日々、新たな切り口で魅力的なタイトルを冠した新刊が登場する「ビジネス書」。
有名経営者や著名人の思想・仕事術を学べる「ビジネス書」は、自己成長やスキルアップをめざしたい、仕事の進め方や人間関係を改善させたいビジネスマンとって、多くの学びを与えてくれることでしょう。
本連載では、リスキリング&コーチングの専門家であり、15年で400社を超える組織の構造改革・雇用調整におけるHRコンサルティングに携わる一方で、リーダーとして200名を超える組織のピープルマネジメントも経験する下瀬川氏が、リスキリングやコーチングにお悩みの方やご興味がある方へ、お勧めのビジネス書を書籍要約と共にご紹介いたします。
2度にわたるオイルショックと、度重なる経済不況に混迷を極めた時期に経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイスが『不確実性の時代』(1978年)を上梓しました。「不確実性」の原語(英語)はUncertaintyですが、まさに、なにもかもが確実性がない世相をタイトルだけで表しています。
さて、それから45年たった現代、状況は「確実」になっているでしょうか。まったくそうではありません。むしろ、不確実性は高まっているといえるでしょう。
いままでのやり方ではブレークスルーは起こせないことは確実です。成功モデルはたくさんあるが、同じことをしてもすでに時代に合わなくなっていたりすることもしばしばしばです。
成功のヒントは、意外なところにありました。成功を「脱学習」する、というものです。本書は、脱学習=アンラーンによって成長を加速させるノウハウを解説しています。
イントロダクションに挙げられた事例は、さらに意外なものです。テニスの女王、セリーナ・ウィリアムズと、スランプに陥っていた彼女の復活を共に成し遂げた(当時は無名の)コーチ、ムラトグルー氏のエピソードで、そこに秘密が隠されています。
なぜセリーナ・ウィリアムズはスランプから脱し、グランドスラムで連勝することが出来たのか?このコーチの考え方こそが、本書のテーマ「アンラーン戦略」なのです。
本書は、以下の12章からなっていますが、前半で「アンラーンのサイクル」の全体像が概説され、後半では、企業・組織での応用について説明されています。このコラムでは、アンラーンの概要について解説していきます。
「アンラーン」(unlearn)とは、学ぶ(learn)に否定辞(un-)が付いた言葉で、通常は「覚えたことを(意識的に)忘れる」「念頭から払う」というような意味を表します。
本書のテーマであり、ビジネスやスポーツなどの分野で話題になっているアンラーンは、本書では「脱学習」という訳語が与えられています。ただ、注意すべきなのは、「脱―学習」と言っても、ここでいうアンラーンとは、学ばないことを推奨するのでも、忘れることを推奨するのでもない、ということです。
アンラーンとは、あくまで個人や組織が学習し続けるための仕組みを意味します。その仕組みにおいては、「過去の成功体験・とらわれからの脱却」に焦点をあて、大きく飛躍することを目指しています。
アンラーンは、アンラーンのサイクルという「仕組み」を表す言葉であり、アンラーンのサイクルのファースト・ステップである「脱学習」を表す言葉でもあります。
さて、アンラーンのサイクルは、以下の図に示す通り、3ステップから成っています。単純なシステムですが、「サイクル」として、常に繰り返していくことが重要です。
ファースト・ステップは、狭い意味でのアンラーン=「脱学習」です。これは、過去のとらわれや習慣的思考、成功体験を捨て去る段階。次は「再学習」で、新しく学ぶ段階です。ここでは、数々の「実験」を行なうことが奨励されます。そして、最後に「ブレークスルー」を迎えます。ブレークスルーとは、ビジネスの世界では「突破」「大躍進」などの意味で使われますが、ここでは、ワン・サイクル目での仮の結果を表し、その結果を内省し、次のアンラーン・サイクルへ活かすことを検討する段階です。
このように、アンラーンのサイクルは1回で終わりということはなく、変化し続ける環境に対して、常に実践し続けていく「学習のサイクル」でもあるわけです。
なぜアンラーンが必要となるのでしょうか。もちろん、向上心がない人や組織にとっては、アンラーンも学習も必要ないでしょう。日々、同じような考え方で過ごしていけばいいわけです。しかし、ビジネスにおいても、それ以外の領域においても、激変する環境の下で生き残り、できれば卓越していこうとするならば、学ぶだけでは足りないのです。卓越したパフォーマンス上げるための「学習」は、「脱学習」という最後のピースによって完成する、というのが著者の主張であり、本書の核心です。
アンラーンのサイクルを回し、成長し続けるには、いままでの成功体験を捨て去る勇気と、新しいことを始める行動力が必要です。自分が歩んできた過去を否定したいとは、誰も思わないでしょう。
