「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(2018年)では、派遣労働者(派遣社員)と正規雇用労働者(正社員)の間の格差解消が目指されました。正規雇用者と同じ業務に従事する派遣労働者は、待遇(給与や福利厚生など)も同等であることを求められる「同一労働同一賃金」がルールとして盛り込まれたのです。
あわせて、労働者派遣法上の「派遣先が講ずべき措置に関する指針」として、派遣社員に対する同等の「教育訓練」を施すことが派遣先企業の義務となりました(2020年4月1日から適用)。
派遣元(派遣会社)が研修を行なう場合や、すでに業務に必要なスキルがありトレーニング等が不要である場合を除き、基本的に、派遣先企業は、正社員と派遣社員を区別することなく、同内容の業務に対して、同等の教育訓練を施さなければなりません。
では、実際に派遣社員に対して教育訓練を行なう場合、どのような研修計画を立てればよいでしょうか。
もちろん、正社員と同等の待遇を与えるのが制度の趣旨ですから、派遣先企業が、派遣社員向けの特別なプログラムを用意する必要はありません。しかし、注意するべきことがあります。
座学で行なう研修は、集団で効率的に派遣元の派遣会社でも行なうことが可能ですが、具体的な業務に即したトレーニングは、派遣先企業の責任の下で個別のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を行なう必要が出てくるのです。
OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)とは、実際の具体的な実務に即して仕事の進め方を教える研修のことです。OJTは、すでにほとんどの会社で、新入社員や新任の職員に対して広く行われているはずです。ですから、新人向けのプログラムがある場合は、そのままそれを新任の派遣社員向けに実施することができるでしょう。
しかし、OJTは、指導する立場の社員に様々な負荷を与えるのも事実であり、それがゆえに、派遣社員向けのOJTがなおざりにされていたような企業も散見されます。たしかに、OJTの内容には個別性が強くなりがちで、指導に負担感を持つ社員もいるでしょう。しかし、指導役の社員には、派遣社員にも「同等」のトレーニングを実施するのが義務であることを、しっかりと理解してもらう必要があります。
では以下、派遣社員へのOJTの具体的なやり方について、わかりやすく解説していきます。
先に確認した通り、OJTは、実際の具体的な実務に即して、通常は個別で研修を行なうのが一般的です。一方、集合研修は、基本的に現場を離れ座学で行われることが多く、複数名を一か所に集めて行うことがふつうです。
集合研修とOJTには、それぞれの長所と短所がありますので、派遣元や派遣社員本人ともよく話し合い、OJTで研修すべき業務のリストをあらかじめ策定するようにすると無駄が省けます。
派遣社員向けに限ったことではありませんが、すでに定型化・体系化された業務知識や、一般的なビジネス知識、マナーなどについては、集合研修や、外部のセミナー参加などで対応するのが一般的です。
OJTでは、獲得した知識を使っていち早く1人立ちできるようにするためのトレーニングや、具体的な仕事をしながらでないと教えられないような業務のトレーニングに絞って実施するのがよいでしょう。そのためには、あらかじめ派遣社員にアサインする(割り当てる)業務内容の「棚卸」を行なっておく必要があります。
次に、OJTと集合研修を比較し、OJTの長所と短所を踏まえた最適な研修計画を考えてみましょう。
▼OJTと集合研修の比較
OJT | 集合研修 | |
内容 | 実践的・具体的 | 体系的・知識的 |
金銭的コスト | 低い | 高い |
心理的コスト | 高い | 低い |
柔軟性 | 高い | 低い |
OJTでは、実践的でより具体的な業務知識や技能をトレーニングすることが可能になります。もちろん、集合研修でもそのような知識・技能を教えることは可能ですが、やはり、先輩社員の業務を見ながら、自分で試行錯誤しながら仕事を覚えるほうが、応用力が身につきます。
また、集合研修では、どんなにシミュレーションを取り入れても、イレギュラー対応はできるようになりません。モニター上で自動車の運転を練習しても、実際に公道での運転は危険なのと同じです。
もちろん、業務の内容によっては、法律や一般的・体系的な知識が必要になることもあるでしょう。そのような仕事においては、集合研修をOJTと組み合わせて実施するのが効果的です。また、個別性が高い営業や顧客対応窓口などの仕事においては、むしろ集合研修で現場だけでは経験できない様々な知識やノウハウを共有することも大切です。
OJTでは、具体的な業務のやり方を学び、実地で経験を積んで、研修では、業務を俯瞰的・全体的に理解する。この組み合わせのバランス配分を工夫するとよいでしょう。
OJTでは、日常業務を進めながらトレーニングが行なわれるため、目に見える追加費用(金銭的コスト)は発生しません。一方、集合研修では、とくに外部講師に講義やトレーニングを委託する場合などには、まとまった追加費用が必要となります。
ただ、OJTを担当する指導役の社員には、指導を行なう時間的・心理的コストがかかります。指導に時間がかかりすぎると、通常業務を行なう時間が少なくなり、業務に負荷がかかることになります。だから、OJTは無償で出来ると考えてはいけません。
