「仕事」と「介護・子育て」の両立を支援する法制度が、この数年で大きく拡充しています。
その中心となっているのが「育児介護休業法」(育介法)です。社員のエンゲージメントを高めるためにも、「両立支援」の整備は企業にとって必要不可欠な視点となっています。
進化する育介法のポイントと最新動向を整理し、企業の心構えと留意点について解説します。
厚生労働省によると、要介護・要支援認定を受けている人が700万人を超えました。
この環境変化は、仕事をしながら家族の介護に携わっているビジネスパーソンが増えていることを物語っています。また、共働きがライフスタイルの主流となるなかで男性の育児休暇の取得率が著しく低いという実態もあり、介護と育児を理由にした離職が大きな社会課題となっています。
こうした現状を打開すべく、「仕事」と「介護・子育て」の両立支援を目指して1991年に制定されたのが「育児介護休業法」です。これまでに8回の改正を実施しています。
2021年の改正では、通称「男性版産休」を目玉として新たなルールが23年までに順次施行されました。そして、24改正に伴って25年度から義務化される項目が広がります。
育児・介護休業法の特徴は、企業の就業規則にかかわる措置が幅広く設けられていることです。その土台となるのが「育児休業」「子どもの看護休暇」「介護休業」「介護休暇」の4つの柱です。
子どもが1歳になるまで休業を取得できる制度。性別に関係なく子ども1人につき1回の取得で、最長1歳2カ月まで。保育所に入所できないといった事情がある場合は、最長2歳になるまで延長できます。
小学校に就学する前の子どもを持つ社員が、子どものけがや病気になった場合の世話、または健康診断や予防接種の付き添いが必要な際に休暇を取得できる制度。年度ごとに取得できる日数が決められており、社員1人につき対象となる子どもが1人の場合は5日、2人以上で10日が上限です。
2週間以上の介護が必要な家族を看る場合に休業できる制度。対象家族1人につき3回まで取得でき、通算93日まで休業できます。介護の対象者は、配偶者・父母・配偶者の父母・子・祖父母・兄弟姉妹・孫です。
要介護状態となった家族を介護するため、社員が休暇を取得できる制度。要介護状態の対象家族1人につき5日、2人以上で10日を上限に、1日または時間単位でも取得できます。対象者は、介護休業の場合と一緒です。
政府は、男性の育休取得率を2025年までに30%にする目標を掲げていますが、2022年の男性の育休取得率は17.13%で、女性の80.2%と大きな開きがあります。また、男性のうち育休期間が「5日未満」の短期取得者が28.33%に上ります。
厚生労働省によると、社員が育休を取らない理由として「会社の制度整備が不十分」「職場が取得しにくい雰囲気」「収入を減らしたくない」が各2割ほど。「会社、上司、職場の理解がない」「残業などの業務が多忙」「自分にしかできない仕事を担当」などが各1割ほどあります(複数回答)。
男性社員は子どもの面倒をみたいと思っても、職場環境が許さないといった現状が垣間見えます。そのしわ寄せが女性の負担になっており、出産前まで仕事をしていた女性の約半数は出産を機に退職。その多くが「仕事と育児との両立がむずかしかった」との理由を挙げています。
こうした状況を打開するため、2021年の改正で下記が順次施行(現行法)されました。
1、企業による環境整備・個別の周知義務付け(2022年4月1日) 2、有期雇用労働者の取得要件緩和(2022年4月1日) 3、男性版産休の制度導入(2022年10月1日) 4、育児休業の分割取得(2022年10月1日) 5、取得状況の公表義務付け(2023年4月1日) |
いずれも(1)の要件を撤廃し、雇用期間に関わらず育児・介護休業を取得できるようになりました。
3と4は同時に施行され、子どもの出生直後の時期に柔軟な育児休業の枠組みを創設・拡充しました。
常時雇用する社員1000人を超える企業に対し、育児休業等の取得状況を年1回公表することを義務付けました。
<上記の図の言葉の解説> (1)期間の定めなく雇用されている人、過去1年以上の期間について引き続き雇用されている人、または雇い入れの時から1年以上引き続き雇用されると見込まれる人 (2)自社のホームページなど (3)育児休業等とは、育児・介護休業法に規定する休業 (4)育児を目的とすることが明らかにされている休暇制度 (5)育児休業を分割して2回取得した場合や、育児休業と育児を目的とした休暇制度の両方を取得した場合でも、当該休業や休暇が同一の子どもについて取得したものである場合は1人として数えます。 (6)公表する割合は、算出された割合の少数第1位以下を切り捨て、配偶者が出産したものの数(分母)が0人の場合は、割合が算出できないため「-」と表記 |
2024年春の改正に伴い、来年25年4月から施行される内容が固まりました。
ポイントは下記の3項目です。
【1】子どもの年齢に応じた柔軟な働き方を実現するための措置の拡充 【2】育児休業の取得状況の公表義務拡大や次世代育成支援対策の推進・強化 【3】介護離職防止のための仕事と介護の両立支援制度の強化 |
育児と希望に応じたキャリア形成との両立を可能としていくため、3歳から小学校入学前の子どものいる従業員を対象に、テレワーク・時短勤務・始業時刻調整などの“柔軟な働き方”を実現するための内容です。
具体的には、以下の①〜⑤の内容が含まれています。
育児中の社員の柔軟な働き方を実現するため、企業は以下より2つ選択し実施。
上記の実施について、個別の周知と意向確認も義務となります。
