情がある場合に追加情報を公表
・勤続年数や役職などの属性を揃えて公表
・より詳細な雇用管理区分での男女の賃金の差異や、属性が同じ男女労働者の間での賃金の差異を追加情報として公表
・契約期間や労働時間が相当程度短いパート、有期労働者を多数雇用している場合、男女の賃金の差異を算出し、追加情報として公表
・時系列で男女の賃金の差異を公表し、複数年度にわたる変化を示す
|
今回の改正による「男女の賃金格差」の公表は社会的な注目度も高く、これからの求人活動や全般的な企業イメージにも影響していくテーマです。自社の女性活躍に関する状況を正しく理解してもらうことで企業価値と採用力向上につながるため、義務化された内容だけに留まらず、詳しく追加的な情報を公表することが期待されています。
[参考]