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同一労働同一賃金「5年後見直し」の全貌と企業対応(全3部作)第1部:「説明できない会社」から淘汰される──2026年10月、同一労働同一賃金の新局面

作成者: randstad|Jul 8, 2026 1:06:43 AM

2020年4月の施行(中小企業は2021年4月)を経て、施行後5年見直しを迎えた「同一労働同一賃金」。非正規雇用の処遇改善は一定の進展を見せたものの、政府・厚生労働省は、さらなる実効性の確保に向け、制度運用の見直しを進めてきました。2026年10月1日に施行される改正省令・指針は、一見すると「法改正なき運用見直し」という緩やかな変更に映るかもしれません。しかし、その本質は「不合理な格差への『抜け道』の遮断」と「説明対応の実効性の強化」にあります。

本コラムでは、第1部で2026年10月の制度運用見直しと説明体制への影響を、第2部で賞与・退職手当など新ガイドラインの要点を、第3部で現場と人事が説明要求に対応するための実務策と人材戦略を解説します。今回は、その「第1部」として、2026年10月に迫る新局面の背景と、企業に求められる説明体制について詳しく見ていきましょう。

 

1.「法改正なき運用見直し」の背景と行政の意図

「雇用契約書にわずか一文が追加されるだけで、これほどの人事実務への影響が生じるとは ーー」。2026年10月、多くの企業の人事担当者は、この見直しがもたらす実務の重みを実感することになるでしょう。

同一労働同一賃金(パートタイム・有期雇用労働法、以下「パート有期法」)の施行から5年以上が経過しました。この間、パートタイム・有期雇用労働者(以下「パート有期労働者」)の賃金水準は改善し、正社員を100とした場合の水準は、かつての約56%から、2024年には66.9%、2025年には67.4%まで上昇しています。もっとも、この改善を制度の効果だけで説明することはできません。企業による処遇改善に加え、人手不足を背景とした賃上げなど、複数の要因が影響しているとみられます。

こうした状況下、厚生労働省は労働政策審議会を計14回にわたり開催し、制度の「5年後見直し」に関する議論を重ねてきました。その結果としてまとまったのが、2026年10月1日に施行・適用される省令・指針等です。今回の特徴は、法律の条文を改正せず、省令や指針等の改正によって制度運用の実効性を高める点にあります。国会審議を伴う大きな法改正ではないため、企業は「現行の就業規則のままで問題ない」と受け止めがちです。しかし、今回問われるのは、新しい制度を導入することではなく、既存の待遇制度に不合理な待遇差がないかを検証し、その内容や理由を説明できる状態にあるかという点です。

審議会では、雇用形態間の賃金格差が縮小傾向にある一方、なお格差が残っていることを踏まえ、均等・均衡待遇の実効性をいかに高めるかが議論されました。特に、基本給、賞与、退職手当、家族手当や住宅手当などについて正社員との差を設ける場合、その待遇の性質・目的に照らし、職務内容(業務の内容と責任の程度)、職務内容・配置の変更範囲(転勤・昇進・本人の役割の変化などの有無や範囲)などの実態に基づいて、納得性のある説明ができるかが重要になります。

とりわけ、賞与、退職手当、各種手当といった基本給以外の処遇は、待遇差の根拠が問われやすい領域です。今回の改正の背景には、企業が待遇差の根拠を整理し、パート有期労働者に対して具体的かつ客観的に説明できるようにする必要がある、という行政の問題意識があります。

すでに一部の企業では、2026年10月を見据え、就業規則や賃金規程の見直しに着手しています。制度改正が広く認知されてから動き出しても、待遇ロジックの再構築や現場への浸透には時間がかかります。初動の遅れは、法的リスクだけでなく、人材獲得競争での不利にもつながりかねません。

 

2.「説明要求権」の可視化とその影響

実務上、企業にとって最も影響が大きいのが、パート有期法施行規則の改正による、パート有期労働者の雇入れ時における労働条件明示事項の追加です。2026年10月1日以降、企業は労働条件通知書等に、通常の労働者との待遇差について説明を求めることができる旨と、その申出先を明示しなければなりません。厚生労働省のモデル労働条件通知書では、次のように示されています。

次の窓口に対して通常の労働者との間の待遇の相違(内容や理由)等について説明を求めることができる

部署名       担当者職氏名       (連絡先       )

※「通常の労働者」は自社における呼称(「正社員」等)に置き換えて記載可。

 

現行法でも、パート有期労働者から求めがあれば、企業は待遇差(基本給や手当、賞与など)の内容や理由を説明する義務を負っています。しかし、審議会で厚生労働省が提示した実態調査の結果は、運用の大きなギャップを突きつけるものでした。

実際に企業に対して説明を求めたことがあるパート有期労働者はわずか「8.0%」にすぎず、さらに企業から説明があったと回答したケースに至っては「5.4%」にとどまっていました。つまり、「制度としては存在するものの、現場のパート有期労働者には十分に浸透しておらず、結果として活用の機会が限られていた」という実態が浮き彫りになったのです。