所定外労働の制限 (残業免除)の対象は、2025年4月改正に伴い、現行の子どもが「3歳になるまで」から「小学校就学前」の子どもをもつ社員へと拡大されます。
既存の「子どもの看護休暇」について、行事参加の場合も含めて休暇が取れるようにします。
また、現状は雇用期間が6カ月未満の従業員や、1週間の所定労働が日数2日以下の社員は、労使協定を締結することで対象外にできますが、その「勤続6カ月未満を対象外」とできるルールが撤廃されます。
①の内容が「3歳から小学校就学前まで」のテレワーク勤務である一方、こちらは「3歳まで」の子どもがいる社員がテレワーク勤務を可能とするための努力が企業に科されます。
※政府より通達される「努力義務」は将来的に完全義務となる傾向にあり、そのための「実施移行期間」という認識が一般的です。
育児予定・育児中の社員の子育てとキャリアの両立について、企業は個別に意向を聞き取り、配慮を行わなければなりません。
育児・介護休業法とつながりが強い法律として「次世代育成支援対策法」があります。2025年4月施行では、「次世代育成支援対策法」に関する改正(下記の②と③)もあります。
2023年4月の育児・介護休業法改正で、常時雇用1000人以上の企業で男性社員の育児休業取得率等の公表が義務化されました。この公表義務の対象が、2025年4月から常時雇用300人以上の企業へと範囲が広がります。
現在、次世代育成支援対策推進法に基づき、企業は社員の仕事と子育てに関する「一般事業主行動計画」を策定し届け出ることが義務・努力義務となっています。
現状ではその具体的内容や目標数値項目は企業に一任されていますが、2025年4月からは、一部数値目標の設定が義務化されます。
現在実施されている「次世代育成支援対策推進法」の有効期限が、2035年3月31日まで延長されます。
<次世代育成支援対策推進法> 急速な少子化進行を食い止めるために、次の社会を担う子どもたちが健やかに生まれ、育成される環境整備のための法律。出産や育児環境整備の内容であるため「育児介護休業法」と密接につながっています。
少子化対策として当初2014年度末までの時限立法でしたが、引き続き少子化対策が必要なため、2025年3月31日までの10年間延長を経て、さらに2035年3月31日までに延長されることになります。
介護離職防止のため、2025年4月から企業に4つの「仕事と介護両立支援」が義務付けられます。
社員から家族介護に直面したという申し出があった時点で、企業は両立支援制度について個別に周知と意向確認することが義務化されます。
企業に「両立支援制度の社員への早期の情報提供」と「雇用環境の整備」が義務付けられます。
現状、介護休暇は「勤続6カ月未満」「週の所定労働時間が2日以下」「半日単位で取得することが困難と認められる業務に従事する」などの社員について、労使協定をもとに育休対象外とすることも可能です。
2025年4月からは、このうち「勤続6カ月未満」を対象外にできる制度が撤廃されます。
家族の介護を行う社員に対し、企業はテレワークを可能とすることが努力義務となります。
育児介護休業法に違反した場合は、企業に罰則規定があります。違反した場合、企業は厚生労働大臣から違反に関する報告を求められます。また、必要な措置を取るように助言、指導または勧告を受ける場合もあります。
報告を怠ったり、虚偽の報告を行ったりすると、罰則として企業名の公表と最大20万円の過料となります。企業名の公表は、利用者や取引先からの信頼を失います。また、今後の採用活動にも影響が出る可能性もあります。
育児休業制度や介護休業制度を充実させることは、社員だけでなく、企業にとってもメリットがあると考えられます。
産後の復帰を不安視する声が後を絶ちません。そのため、育児休業と介護休業の取得を推進する企業姿勢は、社員にとって魅力的であり、企業の社会的信用度を高める要素となります。
特に、育児休業を取得する男性が多いと「柔軟な働き方ができる会社」というイメージにつながり、若手の人材確保にも有効に作用すると考えられます。最近は、SDGsやESG投資などの視点で、男性の育児休業取得率が企業の社会的評価や投資の判断基準になるとも言われています。
男性の育児休暇取得が活発になると、女性も仕事と育児を両立しやすくなり、女性の活躍の場を広げることにもつながります。結果として、女性従業員のキャリア形成を後押しできるようになり、企業経営にもプラスの効果が生まれます。
少子高齢化の影響で新たな人材の確保がますます難しくなっており、「離職をいかに防ぐか」は重要な課題です。育児や介護を理由に離職する人が多いことから「育児や介護をしながらでも安心して働ける」「長期休暇を経ても戻ってこられる」という職場環境は、社員にとっても魅力的で、離職抑止対策の有効な手立てとなります。
育児休業や介護休業を取得すると、休業期間中だけでなく、休業からの復帰後も深夜勤務や体力を要する業務を継続できないケースが散見されます。育児休業や介護休業を取得した従業員を周囲がサポートすることで、チームワークが高まり、結果として生産性の向上が期待できます。
育児介護休業法は毎年のように拡充され、企業にとって対応が必要なルールが増えています。情報不足や理解不足による対応の遅れが法律違反となり、社会的評価を落としてしまう可能性もあります。就業規則にかかわる内容が多いため、最新動向のチェックは企業にとって必要不可欠です。
これまでの法改正と現行法に沿った対応ができているかを確認したうえで、企業の実務担当者は2025年4月施行に備えた動きを始めましょう。