私たちは、このような話を聞いている段階では、それほどシリアスに考えずに、「なるほど」と思うことができますが、実際、本気でアンラーンをしてみようとすると、大きな勇気や気力が必要なことに気づきます。アンラーンは、覚悟のいるアクションなのです。
アンラーンには、たしかに勇気が必要です。しかし、それ以上に、好奇心や、違和感すら楽しめる姿勢が必要と著者は述べています。そして、アンラーンを難しくするものとして、いくつかの具体的な障害を挙げて説明しています。
間違えることを恐れてしまう、という点は、人誰しも同じですが、そのような性格や組織文化は、現状にしがみつくことの元凶となり、アンラーン・サイクルを回す妨げとなりえます。
一方、クリエイティブな組織は、間違えることや失敗することを恐れず、改善に活かすことができます。アンラーンのサイクルを回して成長を加速させるには、クリエイティブなパフォーマンス志向の組織文化があるのが望ましいのは言うまでもありません。間違いが許されなかったり、場合によっては責任転嫁されたり、押し付けられたりする組織文化は、アンラーンも学習も大きく阻害されることになるでしょう。
アンラーンのプロセスにおいて、「大きく考え、小さく始める」というのも重要なやり方です。
アンラーンにおいては、「実験」が重視されます。そこで重要なのは、心理的安全性、つまり、失敗しても大丈夫なんだという安心感です。誰でも簡単に試みられるスモール・ステップからスタートすれば、失敗したときの損害も少なく、安心して、何度も実験を繰り替えることができます。
実際に、2008年に人気下落が進んでいたアメリカのディズニーランドとウォルト・ディズニーパークでは、このような考え方で「マジックバンド」という便利なツールを開発し、復活を遂げたというエピソードが述べられています。
「アンラーンのサイクル」のファースト・ステップである「脱学習」について見てみることにしましょう。まず、アンラーンには勇気と好奇心が必要であることが繰り返し述べられました。ここでは、それらに、謙虚さが加えられます。新しい知識を取り入れるに際し、まずは「器をカラにしなければならない」からです。
そして、謙虚になって(器をカラにして)、「達成したい願望や結果を特定する」作業に入ります。ここでは、正しい自己認識が必要となります。このように、脱学習においては、取り組みたい課題の特定、結果として得られる成功の定義を最初に行なうことになります。
課題を特定し、成功を定義するには、どうやらコツがあるようです。筆者は、「物語化」と「数値化」というテクニックを教えてくれています。「物語化」とは、ストーリーにして視覚的にイメージしやすく定義するという意味です。
そして、具体的には、以下のようなフォーマットの空欄を埋めることで定義を行ないます。
<物語化のフォーマット> ◎[・・・いついつ・・・]までに、[・・・課題・・・]を脱学習する。 ◎以下のようなことが起きれば、脱学習したことがわかる。 ・[・・・起きること①・・・] ・[・・・起きること②・・・] ・[・・・起きること③・・・] |
また、前述の条件「3.安心を求めるよりも、勇気を集中させる」「4.アンラーンのサイクルにコミットし、始め、計測する」の条件も重要です。
とくに条件4の「計測する」は重要です。「成功させる」とか「上達する」とか、そのようなあいまいな言葉ではなく、数値で表すことが重要なのです。つまり「数値化」です。ただ、数値化といっても、やみくもに数字にすればよいのではなく、過去から未来にわたって、進化・成長の程度がわかるものにする必要があります。具体的には、割合(%)で表現することが進められています。
たとえば、著者の例をそのまま引いてくれば、以下のような成功の定義となります。
◎[ 6か月以内 ]に、[ ストレス ]を脱学習する。 ◎以下のようなことが起きれば、脱学習したことがわかる。 ・[家に帰るとき、達成感を感じている日は全体の80%である。] ・[私の業務の25%は自己啓発のアイデアに集中している。] |
ちなみに、著者は、このような成功の定義をして、次の「再学習」のサイクルでは、ソーシャルメディア(ファイスブック)をスマートフォンから削除するスモール・ステップを決断したことを述べています。具体的な経緯を知りたい方は本書の第5章をご覧ください。
「脱学習」が済んだら、次は「再学習」(relearn)のステップです。「脱学習」は、達成したい願望や結果・成功の定義に関するものでしたが、「再学習」は、どうやってそこに到達するか、に関するものです。
再学習にも重要なポイントと、達成のための条件があります。まず重要なのは、やはり数値化です。「ここから8週間以内に、顧客維持率を15%引き上げる」「ここから6週間で、従業員の仕事に対する満足度を25%改善する」などと考えていきます。「脱学習」と同じやり方と言っていいでしょう。
