ビジネスケアラーと聞くと、一見介護職を表す言葉のようにも感じられますが、実はそうではありません。正しくは「働きながら親の介護をする」など、「仕事(ビジネス)をしながら家族等の介護(ケア)に従事する者のこと」を言います。周囲に十分に頼れる人がいない場合、ひとりで仕事と介護の両立を求められてしまうこともある、非常に厳しい立場に置かれた人と言えます。
「介護政策 (METI/経済産業省)」によると、ビジネスケアラーの数は増加傾向にあります。仕事と介護の両立が困難であることによる生産性の低下や、両立を続けられないことでの離職、いわゆる介護離職などが起こりやすいことから、2030年にはビジネスケアラー発生による経済損失額が約9兆円に迫ると推計されています。生産年齢人口の減少が続く中で、介護による損失の影響は大変大きいと言えます。
ビジネスケアラーが増えることが、なぜ損失につながるのでしょうか。ひとつには、介護保険の問題が挙げられます。介護保険サービス単体では家族などの負担をカバーできる範囲が限定的であり、「働きながら介護をする」のに十分とは言い切れないのです。
2021年に育児・介護休業法が改正されたこともあり、大企業を中心に介護休業制度を就業規則に規定する職場も増えてきています。しかし、中小企業ではまだまだ介護休業制度の整備が遅れており、有給休暇を消化せざるを得ないなど、従業員側に負担を強いる体制が続いているのです。
仮に介護休業制度が設けられている職場であっても、取得者はまだまだ少ないと言われています。介護の問題を抱えていることを「人材としての弱み」と考えてしまい、職場に報告しない従業員も珍しくないようです。
また、介護を担うことが多い40代後半~50代の従業員には管理職を含めた中核人材が多く、さまざまな責務を担っていることから両立がうまくいかず離職につながりやすいと見られています。しかし、介護離職は会社にとっても本人にとっても損失となりやすく、避けるべき事態と言えます。
「育児や介護にかまけていては出世できない」、「育児や介護は他の家族に任せるべき」というのはもはや社会の誰にとっても通用しない、古い価値観と言えます。介護離職を回避し、優秀な人材を確保するためにも、これからは企業が率先して「介護をマネジメントしながら仕事を継続することが大事だ」というメッセージを発していく必要があります。
「仕事と介護を両立しよう」と号令をかけているだけでは環境は整いません。育児・介護休業法に定められている「介護に関する制度」を就業規則等に規定することからはじめ、制度を利用しやすい環境や働きやすい環境も作っていかなければなりません。まずは自社の状態を把握し、必要な仕組みや環境を洗い出していきましょう。東京都産業労働局「あなたの会社の環境チェック」なども活用してみてください。
先に説明した通り、職場に介護に関する制度があったとしても「介護を行っている、もしくは必要に迫られている従業員がその事情を申し出ることをためらう」ケースは少なくありません。
そこでまずは、制度を利用することを「周囲への負担になる」と考えたり、「キャリア形成に差し支える」と考えたりしがちな当事者の意識を変えていく必要があります。積極的に介護制度に関する情報提供を行い、研修や相談窓口を設定したり、介護について話しやすい社内風土を醸成したりできるように努めたいところです。
「自宅で同居しながら施設へ通所している」、「施設に入居しているが定期的な訪問が必要」、「定期的に通院していて付き添いが必要」など、介護の状況は非常に多岐にわたりますし、変動します。A社では、こうした「従業員がさまざまな状況に置かれている」ことに着目し、在宅勤務や短時間勤務など、どのような勤務形態とするかを本人と会社が相談して決める「オーダーメイド型の勤務形態」を取り入れています。
B社では、東京都働きやすい職場環境づくり推進奨励金(当時は東京都中小企業ワークライフバランス推進助成金)、いわゆる「介護奨励金」の申請をきっかけとして、アンケートなどで従業員の介護の実態把握を進めました。その後、自社の制度の見直しや、従業員への情報提供、研修会の実施、介護に直面した従業員へのフォローなどを実践し、業務効率化や働き方改革なども含めた職場改善に取り組んでいます。
ビジネスケアラーの置かれた状況を理解し、必要な支援をしていく効果は「ビジネスケアラー当人の助けとなり、離職を防ぐ」だけにとどまりません。介護をしながらでも働ける環境作りは「誰にとっても働きやすい環境」の実現にもつながります。また、働きやすい環境の実現は優秀な人材の確保を助け、「企業を守っていく」ことにもつながっていきます。