多くの自治体は、今なお「人口減少=衰退」というネガティブなイメージに囚われ続けているのではないか――『里山資本主義』を提唱し、長年にわたりデータに基づいた地方創生を支援してきた藻谷浩介氏と、世界最大級の総合人材サービス会社として地域社会の課題解決に貢献することを目指すランスタッド代表取締役社長の猿谷哲が、AI時代の「本当の地方再生」を語り合いました。
左:株式会社日本総合研究所 主席研究員 藻谷浩介氏
右:株式会社ランスタッド 代表取締役社長 猿谷哲
猿谷:少子化による人口減少や東京一極集中を受けて、2030年の自治体ショック、行政サービスの危機といったことが言われますが、どのように考えていらっしゃいますか。
藻谷さま:世間のイメージは、「若者の流出する地方は衰退し、流入する東京都や一部の大都市だけが生き残る」ということなのでしょうが、現実には東京もピンチです。増えていくのは後期高齢者だけだからです。
この図の通り、東京都で今後増えるのは、75歳以上の後期高齢者だけ。激しい少子化が、若者の流入を打ち消してしまうからです。医療・介護分野の人手や予算の不足はさらに深刻化します。他方で多くの地方では、若者を都会に出してきた分、後期高齢者の増加が止まります。
2050年、生きていれば私は86歳です。東京で医療・介護のパイを取り合う競争に参加する考えはないので、先般、熊本市に新居を建て本拠地を移しました。ここなら向こう数十年、後期高齢者の極端な増減はなく、安心して過ごせます。若者の減少は課題ですが、熊本は出生率も高めで、東京などの高齢化実態が知られるにつれ、流出も弱まるでしょう。
猿谷:私も現在群馬県に住んでいまして、40分ほどで都内へ出られます。ストレスもないし住みやすい。 医療など生活の部分でなんら負担を感じないですし、藻谷さんのおっしゃるように今後への期待も持てる。都心部の暮らしでは得られない豊かさを日々実感しています。
こうした私自身の確信が、私たちが自治体を支援する原動力です。単に足りない労働力を補填するのではなく、自治体が本来の「経営」に注力し、地域のポテンシャルを解放できるようなパートナーでありたいと願っています。
猿谷:しかし、東京でも若者は減っているとはいえ、地方での減少はさらにハイペースで進んでいますよね。
藻谷さま:その通りです。それでも何とかなってきたのは、地方、それも過疎地に行くほど、高齢者が元気に働いてきたからです。しかしついに「高齢者も増え止まった」ため、労働力不足が顕在化してきました。とりわけ嘱託職員やシルバー人材として自治体を支えてきた「ヤングシニア(65〜75歳)」は、10年後に団塊ジュニアが65歳を超える時点で少しだけ増えるものの、今後半世紀の間に半減していく趨勢です。
猿谷:危機的な状況にも見えますが、打開策は存在するのでしょうか。
藻谷さま:自治体にとってはむしろ今が攻め時です。高齢労働力も不足し始めるからこそ、エッセンシャルワークの人件費を上げ、若者を惹きつけて行政・医療・介護を維持し、地域社会を安定させる「攻めの判断」が求められているのではないでしょうか。
猿谷:各地の過疎も進む中、人件費を上げる施策だけでは民間企業との消耗戦にもなりかねないですが、何か自治体ならではの秘策はありますか。
藻谷さま: ワーカーの減少に対応し、企業も自治体も人件費を上げて経済水準を維持すれば、日本も欧米に近づきます。そもそも日本の「過疎」は、欧米ならば「適密」。可住地人口密度を見れば、最も低い北海道でもフランスより高く、ほとんどの県が欧州の最高水準以上なのです。必要なのは、高密度が前提のガラパゴスな公共サービス手法を改めることです。
資料提供:藻谷浩介氏(出典:2021年総務省資料、住民基本台帳人口、FAO資料、国際連合人口部中位推計 ※いずれも居住外国人含む)
猿谷:なるほど、地方自治体は「東京の背中」を追い、模倣するのではなく、全く異なる成長モデルへと舵を切るべきだということですね。