そして、次には「実験」の繰り返しです。アンラーンのプロセスは、徹頭徹尾、実証的で科学的なのです。
最初のステップは、可能な限りたくさんの選択肢を用意し、すべてをリストアップしたら、良い結果がでそうなものから、どんどん試すとよいでしょう。そうしないと、どの行動が目標達成に貢献できるかわからないからです。
私たちはついつい、今までの経験をもとに「頭を使って」考えてしまいがちですが、それこそ落とし穴であり、「脱学習」すべき対象となるものです。変化の激しい昨今ですから、なおさら、今までと異なるやり方をたくさん試して、良いものを見つけていかなければなりません。ただし、ある人(組織)にとって良いものが、自分(の組織)にとって良いものとは限りません。成功へのパスは、数限りなくあり、人(と組織)によって異なってくるのです。
そして、たくさん試すにしても、1つ1つの試みに大きな負荷がかかるようでは長続きせず、再学習はうまくいきません。「新年の誓い」がたいてい3日坊主か、よくても1か月しかもたないのも、願望や期待する結果が大きすぎるか、変化が劇的すぎるか、実行が難しすぎるのが原因です。
だから、著者は、人が思うよりずっと小さなステップへと、大きな願望や期待する結果を「小分けにする」ことを提唱しています。「困難は分割せよ」という格言にも通じる考えですね。本書では、デンタルフロスを習慣化するために、毎日1本の歯にフロスをかけ、少しずつ本数を増やしていくという例を挙げて説明しています。
また、以下のような小さな取り組みが大きな効果を発揮する例として挙げられています。
こんな小さなアクションだけで、チーム全体の能力に計り知れない効果が生じると言います。
いよいよ、サイクルの最終段階は「ブレークスルー」です。ブレークスルーは、それ自体が目的ではなく、あくまでも通過点であることに注意しましょう。
脱学習と再学習を経て得られた新しい情報、新しい洞察が「ブレークスルー」であり、その洞察をもとに、次のサイクルへとまた進んでいくことになります。
そして、ここでも、ブレークスルーのステップにおける条件が4つ示されています。
私たちが知っていることは、どんなに強固な経験に基づく洞察でも、変化の激しい現代においてはただの仮説にすぎません。科学的真理ですら、一時的な有力仮説にすぎないという考え方もあります。だから、テスト・実験をしなければならないのですが(再学習の段階)、その結果を、しっかりと時間をとって内省する必要があります。結果をきちんとフィードバックするのが大切なのです。
そして、実験結果からのフィードバックを集め、未来に向けて建設的なアイデアを出していく(=フィードフォワードする)ことにつなげていきます。このようにして、再学習された情報が、内政によって精緻化され、前述の「3.安全性を増す」「4.脱学習の程度を増す」の進展に向けた知見へと成長していきます。
ブレークスルーの段階では、フィードバックと内省、そしてフィードフォワードによって、次なるアクションへとつなげていくわけですが、持続可能なサイクルを実践していくには、やはり、勇気や気力だけではもちません。慎重で自制の利いた実践を心がける必要があります。そこでキーワードになるのが「心理的安全性」です。
心理的安全性とは、人前で失敗しても大丈夫だという安心感、信頼感のことで、これこそ、組織やグループのパフォーマンスの高さを最もよく表す指標にもなっていると言います。これは、グーグルのあるプロジェクトによって突き止められた事実のようです。
そして、グーグルによれば、成功するチームとそうでないチームを分けるのは、次の5つの要因があるとのこと。
<Googleによる成功するチームの要因> ・心理的安全性:チームのメンバーの前で不安なくリスクを取れるか ・相互信頼:お互いを信じあえるか ・構造と明確さ:チームの目標、役割分担、計画などが明確になっているか ・仕事の意味:メンバー各個人にとって意味のある仕事か ・仕事のインパクト:社会的な意義を感じられる |
今日、もっとも成功している企業は、毎年、何千という実験をおこなっていると言います。アマゾンの元CEO、ジェフ・ベソスは、「アマゾンの成功は毎年、毎月、毎日、何回の実験をおこなってきたかに左右される」と述べており、著者によれば、これがアンラーン・サイクルの理想だということになります。
日々、実験を繰り返し、次の脱学習につなげる。大きなサイクルですが、一歩目は、小さくて良い。家にあるものを「断捨離」することに少し似ています。実際、本書のある章の扉には、かの世界的に有名な近藤麻理恵さんの言葉が引用されています。
どこに書かれてあったかは、実際に本を手に取って探してみてくださいね。
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