会議では出席者の誰もが、言いたいこと、言うべきことを発言できているでしょうか。あるいは、いつも同じ人ばかりが話していないでしょうか。
組織にとって「心理的安全性」が大切であることは広く知られるようになりました。それでも、掛け声だけでは職場の空気はなかなか変わらず、実現するための具体的な取り組みについて知りたいという方も多いようです。
2026年6月、ランスタッドのオンサイトビジネス事業部では、レゴ®シリアスプレイ®(LSP)のメソッドと教材を用いた研修が行われました。ブロックで手を動かしながら、一人ひとりの考えを形にしていく対話メソッドを取り入れることで、参加者にはたしかな変化が表れたといいます。
LSPマスタートレーナー協会理事として、日本各地でメソッド導入・普及を牽引してきた石原正雄さんをお迎えし、LSP公認ファシリテータであるランスタッド常務執行役員の佐藤有、受講のきっかけを作ったオンサイトビジネス事業部の宮﨑諭が研修を振り返ります。言葉だけの対話にはどのような限界があるか、人事・マネジメントに関わる方へのヒントを探ります。
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レゴ®シリアスプレイ®(LSP)は、世界中の企業や官公庁で、組織開発やチームづくりの手法として取り入れられています。その土台となる心理的安全性の重要性については、近年よく知られるようになりました。ただ、言葉の認知度が広まった一方、それを実際にどう備えるかについては、多くの現場で手探りが続いている状態です。
――石原さんは、組織づくりや対話の専門家です。どのような経緯でこの領域に入られたのですか。
石原氏 アメリカでソフトウェア関係の仕事をしているとき、人はどうやって学ぶのかという学びの研究者たちと出会ったんです。なかでも、ロバート・ラスムセンという人物との出会いが決定的でした。レゴ社の教育部門にいた彼が、研究されてきた学びの思想を組織の対話に応用してみようと考えたのが、現在のLSPメソッドの出発点です。
レゴはあくまでも道具に過ぎず、より大切なのは背景にある考え方のほうです。それを日本に紹介したいと2000年代の初めから活動を続け、現在は官公庁や大学などで対話を進めるLSPファシリテータの育成が、私の主な仕事になっています。
――20年以上、日本の組織を観察してきた立場から、最近の「心理的安全性」の広がりは、どのようにご覧になっていますか。
石原氏 言葉が広まったのは良いことですが、「大切だ」と言い合うだけで定着はしません。定着のためのヒントとして、心理的安全性を分解して考えてみることが重要だと思います。デイビッド・ロックの脳科学にもとづくリーダーシップの考え方によれば、人の脳が安全と感じるか脅威と感じるか、その要素は5つに整理できます。
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これらの頭文字を取って、SCARF(スカーフ)と呼びますが、5項目が満たされていると、脳は安全だと感じて、人の話をよく聞けるし、自分の意見も安心して話せます。しかし一つでも欠けると、脅威を感じてしまいます。たとえば会議で、誰かの意見ばかりが取り上げられて、自分の意見はなかなか拾われないと、公平性が損なわれていると感じ、その場ではもう、ものが言いにくくなります。
――佐藤さんは、この点をどう捉えてこられましたか。
石原氏 まさに、F=フェアネスですね。同じ場に、同じ条件で臨めていないと、脳はそれを察知してしまいます。
宮﨑 私の部署は、典型的に難易度の高い部署だったと思います。部署自体が発足して1年あまりしか経過しておらず、メンバー9名のうち5名は入社1年未満です。しかもほぼオンラインで働いているため、お互いのことを深く知る機会もありませんでした。それぞれが何を考えているのか、内に秘めているものが分からないまま、コミュニケーションを取っていたというのが正直なところでした。好き嫌い以前の段階で、距離感がつかめずに、どこまで踏み込んでいいのか測りかねている状態が続いていたように思います。
心理的安全性は、5つの要素のうえに成り立つとの解説がありましたが、なぜLSPを行うことが有効なのでしょうか。ブロックをどのように使うかといった研修の中身を調べる前に、LSPが設計された時点で、その理論や実践がどのように織り込まれているかをお聞きしました。