藻谷さま:その通りです。輸出の担い手は地方の生産現場で、東京の本社ではありません。日本は米・中・韓・台・印・英・独などから膨大な経常収支黒字を稼いでいますが、高い人件費を払いブランド食品や工芸品で稼ぐスイスやイタリアに対しては赤字です。彼らにも勝る「スリムな超大国」こそ、日本の目指すべき姿でしょう。
猿谷:この「スリムな超大国」を目指すうえで、ランスタッドがぜひお役に立てればと思います。
藻谷さま:地方自治体はどこも、「人手が足りない」「予算が足りない」とぼやいていますが、民間企業の目から見れば、人口増加時代のままのリダンダントな事務作業が多すぎるのです。そこに手を付けず、人口の減る末端を切り捨てる「合理化」に逃げるのは大間違いで、そもそも業務の根幹を全面的に再構築する「リエンジニアリング」が必要なのではないでしょうか。ランスタッドには、自治体の業務フローをグローバルスタンダードから見直す役割を、ぜひ果たしていただきたいところです。
猿谷:ぜひ手助けのヒントにさせていただきたいので、行政のリエンジニアリングの指針をいくつか伺えますか。
藻谷さま:「昔からのやり方をなるべく踏襲する」「手が回らない部分は、なるべくやらないようにしていく」という組織文化を改め、目的合理的な組織に変えていかなくてはいけません。
藻谷さま:前提として、自治体のワークフローは大きく次の3つに分けられます。
①国の指針があり、自治体だけでは変えられないワークフロー
②自治体が自由に変えられるが、議会を通さなくてはいけないワークフロー
③議会を通さずに、自治体の事務方自身で変えられるワークフロー
着手するのは③からです。その中には、「国が認めてくれないと変えられない」と自治体が勝手に思い込んでいるものも多々あったりします。他の自治体にできていることは自分もできる、という学びが必要です。
また多くの自治体では、書類に押される印の数がむやみに多い、旧態依然の稟議システムが残っており、意思決定に時間がかかるうえ、責任者がかえって不明確になっています。そのあたりを改善し、内部調整にかかっている時間と人員を、現場対応に回すことが重要です。「なるべく机に座っていないで、外に出なさい」という組織文化を、醸成しなくてはなりません。
猿谷:確かに、さまざまな制約がある中で 「ルールだから」とか「昔からこうしてきたから」といった理由で判断をする自治体は多いかもしれません。そのため、ランスタッドのような民間企業が、どのようにすれば自治体のリエンジニアリングに関与できるかを常に模索しています。
藻谷さま:そうした改革を進める際に障害となるのが、「とにかく文句を言われてはいけない」「冒険はせず穏便に」という、自治体特有の減点主義の組織文化です。結果として民間企業に比べ、住民や地域外のクレーマーによるカスタマーハラスメントまがいの行為に毅然と対応できず、リソースをすり減らしています。苦情電話への対応に疲弊、などというのが典型です。首長・議員・OB有力者含む上司などからのパワハラの抑止も、遅れていますね。
猿谷:サービス業などでは「カスタマーハラスメントには毅然と対応する」という文化が定着しつつありますが、自治体ではまだそうはいかないわけですね。
藻谷さま:そうです。明らかなモンスタークレーマーが相手でも、「これ以上は話を聞かなくていい」という安全圏がほぼない形での運用が続けられている。だから、その手前の「文句を言われない」が最優先になってしまうのですね。そこをリエンジニアリングして、「これ以上は話を聞きません」というラインをグッと移動させ「ここからはクレームです」と明示するべきではないでしょうか。その先に、「不合理な旧来の慣習は少々の抵抗を排してでも改める」という行動をとりやすい組織文化が生まれていくでしょう。
猿谷:なるほど。ランスタッドはコンタクトセンターや行政サービスの窓口対応、事務受付業務の知見があり、業務設計や実際のクレーム対応ノウハウなど、多岐にわたり貢献できると考えています。
