近年、コンプライアンスは法令遵守だけでなく、企業規範、社会規範にまで意味合いが広がっています。コンプライアンス違反の具体例や、体制強化のためにできることをご紹介します。
「コンプライアンス」は、日本では法律や規則に従う「法令遵守」の意味で使われてきました。実際に「法令遵守」と言い換えられることも多々あります。ただ、近年は就業規則などの企業規範、モラルや道徳といった社会規範にまで意味合いが広がってきており、「法を犯していなければコンプライアンスに違反していない」とは言い切れない状況があります。
近年のコンプライアンス重視や範囲拡大の流れには、一般市民の安心・安全、利益を損なう不祥事が相次いだことが影響していると考えられます。また、広く定着しつつある「企業の社会的責任(CSR)」という考え方も、社会的規範や企業倫理、法令遵守が前提となっていることもあります。企業においては、法令遵守はもちろん、社会的規範や企業倫理も踏まえたコンプライアンス体制の見直しが急がれます。
コンプライアンス違反の背景には「その行為がコンプライアンス違反にあたると認識できていない」といった知識不足や、「これくらいは大丈夫だと判断してしまう」認識の甘さなどが考えられます。ここで、コンプライアンス違反の主な事例を見ていきましょう。
社外秘データの持ち出し、顧客情報の私的利用などといった行為は、秘密保持契約(NDA)違反、不正競争防止法違反、個人情報保護法違反などにあたる可能性があります。最近では大手外食チェーン企業の社長が同業他社からの転職にあたり不正に内部データを持ち出し、逮捕された事例が知られています。
また、公共の場で機密情報を口にするなど、故意でないケースでも責任を問われる場合があります。社外の方と乗り合わせるエレベーター内での会話など、うっかり口を滑らせることがないよう従業員への意識付けを徹底したいところです。
法定時間内で、規定通り賃金が支払われる残業であれば基本的に問題ありませんが、労働基準法第36条、通称「サブロク協定」の上限時間を超過したサービス残業が常態化しているといった場合、労働時間の上限を守る意思がないものとして、企業のコンプライアンス違反を疑われることがあります。
SNSのトラブルは主に不適切な投稿内容がもとで起こります。例えば、従業員がSNSで企業や特定の個人の誹謗中傷をすると名誉毀損にあたる可能性がありますし、社外秘の情報を投稿するのは情報漏洩にあたる可能性があります。
複数の飲食チェーンや小売チェーンで見られた通称「バイトテロ」は、従業員が店舗の備品を用いた不衛生な行為の動画をSNSに投稿するなどといったもので、企業のブランド毀損や、風評被害などにつながります。現場となった店舗は休業して清掃・消毒を行わねばならないばかりか、閉店に追い込まれたケースもあります。そして従業員は、業務妨害などの罪に問われる可能性があります。
また法令違反とまではいかないまでも、経営者や従業員による企業倫理や社会規範にそぐわない投稿内容が、いわゆる「炎上」の形で取り沙汰されることも珍しくありません。
セクハラやパワハラはともすると当人同士の問題と考えられがちですが、企業にもこれを防ぐ責任が課されています。例えば男女雇用機会均等法第11条第1項で、事業主(企業)のセクハラ防止措置義務が定められています。また改正労働施策総合推進法により、企業におけるパワハラ対策も義務化されています。企業がセクハラ・パワハラ行為者の責任を問うことも増え、最近では、大手エネルギー企業の社長がセクハラ行為で解任され話題となりました。
横領、循環取引、押し込み販売など、財務情報を意図的に改ざんする会計不正。例えば、赤字を黒字に見せかける「粉飾決算」で銀行から融資を受ければ詐欺罪に問われることもありますし、利益を少なく見せかける「逆粉飾決算」は脱税行為と見なされることもあります。担当者の知識不足などで、意図せず虚偽表示を行ってしまったというケースでも「不適切会計」として相応の責任を問われるため、注意が必要です。
出張旅費や交通費などの経費をごまかして過大請求する、文房具などの備品を持ち帰る、パソコンやスマートフォンなどの支給品、社用車を業務外で利用するといった行為は、窃盗罪や業務上横領罪にあたる可能性があります。「これくらいなら差し支えないだろう」と考えないよう注意が必要です。
先にもお伝えした通り、コンプライアンス違反の背景には知識不足や認識の甘さがあります。定期的に社内研修・社内勉強会を開催することで、コンプライアンスに関する知識を獲得し、意識を高めていきましょう。社内調査によるこまめな現状把握や、研修の効果測定なども有効です。
機密情報や個人情報の漏洩を予防するためには、従業員の良識に頼らない、詳細な情報管理規定が欠かせません。禁止行為などのルールは意図的に破られるものと考え、複合的なチェック体制や物理的な対策など「情報漏洩したくても簡単にはできない」環境を作っていきましょう。
「長時間残業はやむを得ない」、「早く帰ると評価が下がる」といった、コンプライアンス違反を容認するような価値観や実態を改め、労務管理ルールに沿った「適切な業務量・業務時間で仕事をこなす」ことを重視した労務管理を定着させていきましょう。上層部からの情報発信、システムの見直しなど業務効率向上への取り組みに加え、勤怠管理ツールを活用した「残業時間超過を防ぐための事前アラート」なども有効です。
コンプライアンスに違反する事例の報道などが目立つことから、コンプライアンス体制強化も、経営リスク低減などの「守りの取り組み」というイメージが強くなりがちです。しかし実際には企業イメージ向上、従業員エンゲージメント向上など、持続的な成長につながるメリットも多く「攻めの取り組み」の面も大いにあります。社内風土の刷新などを伴う対策も多く、根気が必要ではありますが、それを押してもぜひ取り組んでいきたいところです。