――そもそもLSPは、どのような問題意識から生まれたのでしょう。
石原氏 多くの場合、組織で人が集まって話すのは、解決したい何か課題があるからです。参加者が10人いれば、それぞれその課題について経験や知識、アイデアを持っています。しかし実際には、声の大きい人ばかりが発言し、ほぼ無言の人が毎回います。その黙っている人が、実は課題を解く鍵を握っていることも少なくありません。全員が脳内にある情報を持ち寄ってくれたほうが、チーム力は上がるのに、なぜ私たちは話せなくなってしまうのかという疑問が出発点でした。
通常の会議は、2割の人が8割の時間を占める「20-80」になりがちです。一方、LSPが目指すのは「100-100の会議」です。全員が自分の頭の中にあることを100%出して、それを全員で100%分かち合います。そこから得られるものが、3つあります。
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気づきがあって、自信が得られて、さらに決めた内容にコミットしてもらえれば、組織は動きます。この3つを引き出すのが、LSPの目的です。
これを実行できる公認LSPファシリテータは世界で4万人、日本には1500人ほどいますが、佐藤さんも、その一人なんです。
佐藤 ご紹介をありがとうございます。私もこれまでのキャリアの中で教育研修や組織育成に関わることが多く、興味を持っていました。グローバルに認知されたレゴを使うという点が魅力的に映りました。誰もが一度は触れたことがある「共通の入り口」をもつメソッドは、なかなかありません。
2022年の秋に、石原さんのトレーニングに参加して学び、ファシリテータとなった今も、教わったメソッドを忠実に守ることを意識しています。レゴと聞くと、自由に何かを作るイメージを持たれがちで、つい自己流にアレンジしたくなりますよね。でも、思想も手順もルールも、一つひとつに意味があるので、勝手に変えないことがとても大切なんです。とくに最初のスキルビルディング(作品作りや比喩表現に慣れる基礎練習)は必ず時間をかけます。これを飛ばすと、非常に大切な心理的安全性の基盤が損なわれ、研修の効果が薄れてしまいかねません。
――宮﨑さんの部署でLSPを実施することになった背景を教えてください。
宮﨑 きっかけは、私がレゴ好きだったことです。大人でも楽しめる、何千パーツもの複雑なレゴを作って、自宅で飾るくらい好きなのですが、佐藤さんが入社されてきて、自己紹介で「レゴを使った研修をやっている」と話されたのが、頭に残っていたんですね。後日改めてお聞きしたら、チームビルディングに役立つというので、できたばかりの私の部署に最適ではないかとお願いしたんです。
なぜブロックを組み立てることが、自身さえも気づかなかった思考や想いを具現化することにつながるのでしょうか。手を動かすことと、たとえることの2つが鍵だと石原さんは指摘します。
――実際に手を動かしてレゴを作る過程には、どのような意味があるのでしょう。
それを支えるのがメタファーです。たとえば、自分を太陽と月のどちらに近いか、と聞かれたら、選べますよね。でも、なぜかという理由は、選んだあとに考え始めるはずです。人は、まず選び、あとから理由を見つけるんです。頭の中にある抽象的なものを、いったん具体物に投影すると、自らの考えについて、整理できるようになるんです。
――それは、いわゆる「本音を引き出す」のとは違うのでしょうか。
石原氏 そこは大事なところで、私は本音がいつでもあるものとは考えていません。「本音を言ってごらん」と言われても、多くの場合、特定の話題についての本音をはっきりした形で持っているわけではありません。そこで強く迫られると、かえって脳は安全を感じなくなってしまいます。むしろ、本音という言葉を使わずに、いま考えていることを具体物として表現してもらう。そこから「自分はなぜこう考えたのか」を掘っていく。本音は、あらかじめあるものではなく、多くはその場で作られるという事実に、私たちは対話の中で、いつも気づかされます。
――前半でもご説明いただいた心理的安全性に必要な5つの要素(SCARF)は、ワークショップの中でどのように担保されているのでしょうか
