日々、新たな切り口で魅力的なタイトルを冠した新刊が登場する「ビジネス書」。
有名経営者や著名人の思想・仕事術を学べる「ビジネス書」は、自己成長やスキルアップをめざしたい、仕事の進め方や人間関係を改善させたいビジネスマンとって、多くの学びを与えてくれることでしょう。
本連載では、リスキリング&コーチングの専門家であり、15年で400社を超える組織の構造改革・雇用調整におけるHRコンサルティングに携わる一方で、リーダーとして200名を超える組織のピープルマネジメントも経験する下瀬川氏が、リスキリングやコーチングにお悩みの方やご興味がある方へ、お勧めのビジネス書を書籍要約と共にご紹介いたします。
今回紹介する『静かな人の戦略書』の著者、ジル・チャンも、そのような悩みを持っていた一人です。彼女は、実は今もおとなしく、引っ込み思案で、人と交わるのが苦手な人(静かな人)であるのは変わりなく、このような性格を「克服」したわけではありません。まさに、本書のタイトルのとおり、静かな性格を戦略として利用することを学び、実践することで、成功した人なのです。
本書は昨年発売され、世界中でベストセラーになっていますが、中国語のタイトルは『安静是種超能力』、英語の原書タイトルは“Quiet Is a Superpower”で、どちらも日本語に直訳すると、「静かであるのは超-能力(とてつもないパワー)」となります。静かな性格は直す必要はなく、ビジネスにおいても、力強い長所にもなるということです。
著者のジル・チャン(張瀞仁)は、台湾出身で若くして認められたグローバルなビジネス・リーダーですが、一般的にはまだ知られていませんので、彼女のホームページより、経歴を見てみることにします。
ミネソタ大学大学院修士課程修了後、ハーバード大学と清華大学でリーダーシップ・プログラム修了。アメリカの非営利団体でフィランソロピー・アドバイザーを務め、Harvard SEED for Social Innovationのフェローで、2018年にはGirls in Tech Taiwan 40 Under 40でも紹介されました。現在は母国の台湾で、内向型のキャリア支援やリーダーシップ開発、国際慈善活動などの分野で活躍しています。
ジルは、これまで、スポーツ業界、州政府、非営利団体など、さまざまな企業や団体で15年にわたって国際業務を経験してきました。また、国際フィランソロピー・アドバイザーとして世界23カ国と連携し、200回を超えるスピーチを行ってきました。
また彼女は、本稿で紹介する著書でベストセラー作家の仲間入りを果たしました。英語版『Quiet Is a Superpower』はアマゾンでベストセラー1位を獲得し、FOREWORD INDIES AwardでHonorable Mentionを受賞、日本語版も含む6カ国語に翻訳されています。
世界各国を飛び回るグルーバル・リーダーで、スピーチにも定評のあるジルが「完全に内向的人間」だというのは、とても驚きです。本書には、そのギャップの秘密が書かれてあるわけです。本書は、自分が引っ込み思案で、おとなしく、アピールできない(したがって、ビジネスでは活躍できない)と思っている多くのビジネス・パーソンに勇気を与えてくれます。
本書でいう「静かな人」とは、いわゆる内気で内向型の人のことを指します。内向型の人が世界中で何人くらいいるかわかりませんが、大雑把に分ければ、半分は内向的な人、少なく見ても30%くらいは静かな人に分類されるのではないでしょうか。
もちろん、静かな人で、ビジネスや活発な活動から離れて、「ひっそり」と暮らしている人は、自分の性格に悩むこともないでしょう。しかし、多くの「静かな人」は、会社や組織に属し、自分をアピールしなければならない(と思われる)環境に身を置いているために、気後れしたり、自分を「外向的」「社交的」に変えなければ、と悩んでいたりすることも多いでしょう。
実際、就活や転職活動の面接においても、自分のおとなしくて内向的な性格を隠して、無理に「外向的な」性格を演じてしまう人もいらっしゃいます。そうすると、無理をしているために、自分の良さも発揮することができません。結局、自分の内気さゆえに転職や就職、昇進などに失敗している、と思い込んでしまうのです。
しかし、ジル・チャンは本書で、「静かな人」であることによって、むしろビジネスで信頼を勝ち得て、活躍できることを実証していきます。
本書は、以下の4パート(全26章)からなっており、それぞれが各領域における「静かな人の戦略」になっています。