OJTの計画が出来ていない状態で派遣社員を安易に受け入れてしまうと、指導役の社員には、想定以上の業務負荷がかかってしまうと考えた方がよいでしょう。慣れていない社員が指導役になった場合、教え方やトレーニング方法を考えたり、準備したりするだけでも大変な心的・時間的コストがかかることになります。
したがって、派遣社員の受け入れ責任者やマネージャーの立場にある人は、先に述べたような、派遣社員にやってもらうべき「業務内容の棚卸」を行なったうえで、しっかりした研修計画を充てる必要があるのです。
仕事ができることと、仕事を教えられることは全く異なります。当面の目的が新任の派遣社員の受け入れであるならば、OJTの指導役の通常業務のパフォーマンスが著しく低下するようなアサインは避けるべきです。
OJTは、研修内容を、それぞれの取得状況や、個人のスキル、知識レベルに合わせて調整していくことができます。研修計画の進度を早めたり、遅くしたりすることも、随時行うことが可能です。一方、集合研修の場合には、そうは行きません。テストをしないと、習熟度も測ることができないのがふつうです。
また、OJTを実施することで、派遣社員の方の能力や人柄について、早く、より深く理解できるのもメリットの一つでしょう。
とりわけ、業務がチーム単位で行われるものである場合は、OJTによるコミュニケーションの促進という効果を見逃すわけにはいきません。OJTにより、新入社員と先輩社員がコミュニケーションを行なうことになり、チームワークを構築するのが容易になるはずです。
指導役の社員には想定以上の業務負荷がかかると述べましたが、一方で、OJTは指導役にとっても学びが多いことも事実です。自分の業務内容を他人に教えるためには言語化することが必要ですが、そうすることで、あらためて業務の全体像を把握できることも多いのです。OJTをやることが、仕事の無理や無駄の発見につながることもあります。
このように、OJTは、教える側やマネージャーにとっても、仕事を見なおすチャンスとなります。
派遣社員に限らず、新任の社員のOJTには、対象者と年齢や職位がそれほど離れていない社員が指名されることが多いと思います。年齢や職位が近い方が、お互いに遠慮せずに教えられそうと考えられるからです。しかし、当該業務の担当歴が短すぎる場合や、まだあまり慣れていない場合には注意が必要です。
先に「仕事ができることと、仕事を教えられることは全く異なる」と述べた通り、業務内容教えられるレベルは、ただ業務をこなせるだけでなく、当該業務の意味や体系を、本質的に理解している必要があります。また、指導役は、コーチであり、メンター(心理的な指導役)でもあるため、新入社員の心理的安全性を確保させられるような余裕を、指導役自身が持っている必要があります。
このようなレベルの社員が見つからない、アサインできないという場合には、マネージャーも含めた複数の担当制にして、何人かのチームでOJTを行なうようにするとよいでしょう。
最後に、OJTを誰がやるかという問題のほか、気を付けるべき点や、上手くやるコツをまとめてみます。
OJTでありがちな失敗で一番多いのは、指導時間や内容に大きなムラが出来ることです。
数人の指導役によって交代でOJTを行う場合、当然、他人によって指導のスキルや熱意には差がありますから、内容にある程度の濃淡がでてしまうのは当然です。しかし、指導役が一人である場合でも、指導役の業務の繁閑によって、ある時は付きっきりで教えるのに、ある時は全く放置してしまうというような指導のムラが出てしまうことはとても多いのです。
OJTで指導内容にムラがあると、実際にトラブルが起きてから「知らなかった」「教わっていなかった」と言われるような事態が生じます。標準化されていない、あるいは標準化が難しい業務であればあるほど、業務の棚卸とマニュアルの整備などを行なっておくことが大切になります。
また、新任の社員にとって、何もわからない状態で放置されてしまうのは、何よりも不安が大きくなります。結果として仕事へのモチベーションが下がり、ひいては退職につながることもありえます。繁閑がある業務をしながらOJTを行なう指導役は、しっかりフォローが出来ているか確認しながら、新入社員と常にコミュニケーションを取るようにしてください。
OJTを行う場合、指導役や配属するチームに丸投げするのではなく、部署全体、小さな会社であれば全社的に行うつもりで実施するようにしましょう。
OJTは、決して無償で出来る研修ではなく、見えにくい業務負荷がたくさん生じる制度です。ですから、担当者や小さなチームだけでなく、社員一人一人が全社的に取り組む気持ちをもって、小さな負担を共有して実施する仕組みが重要です。
全社的・全部署的に実施しているという意識を持つだけで、新任の派遣社員にとっても、派遣先に受け入れられているという所属意識を持つことができ、仕事のパフォーマンス向上にもつながります。
OJTは担当者やチームが主体となり、実務の現場で行われるのはたしかですが、新入社員の受け入れと定着には、座学での集合研修の実施、自己啓発や、定期的な面談の実施など、OJT以外にも広い意味での「研修」との組み合わせが大切になってきます。
そして、それら「研修」制度全体の設計は、人事部(人事権のある部署)が責任を持って行なうのが大切です。そうでないと、現場と経営層の意識のミスマッチが起き、新入社員が定着するのに大きな障害となってしまいます。
人事部は、部門のマネージャーやOJT担当者と、定期的な意見交換を行ない、柔軟な研修制度を設計していく必要があります。人事部門と現場の連携によってはじめて、OJTの効果も最大限に高めることができるのです。
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