藻谷さま:自治体は昭和のままの性善説で運営されていますから、クレームに毅然と対応するためのナレッジを多くは持ち合わせていません。そこを、ランスタッドの豊富な経験からくるノウハウが支えてくれれば、心強いですよね。
職員の皆さまが「地域経営」に専念できる環境作りを。
猿谷:私たちはリエンジニアリングと並行して、現役世代に「地方を知ってもらう」プロセスを作ることが大事だと思っています。また実際に、行政に対してそのきっかけを作ろうとしています。
例えば、ランスタッドは2025年に鹿児島県指宿市と地域活性化を目的とした包括連携協定を締結しました。指宿市は、 観光業のニーズは高まっているものの、人口減少の課題を抱え、現役世代の知名度も低いことで、働き手が十分に確保できていない自治体です。
そこで、私たちが「こういう働き口がある」と全国へ指宿市を紹介することにより、働き手確保のきっかけを作るという取り組みを始めています。
猿谷:自治体による既存の取り組みは、いきなり「移住」か、一歩引いても「移住のお試し」といった風に、明らかに定住を期待する内容が多いように感じます。しかし、定住する/しないからのスタートではハードルが高いと感じる層は少なくないでしょう。まずは観光地でのリゾートバイトや、地元産業に触れる業務に従事して地域との関係を作るところから始め、じっくりと定住へ誘導する取り組みも必要ではないかと思うのです。
藻谷さま:なるほど。観光客(交流人口)と居住者(定住人口)の間にある隔たりを埋めるべく、短期定住者などの「関係人口」を、まずは増やそうということですね。
関係人口の中でも特に注目すべきは、「二地域居住者」です。人口減少下での経済活力維持には、「一人一人が使える空間を増やす」ことが重要です。窮屈な暮らしをしている都会人が、居住費の安価な地方にセカンドハウスを持ち折々に行き来することで、消費が拡大されます。指宿市なら、ゴルフ、温泉、釣りなど、都会では楽しめない魅力が満載ですね。
その点、地方側でボトルネックになっているのが、賃貸住宅の不足です。いきなり一戸建てを買うのは、地元と都会人の双方にとってハードルが高いこと。何年間か借りて通える集合住宅があることで、地方に人を誘導する間口がグッと広がります。大都市での家賃高騰や、リモートワークができる人の増加も、地方には追い風ですね。
今回の対談を通じて見えてきたのは、人口減少を「衰退」ではなく、自治体OSをアップデートする「経営革新」の機会と捉え直す視点です。
その第一歩は、「当たり前となっていた業務を棚卸しし、今の時代に合った形に整理し直すこと」にあります。 前例踏襲の事務や、不合理な声への対応を見直し、プロセスの最適化を図る、また職員の皆さまが本来注力すべき業務や、地域の問題解決のための企画立案といった将来に向けた時間を確保するために、ノンコアな業務を極力切り分け、私たちのようなアウトソーサーに外注していく。この「守りのリエンジニアリング」こそが、地方自治体が「地域経営」に注力するための、確かな土台となります。
――データが語る現状把握と、現場から提案するリエンジニアリングの視点。 本対談の知恵が、地方の持つ「世界標準の豊かさ」を再発見するための、一つのヒントになれば幸いです。
【自治体経営の「次の一手」を支える:ランスタッドの行政BPO】
業務プロセスの再構築から、限られた人的資源の最適化まで。職員の皆さまが、その地域にしかない価値を創出する「クリエイティブな業務」に専念できる環境作りをサポートします。
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今回の対談のような有識者インタビューをはじめ、自治体 ・企業運営の先行事例、グローバルな労働市場レポートなど、組織を牽引するリーダーが今知っておくべき情報を定期的にお届けしています。