「解雇無効時の金銭救済制度」は必要か否か。経済界と労働界で容認論と不要論が真っ向からぶつかる労働政策の長年の課題です。硬直化する雇用の流動を促す方策として待望される一方で、「カネでクビ切り」との批判も強く、賛否が割れます。「労働者に透明で公正な労働紛争解決の選択肢を増やす」という切り口で法制化を目指している政府ですが、2015年から2つの有識者検討会で通算7年の月日を費やしながらも出口は見えて来ません。手詰まり感が漂う中、こ
れまでの経過をたどりながら「金銭救済制度」の本質を探ります。
さかのぼること2003年。「日本の紛争解決システムが不透明」との指摘を理由に、政府の複数の会議体が断続的に議論してきたテーマです。制度化の流れをつくれずにいた中で、安倍政権下の内閣府・規制改革会議(当時)が2015年3月、「労使双方が納得する雇用終了の在り方」と題する意見書を提出。法制化に向けてこう着する議論を揺り動かしました。
これを受けて15年10月に設けられたのが、厚生労働省の有識者会議「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」(労働紛争解決検討会)です。委員は有識者、使用者側、労働者側、紛争処理に携わる弁護士など22人が集まる大所帯のテーブルで、計20回にわたる議論を経て17年5月に報告書策定にこぎ着けました。委員の立場と見解はさまざまで、報告書では法制化への道筋を明確に示せず、金銭解決は「選択肢として考え得る」というトーンに留まりました。
本来の流れであれば、この「労働紛争解決検討会」の報告書をたたき台に法制化の最終関門である労働政策審議会へと進むのですが、労政審は再び検討会の設置を要請。18年6月に発足したのが、専門家6人による「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」(解雇無効時の金銭救済検討会)です。4年にわたる議論を経て、今春、報告書提出にこぎ着けました。
多様な働き方と柔軟な労働移動を可能とする方策として法制化を実現したい政府ですが、ハレーションを起こすテーマとあって次第に気概を失い、実態としては宙に浮いたままです。
「解雇無効時の金銭救済制度」の法制化が進まない理由は、労働者側の根強い反対を政府が説得できずにいるためです。賛成派は新たな制度創設について「一銭も払わずに解雇している多くの中小企業の実態を無視すべきでない」、「現行制度は正社員と非正規社員の“入れ替え”を阻む壁」などと主張。他国に比べて解雇の要件が厳しいことを指摘し、「生産性が低く、イノベーションが起こり難い現状を打破するには金銭解決制度は不可欠」と導入を強く求めています。
一方、労働者側は「金銭救済の道が開けると、『金さえ払えば解雇できる』とばかりに不当解雇が横行する」「労働審判などの現行制度がそれなりに機能しているので不要」と反論。「企業側に有利になるような新制度は要らない」と突っぱねます。
この春に取りまとめられた「解雇無効時の金銭救済検討会」の報告書は、労働者側を逆なでしないよう、推進側の政治的・政策的思惑をにじませていません。冒頭で「無効な解雇についての救済の選択肢を増やすという観点から、労働者側の申し立てが前提で、金銭支払いによる解雇を許容するものではない」と記しています。
世界と伍していくために避けて通れない重要テーマですが、宙ぶらりんな状態で“塩漬け”にされています。有識者検討会から2度目の報告書を受け取ったいま、厚労省は労政審でどう取り扱うか。政府・与党の意思を探りながら模索していますが、煮え切らないまま3度目の有識者検討会の設置も現実味を帯びています。
取材・文責 アドバンスニュース