審議会では労働側委員から「求めがあったら説明するのではなく、最初から全員に説明することを義務化すべきだ」という意見も出されましたが、最終的な着地点として「まずは説明を求める権利があることを、契約書面を通じて全員に確実に周知する」こととなりました。

これが労働条件通知書等に、窓口の部署名や担当者名、連絡先とともに明記されるようになります。これによりパート有期労働者にとって、人事や会社へ説明を求める心理的ハードルは大幅に下がります。「なぜ、隣で同じ仕事をしている正社員のBさんには賞与が出て、自分には出ないのか」「なぜ住宅手当の支給対象から外れているのか」。これまで現場のパート有期労働者が心の中に秘めていた素朴な疑問や不満が、今後は「正式な問い合わせ」として人事部門に寄せられる場面が増えることが予想されます。

 

3.説明不備に伴う法的リスクと企業が講じるべき対策

対応において重要なのは、問い合わせ件数の増加への備えだけではありません。今回の指針改正では、実務上極めて大きな意味を持つ一文が追加されました。

それは、「企業が待遇差の内容や理由について十分な説明を行わなかったと認められる場合、あるいは待遇の体系に係る議論において労働者の意向を十分に考慮せず一方的に待遇を決定した場合には、その事実自体が、パート有期法第8条における『不合理な待遇差』を判断する際の一事情として裁判等で考慮される」という点です。

もしパート有期労働者からの質問に対し、「社内規定で昔からそう決まっているから」「あなたは契約社員で、あちらは正社員だから」といった曖昧な説明に終始したり、説明を拒んだりした場合、その対応自体が企業のコンプライアンス姿勢を疑われる要因となります。さらに、裁判等では、待遇差が不合理と認められることを基礎付ける事情として、企業に不利に考慮される可能性があります。

さらに近年は、生成AIの普及により、パート有期労働者が自らの労働条件通知書、就業規則や会社から受けた説明を基に、「この待遇差は不合理な待遇差に当たらないか」「会社に確認すべき事項は何か」といった論点を容易に整理できる環境になっています。生成AIの回答自体が法的な結論を決めるものではありませんが、従来であれば漠然とした不満にとどまっていた疑問が、具体的な根拠や比較対象を伴う説明要求、相談、紛争へと発展する可能性は高まっています。企業にとっては、「説明を求められたら考える」という受け身の対応では足りません。パート有期労働者が外部の情報や生成AIを通じて待遇差を検証することを前提に、誰が説明してもぶれない待遇ロジックと説明体制をあらかじめ整えておくことが重要です。

 

4.2026年10月までに着手すべき『3つの実務対応』

2026年10月の運用開始に向け、企業が今すぐ着手すべき具体的な対応としては、主に以下の3点が挙げられます。

① 労働条件通知書の改定準備と受付窓口の選定 労働条件通知書等へ「説明を求めることができる旨」と申出先を明示するための書式改定を進めます。あわせて、問い合わせを人事部門で一括して受け付けるのか、現場の管理者を一次窓口にするのかといった、自社に最適な相談・運用体制を確立します。
② 全待遇の棚卸しと理由の論理的検証 基本給、賞与、各種手当、休暇、福利厚生など、すべての待遇について、正社員とパート有期労働者との差異を一覧化し、差があるのであれば、その差が存在する理由を論理的・客観的に説明できるか「棚卸し」を行います。明確な説明が困難な待遇については、施行までに制度の見直しや改定を行う必要があります。自社の現状が、改正後のガイドラインと整合しているかを必ず確認してください。
③ 想定問答集(Q&A)の整備と社内教育 現場の管理者等(店長や工場長、部門長など)が、法律の趣旨に沿わない不用意な回答をしてトラブルを招かないよう、想定問答集(Q&A)を作成し、適切な説明対応フローを組織全体に周知徹底します。

人事部門は、この運用見直しに向けて、自社の待遇決定ロジックが客観的な説明に耐えうるものかどうか、一刻も早く点検を始める必要があります。

続く第2部では、最高裁判例等を踏まえて改正されたガイドラインについて、賞与、退職手当、家族手当、住宅手当など、企業が改めて点検すべき待遇ごとの考え方を解説します。最終回となる第3部では、待遇差について説明を求められた場面を想定し、現場と人事が一貫して対応するための実務フローと「説明対応の面談記録」、さらに直接雇用と人材派遣を含む人材ポートフォリオの考え方を提示します。

 

 

執筆者紹介

青木 秀登(あおき ひでと)
ランスタッド株式会社 執行役員・パブリックアフェアーズ本部長
一般社団法人 日本BPO協会理事長
一般社団法人 人材サービス産業協議会 理事

今回の同一労働同一賃金に関する制度運用の見直しにおいては、日本BPO協会理事長として、厚生労働省の労働政策審議会でのヒアリングに対応するなど制度見直しの議論に参画。

過去には厚生労働省の労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)に派遣業界代表として参加し、長年にわたり労働者派遣法等に関する制度の検討・整備に従事。

著書に『〔日本版〕同一労働同一賃金の理論と企業対応のすべて』(労働開発研究会、共著、編著代表 倉重公太朗)などがある

 

 

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