以下、パート毎に見ていくことにしましょう。
まず、著者は、「無理に元気いっぱいになる必要はない」と断言します。つまり、「はったり」はいらない(CHAPTER 1)ということです。そもそも、はったりなどでエネルギーを消耗してしまうのが「静かな人」の特徴なので、無理に社交に出ていく必要もないと言います。ちなみに、ジルは、軽い雑談にさえ、すごくストレスがかかるようです。
彼女が「静かな人(のまま)でいい」と気づいたのは、「控えめなくらいでちょうどいいよ、やたらとアグレッシブな人は遠慮したいね」などと言われ、「控えめな態度」信頼感を生むことを知ったからでした。
そう気づいたジルは、アグレッシブで外向的な人ばかりが活躍している(ようにも見える)スポーツ・マーケティングの世界に飛び込むことになります。そこで、彼女がとった戦略は、「得意なこと」で勝負する(CHAPTER 2)というやり方でした。
そもそも、著者を含む内向型の人は、面接でも、電話対応でも、即座の対応が苦手です。なぜそうなのかと言うと、内向型の人が、じっくりと考えてから言葉を選んで話す傾向にあり、また長期記憶に頼る傾向がある(ゆえにレスポンスに時間がかかる)からだそうです。そこで重要なのは、即座の対応能力以外の、自分の「核心」の能力を探し出し、それを集中的に磨き上げること(CHAPTER 3)だとジルは述べます。
そのためには、「自分を現実的に見つめ、受け入れる」(CHAPTER 5)ことが重要です。自分にとっての最高の仕事とはなにかを考え、自分のもっとも大切にする価値を考えるのです。ポイントは、「かくあるべし」ではなく、「こうなりたい」「こうやりたい」という自分の真の希望を極力優先することです。
では、どのようにすれば、それがわかるでしょうか? ベストセラー『内向型人間のすごい力(講談社刊)』の著者スーザン・ケインと心理学者のローリー・ヘルゴー、そして著者自身の経験を踏まえて、ジルが提唱するのは、以下の質問に答えるやり方です。ぜひ参考にしてみてください。
【自分のやりたい仕事がわかるための方法】 ① (子どもの頃)大きくなったら、何になりたいと思っていたか?② どんな仕事に魅力を感じるか? ③ どんなものに憧れるか? ④ 生まれつき才能に恵まれていることは? |
①の質問に答えることで、たとえば、「ブルドーザーの運転手」になりたかったなら、そのものになるというよりも、機械が好きだとか、強力なパワーに憧れているとか、潜在的な願望がわかるかもしれません。②の質問で、金銭的な価値や、社会的なステータスだけでなく、「NPOで働きたい」などの本心がわかるかもしれません。③の質問に対しては、夢を語ることになります。ジルは、どんな困難な道でも、本当に憧れるものを考えて、それに近づく道を選んでみたらよいとアドバイスしています。④では、少しでも「得意なこと」を考えて、それを活かす道を考えることになります。
このような作業を経て、自分の活躍したいフィールドを選んだら、「静かな人」でも生かせる仕事を見出すことにします。たとえば、「観察能力がある」「集中力がある」「冷静である」など、静かな人の「独特の脳の特徴を武器にする」(CHAPTER 4)道が見つかるはずです。
ただし、「静かな人」は、新しい環境になじむのも苦手です。とくに就職、転職では、新しい職場になじめずに苦労することも多いでしょう。そこで、ジルは、ストレスフリーで新しい環境になじむための3つのアドバイスを提示しています(CHAPTER 6)。
【新しい環境になじむためのアドバイス】 ① 仲間を見つけること(まずは一番親切そうな人を見つけ、その一人と仲良くなる)② 仕事の能力があることを示すこと(傾聴能力を活かす) ③ 明確な成果を出すこと(1対1で上司に成果を報告する) |
上記を実践することで、周囲に認められ、より活躍できる環境が作られていくのです。
パート2のセクションでは、「まずは一人から」始まった仕事上の人間関係を、どのように深化させるかを説明しています。
静かな人は、ちょっとした雑談でさえ、めんどうになってしまい、そっけない態度を取ってしまいがちです。しかし、ジルは、それでよいと言います。つまり、「今日は早いね」と言われたら、「ええ、そうですね」でよいと。やたらと明るくふるまう必要はなく、かと言って、不機嫌そうにするも良くはないでしょうが、ともかく「おしゃべりで疲労困憊することは避ける」べきだと述べています。
