日々、新たな切り口で魅力的なタイトルを冠した新刊が登場する「ビジネス書」。
有名経営者や著名人の思想・仕事術を学べる「ビジネス書」は、自己成長やスキルアップをめざしたい、仕事の進め方や人間関係を改善させたいビジネスマンとって、多くの学びを与えてくれることでしょう。
本連載では、リスキリング&コーチングの専門家であり、15年で400社を超える組織の構造改革・雇用調整におけるHRコンサルティングに携わる一方で、リーダーとして200名を超える組織のピープルマネジメントも経験する下瀬川氏が、リスキリングやコーチングにお悩みの方やご興味がある方へ、お勧めのビジネス書を書籍要約と共にご紹介いたします。
ジェネレーティブAI(生成AI)が話題です。チャットに向かって質問を投げかけると、人間がしているように的確な答えが返ってくる。場合によっては、同僚や秘書が答えてくれる以上の「優秀な」解答をアウトプットしてくれて、仕事を助けてくれる。Chat GPT (オープンAI社提供)やBing AI (マイクロソフト社提供)、Google Bard (グーグル社提供)など、すでに一般ユーザーが無料でも利用できる生成AIが世に出ていて、アカウントを登録して使ってみた、という方も多いのではないでしょうか。
一方、大学や、中学・高校などでも、レポートの提出の際、Chat GPTを利用することを禁止にする学校が出てきたり、「生成AI登場により、いよいよ大量失業時代が始まる」といったような言説が出てきたりして、自らの生活にネガティブなインパクトがあるのではないかと思わせるようなニュースにも事欠かないのは、このAIのインパクトの大きさゆえです。
しかし、私たちは、大人も子どもも、これからの人生を生きていくためには、このAIがけん引する世界の潮流を見極めて、AIと共存しなければなりません。AIの進化そのものは、誰も止めることができず、その影響は、必ず人類全体に及ぶことは必至だからです。
今回ご紹介するのは、2011年から2019年まで米マサチューセッツ工科大学メディアラボの所長を務め、現在は千葉工業大学変革センターのセンター長などを務め、いまなお社会とテクノロジーの変革の中心にいる伊藤穣一氏による『AI DRIVEN』です。AIがけん引する、というタイトルの一般向けビジネス書ですが、そこで氏は、ブロックチェーン技術やAIなどによる大きな社会変革が、今後、本格的に起こっていくと予想してしています。
GAFAM(グーグル、アップル、メタ(旧フェイスブック)、アマゾン、マイクロソフト)という圧倒的な資本力と開発力とをもったグローバル巨大企業がテクノロジーの進化とその成果を独占する「Web2.0」の時代から、ブロックチェーン技術をもとに様々なテクノロジー企業や技術者が開発を競い合うWeb3.0がすでに始まっていると言われます。
そのWeb3.0(注:伊藤氏はWeb3.0が分散型・非中央集権型であることを表すため、小文字でweb3という言い方をしています)は、本書では、AIにより、いっそう加速すると述べられています。つまり、この潮流にはもう誰も抗えないのです。
私たちの心配は、AIがけん引する時代に、どう生きていくか、生き残ることが出来るか、という問題です。そのヒントが『AI DRIVEN』に書かれています。
本書の目次は以下のとおりです。
私たちの働き方に直接関係ある序章、第1章、第4章、第5章を中心に、ご紹介していきたいと思います。
“序章:AI DRIVENで生まれている、世界のメガトレンド”では、AIがけん引する世界の潮流と、その背景となるAIの歴史と本質について解説されます。なぜ、現代のAIがこれほどまでに発達し、大きな能力を持つようになったのかについても、序章に書かれているAIの歴史の節で説明されています。(この個所は紙幅の関係で、専門的な議論について詳説されていませんのでなかなか難しいです。)
この点について、もっと本質的に理解したい方は、とくに2000年以降に始まり今なお継続する「第3次AIブーム」の契機となった「機械学習」について、詳しく知る必要があるかもしれませんが、まずは、「今後どうなるか」を知るために先に進んでいきましょう。
“第1章:「仕事」僕たちの役割は「DJ的」になる”では、いよいよ、働く私たちにとって、生成AIの進化が何をもたらすか、そして、私たちの仕事がどうなるかについて解説されます。
本章の冒頭で、伊藤氏は、生成AI(画像生成AI含む)の各種アプリケーション(ソフト)を一覧にし、読者に「実際に使ってみる」ことを勧めています。無料で使えるサービスも多いので、まだ使ったことが無い方は、ぜひトライしてみてはどうでしょうか。実際に使ってみることで、伊藤氏による説明が、よりリアルに実感できるのではないかと思います。
さて、本題に戻ります。AI時代の働き方についてでした。
