厚生労働省では、勤労感謝の日(11月23日)がある11月を「過労死等防止啓発月間」と定め、過労死等をなくすためにシンポジウムやキャンペーンなどの取り組みを行っています。また、2023年10月には「令和5年版 過労死等防止対策白書」も閣議決定されました。これを機に、過労死等の防止について改めて考えてみてはいかがでしょうか。
2014年に成立した「過労死等防止対策推進法」によると、「過労死等」とは下記のようなものをいうとされています。
(1)業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡
(2)業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
(3)死亡には至らないが、これらの脳血管疾患、心臓疾患、精神障害
引用:厚生労働省「平成二十六年法律第百号 過労死等防止対策推進法」 |
いわゆる病死や自殺による死亡だけでなく、疾患、精神障がいなども含むため「~等」となっていることが推察できます。また「過労死ライン」(労働と過労死との因果関係判定に用いられる時間外労働時間数)などから、過労死等は長時間労働が主な原因だと考えられがちですが、定義の上で示されている原因は「過重な負荷」、「心理的負荷」であり、労働時間だけの問題ではないこともわかります。
「令和5年版 過労死等防止対策白書」によると、令和4年の勤務問題を原因・動機の一つとした自殺者は前年より増加。主な原因・動機は「職場の人間関係」(26.5%)、「仕事疲れ」(24.4%)、「職場環境の変化」(19.8%)となっています。
引用:厚生労働省「令和5年版 過労死等防止対策白書」
また、「職場の人間関係」を原因・動機の一つとする自殺者のうち約28%は「上司とのトラブル」が原因となっており、「仕事疲れ」を原因・動機の一つとする自殺者のうち約20%は「長時間労働」が原因となっています。
同じく「令和5年版 過労死等防止対策白書」によると、理想の睡眠時間と実際の睡眠時間、また両者の乖離について行われた調査では、労働時間が長くなるにつれて、理想とする睡眠時間を満たせていない傾向が見られました。
引用:厚生労働省「令和5年版 過労死等防止対策白書」
また、理想と実際の睡眠時間の乖離が大きくなるにつれて「うつ傾向・不安なし」、いわばメンタルが健やかな人の割合は減っています。選択肢のうち、乖離が最も大きい「理想の睡眠時間より5時間不足」と答えた人については「重度のうつ病・不安障害の疑い」がある人が約40%に及んでいます。
引用:厚生労働省「令和5年版 過労死等防止対策白書」
長時間労働については「長時間労働の状況を知りながらあえて放置する」、いわゆるブラック企業的なケースが想定されがちです。しかし、実際はそもそも労働時間が正確に記録されていなかったり、本人や管理者に把握されていなかったりと、長時間労働であることが可視化されていないケースも多いと見られています。この場合、労働時間を適切に把握できるような労務管理方法への見直しや、従業員への36協定の周知などを進める必要があります。
「従業員の健康管理は自己責任において行われるべきだ」という考え方や、「企業にとって従業員の健康管理は業務に直結しないコストの一部である」という考え方は根強く、長時間労働や過重な負荷の遠因となってきました。しかし、近年は従業員等の健康管理や健康増進の取り組みを「投資」と捉える「健康経営」、「ウェルビーイング経営」の考え方が広まっています。この考え方を経営陣や従業員に浸透させることは、過労死等の防止にも有効だと見ていいでしょう。
長時間労働の原因としては「非効率的な業務フロー」、「業務負担の偏り」などによる過重な負荷が考えられます。効率化につながる業務フロー改善や自動化ツールなどの導入、特定の人員への業務集中を回避するため分担ルールの見直しなどを行う必要があります。また、適切な休暇が取れないことで心身を損なわないよう、勤務間インターバル制度を導入したり、年次有給休暇の取得促進策を策定したりすることも重要です。
明らかな長時間労働を避けることももちろん重要ですが、その一方で業務負担の感じ方には個人差があることにも注目し、一人ひとりに合わせて見守る体制を作りたいところです。パルスサーベイ、セルフケアや早期段階での相談につながる研修プログラムなど、法定のストレスチェックにとどまらないメンタルヘルス対策を検討していきましょう。
先に挙げた通り「職場の人間関係」は過労死等による自殺原因の筆頭となっています。職場でのハラスメントは「強い心理的負荷」はもちろん、長時間労働など「過重な負荷」の強要などにもつながる可能性があります。またハラスメント防止策を徹底することは、過労死等の防止だけでなく、離職率低下や従業員のエンゲージメント向上にもつながります。「ハラスメント」について詳しくは、下記の記事も参考にしてみてください。
A社には「工場での勤怠状況を本社でしか把握しておらず、工場では時間外労働時間数を把握できていない」、「月の一定時期に納期が集中し、時間外労働が増える」といった課題がありました。そこで本社と工場管理者で定期的に勤怠状況を共有し、加えて本社からも長時間労働を知らせるアラートメール送付をスタート。また、取引先への協力依頼を経て納期を分散させ、時間外労働時間数の改善を実現させました。
時間外労働時間の削減は重要な課題ではありますが、「過労死等の防止」については、長時間労働をなくすだけで万全とはいえません。フィジカル・メンタル両面を考慮した総合的な過労死等防止対策を続けていくには、まず人事や経営層が、業務負荷の感じ方にある程度個人差があることを意識した上で、従業員の働き方をつぶさに観察し、改善のためのアンテナを張っておく必要があるのです。