また、職場で友人を無理に作ろうとする必要もないと言います。中国語話者であるジルは、日本人にも有名な『論語』の格言を引いて「君子の交わりは淡き水のごとし」と述べています。そして、それで良いとしているのです。会社は、友だちを作る場ではないのですから。しかし、仕事にまじめに取り組むことで、おのずと協力者は出てきます(CHAPTER 7)。
人間関係で必ず起こるのが「もめごと」です。「静かな人」は、とくに気まずい雰囲気を察知するのが早く、そうなると気分も落ち着かなくなります。だからこそ、静かな人の対処法を覚えておくことが戦略として重要になります。著者が提案するのは、以下の4つの方法です。
【もめごとが起こったときの対処】 ① ひと息ついて、戻ってくる② 思いやりともって相手の話を聞く ③ コミュニケーションのチャンスにする ④ 引きずらない |
①は、その場・その時を少し離れ、落ち着いてから対処する方法です。「この問題については、午後にあらためて話し合いましょう」などと、いったん、その場を離れるのも得策です。
②は、相手の話を遮ったり、言葉を差し挟んだりせず聞くことの大切さを述べています。ただし、共感はしつつも、同調はしないように注意しましょう。
③と④は、内向型人間には、なかなか難しい技術かもしれませんが、これらを避けないようにしましょう。直接、会って話すことも重要なポイントのようです(CHAPTER 8)
また、「自分のせい」にしないこと、「自分の立場」をはっきり示すことも重要だと言います(CHAPTER 9)。嫌われたくない、という意識から、好かれようと過度に思うことによって、自分が伝えたい情報を相手に十分に理解させることを疎かにしがちなのも、内向型の特徴です。そういう時は、職場では、「好かれることより信頼されること」の方が重要だと心得ましょう。
もうひとつ、人間関係の技術の中で心得ておくとよいのは、「正反対の人」とうまくやっていくコツです(CHAPTER 13)。そもそも、性格の異なる人同士のチームは、うまく連携すれば、力や効果を絶大に発揮できると言います。ぜひ参考にしてみましょう。
【正反対の人とうまくやるには】 ① 「遂行能力」を発揮する(結果を出せば誰でもあなたと仕事をしたいと思う)② 「敬意」を払う(相手のリズム、目標、チームワークを尊重しよう) ③ 「ユーモア」を挟む(たまにジョークを言ってみる) ④ 「苦戦」する仲間に手をさしのべる(細かい点に気を使って助けてみよう) |
このパートでは、たとえば仕事で参加したり、準備をしたりする「イベント」など、内向型の人がもっとも苦手とするような仕事を、どのようにやり遂げるかを説明しています。
著者も、イベントは苦手だそうです。だからこそ、どのようなイベントに参加するかを、参加の意義を踏まえて検証するところからスタートすることをアドバイスしています。内向型の人にとっては、エネルギーはもっとも重要な資産(CHAPTER 14)であるため、イベントに参加することで無駄なエネルギーを消費しないかどうか、イベントに参加しなくても良いかどうかを、前もって慎重に選ぶことが必要となります。
モチベーションが、これっぽっちもないと分かったら、潔く参加を断る勇気も大切です(CHAPTER 15)。代わりに、家で読書でもした方が時間の無駄になりません。
ただ、参加すると決めた(決まった)からには、入念な準備をし、場合によっては、あえて「前」に出る積極性を発揮すべきだと著者は言います。ちなみに「前」とは、席の前列のことです。あえて、前列に座れば登壇者の目に留まりやすいし、自分が登壇すれば、あとでぎこちない自己紹介をする手間も省けるというのです。たしかに、逆説的だけれど的を射たアイディアですね。
そして、イベントに参加して何かを得るとか、イベントそのものを主催するような場合は、プランを完璧に準備することを心がけましょう。参加でも主催でも、事前にプランを立てる上でおさえておくとよいポイントがたくさんあります。筆者が挙げていることをいくつか列挙してみます(CHAPTER 16~18)。
【準備する上での役立つヒント】 |
このパートの最終章には、静かな人こそ「SNS」を使い倒すべきことと、その具体的方法、また、静かな人は「文章力」を鍛えて勝負するとよい、という貴重なアドバイスも書かれています(CHAPTER 20)。
最後のパートでは、組織論が展開されています。「静かな人」である自分の、組織での活かし方、そして、「静かな人」であるメンバーを組織に活かす方法、です。