伊藤氏によれば、生成AIの利便性の中心は、仕事の「たたき台をつくる」ところにあります。レポートの下調べ、報告書の下書き、議事録や企画書の草案、プロジェクトやイベントの手配、などです。したがって、受け身的な仕事や支持されてするような業務は、確実に減っていくことになりそうです。なぜかといえば、AIは、それらすべてを、ほぼ完ぺきに、一瞬にして遂行してしまうからです。いま現在はそんな実感は持てないにしても、AIの提供側と利用者の両者による協働により、どんどんAIの精度は上がっていますので、数カ月、遅くとも1,2年でこういった変化が実感されるようになるのではないかと思います。
もちろん、生成AIによって、ある特定の職種が丸ごと無くなってしまうことは、少なくとも、すぐには起こりません。しかし、ある特定の業種における、ある特定の「業務」については丸ごと必要なくなることもあるでしょうし、必要とされる人数は少なくなることは確実です。
以下、少々長くなりますが、本書から引用します。
“AIを使って仕事をすることで、作業的な労力は削減される。いわば仕事の構造が変わることで、今まで表層的な「勤務時間」「待遇」といった側面でしか語られてこなかった「働き方改革」が、もっと本質的な意味で起こるだろうともいえます。”
“ジェネレーティブAIを「パートナー」として使いこなすことで、プロフェッショナルの仕事は大幅に労力削減、効率化されるとともに、さらなる高みに達していける可能性も開かれます。ジェネレーティブAIによって人間の「仕事」「働き方」が大きく変わるといったのは、そういう意味なのです。”
“少なくとも今後数年間は、人間にとって、「ジェネレーティブAIの使用を前提とした働き方の可能性」を探る時期になるでしょう。ジェネレーティブAIを「脅威」「怪しいもの」としてみるのではなく、まずは使ってみて「仲良く」なっていけるかどうかが、今後、いっそう飛躍する人と、停滞してしまう人の分かれ道になると思います。” |
「本質的な意味での働き改革」が起こるということですが、この流れに私たちが自らコミットできるかどうかが、最初の関門になることは確かなようです。
そして、本書では、働き方が大幅に変わる職業とその変化について詳説されますが、詳しくはぜひ本書をお手に取って読んでいただければと思います。挙げられている職業のみ、以下列挙します。
【AIで働き方が大きく変わる業種】 営業、事務、マーケター、広報、教師、研究者・研究開発職、ライター、編集者、デザイナー、アナウンサー、士業(弁護士、会計士、税理士、司法書士、行政書士など)、プロデューサー・ディレクター・構成作家、プログラマー |
あらゆる知的作業に関わる業種が変化を受けるようですね。(そのうち、人間が行なうのは、芸術や身体性に関わる仕事のみになってしまうのでしょうか。)
もちろん、AIによって新たに生まれた仕事もあります。それが、「プロンプトエンジニア」です。生成AIに仕事をさせるときには、私たちはまず文章で「指示」をしなければならないのですが、指示の仕方の良しあしによって、生成AIがアウトプットする成果の質が異なってきます。その「指示文句=プロンプト」を作成するプロがプロンプトエンジニアという仕事です。
プロンプトエンジニアが独立した職種として成立するかどうかは別として、私たちも、各自が生成AIを使いこなすためには、プロンプトエンジニア的な習熟が必要になってくるかもしません。伊藤氏が言うように、まずは使ってみて「仲良く」なっていけるか、やってみることが重要です。
また、あたらしい仕事だけでなく、あたらしいビジネスモデルも出てくるでしょう。本書で挙げられているのは、生成AIに独自データを組み合わせることで出来る新たなサービスです。生成AIは、パターン認識で答えを出すのですは、実際に使ってみたことのある人はご存じのように、時々、勝手に作り上げた(でっち上げたと言ってもいいような)誤った解答をだしてくることもあります。これは、生成AIの「難点」として指摘されていますが、伊藤氏は、ここにこそ新たなビジネスモデルの可能性があると指摘します。
“世の中には、個人(もしくは企業)の個別データを多く持っているサービスがすでにたくさんあります。それが何らかのかたちAIと合わさることで、より顧客満足を高めていくという「データ×ジェネレーティブAI」のビジネスモデルが、今後、増えていくと予想できるのです。” |
つまり、AIが自動的に生成する嘘のデータまじりの解答に、「正しいデータ」のフィルターをかけることで出来る「ただしい答え」を提示するというビジネスモデルです。
そうすると、生成AIが進化し普及した時代における、私たちの新しい働き方は、既存のものを「掛け合わせ」、それを「練り上げる」ことが中心となってくると述べられます。まるで、それは、レコード(音源)を巧みに組み合わせ、一つの音楽、あるいは音楽空間を作っていく「DJ」のような仕事だというのです。