石原氏 ルールとして逐一説明するのでなく、自然な形で場にとり入れていくことがポイントです。まず全員に同じパーツを、同じ分量だけ配ります。何でもないことのようですが、これで「自分も他の人と同じ条件だ」と説明がなくても感じ取ってもらえます。公平性を目に見える形で最初に担保するわけです。
また質問は人に対してではなく、作品に対して投げかけることも大切なルールです。とくにアジアの文化圏では、自分の意見を否定されると、人格まで否定されたように感じてしまうことが多い特徴があります。だから考える対象を、人から作品へと移すんです。
佐藤 他人の作品には触らないというルールも徹底しています。作品には、考えだけでなく感情も込められているので、触れてはなりません。それが分かれば、互いの作品を大切にする空気も、自然に生まれます。
石原氏 自分の考えや感情を込めて作った作品を、他人に無造作に触られると、それだけで「ぞわぞわっ」とする感覚になるものなんですよね。
佐藤 そうなんです。だからファシリテータ側も、作品のどこに目が向いたかを、素直に問いかける程度に留めます。答えが用意されているわけではないので、問われて初めてご本人のなかで言葉になっていく過程というのは、よく実感します。
石原氏 そこが、ファシリテータの役割なんです。私たちがファシリテートするのは、作品の出来ではなく、プロセスのほうですから。
ここからは、実際にランスタッドの現場で実践されたワークショップの様子を振り返り、チームにどのような変化が起きたのかを紐解きます。今回の参加者は、同じ部門の9名で、4時間という短時間で研修を実施する制約がありました。
――当日の研修スタートから振り返っていただけますか。
最初のアイスブレイクとして組み立てたのは、アヒルだったのですが、全員同じパーツを渡されて、同じお題なのに、アヒルはそれぞれ全く違うものができたのに驚きました。「アヒルじゃなくて馬じゃない?」などの声も出て、場がほぐれました。
佐藤 アイスブレイクの設計は、重要です。研修は簡単な指示から少しずつ難しい問いへ進みますが、最初は身構える方が多いですからね。宮﨑さんでなくても「いい作品を作らなければ」と力が入ります。ところが創作を重ねるうち、周りからの見られ方より、自分でどう表現するかに前のめりになるんです。最初は恥ずかしそうに発表していた方が、自ら挙手するようになる、移り変わりは見ていても興味深いものがあります。
宮﨑 言葉だけでは到底語りあえなかった一面も、作品には表出してきました。たとえば、理想のチーム像を表現するテーマでは、ロールプレイングゲームの世界観で表現したメンバーがいました。中央に目標があって、その周りを「戦士」や「勇者」のように、役割を持った人が固めるのが理想だというんです。9名が9通りの作品を作り、似たような発想にさえなりませんでした。この人はこんな世界を持っていたのかという驚きの連続でした。
佐藤 有効な工夫として、相手の目を見て話さないという原則があります。「作品を見て話してください」とお願いしています。すると話す主役が、その人自身ではなく、作品になるので、面と向かっては言いにくいことも、不思議と言葉にしやすいんですね。
――場の空気感は変わっていきましたか。
宮﨑 他人の作品への質問に遠慮がちだったのが、相手が誰であろうと「ここはどういう意味ですか」と自然に問いかけ合うように変わりました。いつの間にか、みんなが対等になっていると感じました。聞かれた側も、自分の作品の意図を熱く語れるようになると「よくぞ聞いてくれました」という感じで盛り上がりました。
佐藤 今回は時間の関係上、9人の作品を持ち寄って、1つのチーム作品にまとめ上げる構成にしました。それぞれが最も大切にした部分を選んで、寄せ集めていきます。
石原氏 短時間でよい研修ができた証拠ですね。私たちは、統合ではなく共有(シェア)と呼んでいます。みんなで一つ、共通のものを作るのではなく、個別の大切にしている部分を持ち寄り、つなげることに意味があります。自分の大事なものが含まれていれば、納得感もあるし、コミットも生まれます。
――その後、チーム内の変化は、いかがですか。
宮﨑 お互いの警戒心のようなものが解消されたように思います。用件だけで終わりがちだったオンライン会議の前後に雑談が生まれるようになりました。チャットも活発になったと思います。ただ、人間関係が和らいだという程度には捉えてほしくないんです。