まず、静かな人の資質のうち、「謙虚さ」の重要性が指摘されています。これは、内向型の人が自分を組織で活かすためにも大切な気づきであり、また、企業など組織のリーダーが、どのようなメンバーを重用すべきかを考えるときにも極めて大切な指摘です。
たしかに、静かな人は謙虚であることが多いため、その謙虚さから得られるパフォーマンスは目立たなかったり、具体的な数字に表れなかったりします。しかし、脚光を浴びている人だけが、真の影響力をもたらすとは限らないと言うのです(CHAPTER 21)。
スポーツチームのパフォーマンスに関する統計分析によれば、あらゆる選手関連のデータに基づいても、スタープレーヤーとの巨額の契約は、ロールプレーヤーとの契約に比べて費用対効果が低いということが判明したらしいのです。そしてまた、これは、メジャーリーグだけでなく、他のスポーツやあらゆるビジネスの領域でも同じ傾向が見られるとのことです。これは、内向的な人にとっては朗報です。
なぜ謙虚さが成功に結び付くのかというと、筆者は、組織心理学の権威の例を引いて、以下の点をあげています。
【謙虚な人のもつ3つの特徴】 ・自分の弱点や自分に欠けているものを知っている・個人の利益よりもチームの利益を優先する ・つねに勉強と練習を怠らない |
また、チーム・ビルディングにおいても、「内向型」の役割は明確です。少なくとも、外向型の人だけでなく、内向型の人を必ずセットにしてチームを作れば、最強の組織ができると述べられています。
ただ、内向型と外向型を混ぜただけではだめで、会議などでは、平等な発言の機会を意識的に作る必要がありそうです。ある研究によれば、6人で会議をした場合、平均して2人の発言だけで全体の発言の60%を占めてしまうことが明らかになっているようです。したがって、会議などの効果を発揮させるには、「全員の発言を求めること」と、内向型には発言を促し、外向型には傾聴を促すなどの工夫が必要です(CHAPTER 22~23)。
本パートでは、静かな人のための「マネージング・アップ」のコツも紹介されています。マネージング・アップとは、要は上司をうまく管理する方法のことです。
【マネージング・アップのコツ】 ・主導型の上司には、企画書の内容を1ページにまとめた概要を提出する・感化型の上司には、企画書の見栄えに力を入れる ・安定型の上司には、実務的な内容の企画書にする ・慎重型の上司には、なるべく分厚い企画がよい |
主導型の上司は、目標志向です。イノベーションを好み、全体の状況をコントロールしたがります。そういう上司の場合は、速やかに仕事にかかり、進捗状況や結果をこまめに報告するのがよいでしょう。一方、感化型のマネージャーは、社交的でオープンでイノベーションを好みますが、長期的なプロジェクトが苦手です。そういう上司の場合は、自分の方から上司に声をかけ、定期的に確認する必要があります。
安定型の上司は、グループや伝統を重視します。新規の企画が承認されにくいので、現実的で実務的であることを心がける必要があります。また、慎重型の上司は、正確なデータで判断する完璧主義者が多いです。したがって、数字やロジックにこだわるのがポイントになるでしょう(CHAPTER 24)。
本書の最後の章には、CHAPTER 26:「静かな羊」がライオンを導く、というタイトルが付けられています。ここでは、いよいよ、「静かな人」(羊)が、どうやらリーダーにとても向いている、ということ述べられ、検証されています。
では、なぜ静かで内向的な人が、リーダーに向いていると言えるのでしょうか。その理由は以下の通りです。
【内向型がリーダーに向いている理由】 ・目標から目をそらさない・チーム戦の長けている ・目立たず、密かにチャンスをつかめる ・「傾聴」と「戦略的思考」を駆使できる ・少人数の親密な関係をつくれる ・問題を冷静に整理できる |
もちろん、これら理由として挙げられた資質は、内向型でも、すべての人に備わっているとは限りません。しかし、内向型の人は、外向型の人よりも、このような資質をより多く持っているでしょうし、こういう資質を磨きやすい、ということもあるでしょう。
見過ごされがちな「静かな人」の特長に気づくことは、そういう本人にとってはもちろんのこと、あらゆる組織においてもきわめて重要なことだというのがわかりました。ぜひ、本書を手に取って、貴社の採用戦略、組織戦略を見直してみるのはいかがでしょうか。
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