“DJは基本的に、自分では音楽をつくりません。いろんな音楽の断片を寄せ集めてきて、機材でエフェクトをかけるなどして、コラージュのように一つの音楽を構成します。しかも、DJには音楽理論の知識は必須ではありません。むしろDJに求められるのは理論に基づく作曲能力ではなくサンプリング、つまり「どんな断片を掛け合わせ、どのように機材を扱ったらかっこいい音楽になるか」というセンスです。”
“「どんな言葉を掛け合わせ、どうジェネレーティブAIを扱ったら、筋のいいたたき台が生成されるか」を考えるセンスが求められる。その点においても、DJと同様、「掛け合わせ、練り上げること」が人間のクリエイティビティの見せどころといえるのです。” |
ただ、もちろん、AIは間違うことがあります。過去のデータには、真実だけでなく、嘘も紛れ込んでいますので、AIは、しれっと嘘をつくこともあります(決して「意図的」には嘘はつけません)。だから、自分が嘘や間違いに気づけないような、まったく知らない分野で生成AIに頼るのは避けなければなりません。
いずれにせよ、人間の仕事は、大きく、本質的に変わっていくことになるでしょう。AIの本質を知り、味方につけられるかどうかにより、今後の職業人生は大きく変わっていくことになりそうです。
「第4章:「リーダーシップ」「人間を見る力」が問われる時代になる」の前半では、「DAO(ダオ=分散型自立組織)」と呼ばれる、プロジェクトごとに立ち上げられたWeb3.0(web3)コミュニティについて解説がなされています。今後は、DAO型の組織にAIが加わることで、より公平で開かれた組織が実現されることが予想されています。ただ、DAOは、AIというよりも、伊藤氏のいうweb3時代における新しい組織のあり方の話ですので、興味のある方は、本書および、その他関連の書籍を紐解いてみてください。
さて、本章の後半では、AI時代のリーダーの条件が述べられています。簡単にまとめると、先に述べた、DAO型の分散型で公平かつ透明性のある組織を運営できるようなリーダーが必要になるというのが、伊藤氏の見立てです。
“ここ数年、日本でもようやく官民ともに盛り上がりつつあるweb3は、いってみれば、もっとフェアな世界です。DAOがまさに体現しているように、中央集権的な構造をひっくり返し、個々人が皆対等な立場で物事に関わっていけるという組織のあり方が生まれました。そこに通底しているのは、…それぞれの個性を発揮しながらも互いに協力し、足りない機能を補いながらプロジェクトを回していこうという「協働の理念」です。”
“個人それぞれに責任はあるけれど、独立独歩ではなく、コミュニティぐるみで、いろんな考え方を取り入れながら1つのプロジェクトを動かしていく。…組織がweb3の仕組みに乗ろうと乗るまいと、より個々人の能力や個性を活かす組織運営ができることが、これからのリーダーに求められる資質になっていくでしょう。” |
このようなリーダーは、どちらかというと、現在はコーディネーターと呼ばれるような人であるとも思いますが、むしろリーダー的でない人のリーダーシップが、今後は求めれてくるということでしょうか。
また、本書では、AIを人事評価にも導入するメリットについて述べられています。あまり具体的なことは書かれていないので、構想段階ではあると思いますが、今後、AIがどのように人事に影響を与えるか、本書をヒントに考えてみるのもよいと思います。詳しくは割愛します。
「第5章:新時代をサバイブするためのAIリテラシー」では、生成AIに対する指示出し文「プロンプト」をどう書くか、そのコツについて、詳説されています。さすがにすべてをここで紹介することはできませんので、どのようなポイントがあるかについて、抜粋してみます。
1、他者がつくったプロンプトを参考にする(購入する) ・その際、フォーマットとして流用できるもの、プロンプトの「構造」を理解し応用できるもの、という基準で選ぶことが重要。 ・生成AIによい仕事をさせるための有効なプロンプトを、目的別に紹介するWebページもあるので、参考にするとよい。 2、AIの「性格」を理解し、付き合い方を決める・プロンプトエンジニアには、相手の性格を的確に見抜いてコミュニケーションを図る心理学者のようなセンスが求められるとも言われている。利用者である私たちも、できるだけ毎日、生成AIとの会話に付き合って、根気よく、AIの「性格」を理解しようと努めるべき。 ・それでもエラーや間違いは必至。人間には、校正・校閲力が必要になる。 ・AIにキャラ設定を施す。「誰」になってほしいか決める。たとえば、「スピーチライターになってください」「広告主になってください」などを最初に指示する。 ・言葉遣いや情報の詳細度を指定する。「小学生にわかるように」「〇〇新聞のように」など。 |
最後に、伊藤穣一氏のことばでまとめましょう。
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