まちがいなく、チームのあるべき姿を共通認識にできたという点で手応えがあります。ただ、それを受けて一人ひとりの動きが具体的にどう変わったかといえば、そこまではまだ分かりません。それでも、チームの目標に対して自分がどんな役割を担うのか、という意識は、以前より確実に強くなったと思っています。
佐藤 今の評価はうれしい一方、短時間とはいえ「今後はこのように行動します」といった明確なコミットまでは到達できていません。楽しかった、話せたをゴールとせず、行動変容にまでつなげるところは、今後の研修でも実現したいと思っています。
石原氏 改めて佐藤さんが忠実にプロセスを踏んで実施していることが伝わってきて、うれしくなりました。だからこそ、短時間でも参加した方の変化を促せたのだと思います。メンバーが気づきを得て、自信を持った次に、決定した事項へのコミットが生まれます。それで組織は、前進するのですから。
――LSPを通じてさまざまな気付きや学びが得られることが分かりました。人事・マネジメント層はどのような視点を持てばよいのでしょうか。
石原氏 いま、多くの企業で必要とされているのは、「意味を共創する」ことだと思っています。共に創る、と書いて共創です。「理想のチームとは」という問いに対して、同じチームの10人でも、10通りの答えが返ってきます。全員が納得できる理想の姿も、あらかじめどこかにあるわけではなくて、みんなで意味を作っていくしかありません。「大事だからやりなさい」では、なかなか動いてもらえないのです。現場からボトムアップで、意味を創れる組織が強いと感じます。
佐藤 LSP公認ファシリテータになって以降、発言しない人をなくしたいという意識が強くなりました。会議室には黙っている人や、言いたそうな顔をしているのに話せない人は、必ずいます。たとえ手元にレゴがなくても、一方的な論調が続いたら、あえて「●●さんの意見も聞いてみましょう」と振ってみます。すると「特に意見はありません」という人は少数で、何かしらアウトプットが出てくるんです。
石原氏 全員から引き出すという手法はとても有効です。繰り返しになりますが、SCARFで定義される承認、予測可能性、自律性、関係性、公平性の5つを、自分のマネジメントに当てはめてみてください。公平性は保たれているかなど、メンバーの脳が脅えずにいられるようになっているか問い直してみるだけでも、変わってくると思います。ただやはり、スポーツをやったことのない人に楽しさを言葉で伝えきれないように、LSPの効果も体験してもらうのが一番ですね。
宮﨑 初めて受講した者の目線では、他人を知る喜びを知れたことが最大の収穫でした。これまで受けてきた社内研修は自己啓発型、つまり自分にフォーカスした内容が多かったように思います。ただ今回は4時間、相互の理解が深まりました。ぜひ、社内でLSPがもっと広まってほしいと感じています。
石原氏 私たちには、話し合いの場にいる全員が、価値ある考えや知見を持っているという信念があります。現代は、誰も正解を持っていない時代といっていいでしょう。リーダーが、すべての回答を持っているわけではありません。予想外のことも起こりやすく、その都度適応しなければなりません。それなら、全員のアイデアや知見を生かしたほうが勝ち残れる確率は高まります。それをどう引き出すかというポイントに、目を向けていただきたいと思います。
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石原 正雄 株式会社ロバート・ラスムセン・アンド・アソシエイツ 取締役 レゴ®シリアスプレイ® マスタートレーナー協会 トレーナー・オブ・ファシリテータ |
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佐藤 有 ランスタッド株式会社 常務執行役員 プロフェッショナル・タレント・ソリューション(PTS)事業本部 本部長 レゴ®シリアスプレイ®公認ファシリテータ |
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宮﨑 諭 ランスタッド株式会社 オンサイトビジネス事業部 |