こんにちは、社会保険労務士法人大野事務所の土岐と申します。
社労士として、企業の皆様から寄せられる人事・労務管理に関する様々なご相談に対応させていただいております。本コラムでは、労働・社会保険諸法令および人事労務管理について、日頃の業務に携わる中で悩ましい点や疑問に感じる点などについて、社労士の視点から、法令上の観点を織り交ぜながら実務上考えられる対応等を述べさせていただきます。
さて、初回は労働時間の適正把握と労働時間の状況の把握について取り上げます。
労働基準法(以下、労基法)では労働時間について直接規定した条文はありませんが、使用者には労働時間の把握が義務付けられています。一方、労働安全衛生法(以下、安衛法)では、第66条の8の3に基づき、「労働時間の状況」を把握することとされています。
今回のコラムでは、微妙に異なるこの2つの違いについて、実務上悩ましい点を挙げながら、どのような対応が考えられるかを整理します。
Index |
1.労働時間と労働時間の状況はイコールではない。 2.労基法上の管理監督者やみなし労働時間制の対象者であっても、労働時間の状況の把握は必要。 3.労働時間の状況の把握に際し、労基法上の管理監督者やみなし労働時間制の対象者について、休憩や中抜け時間など、明らかに労働から離れている時間をどのように捕捉するのかが悩ましいが、「労務を提供しうる状態であった時間」の観点からは、休憩や中抜け時間を把握しておくことが望ましい。 |
厚生労働省が策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(以下、ガイドライン)」では、「労働時間とは、使用者の指揮命令に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる」とされているところ、これは最高裁判例(平成12年3月9日最高裁第一小法廷判決三菱重工長崎造船所事件)により確立されたものになります。
なお、労働時間に該当するか否かは、労働契約や就業規則などの定めによって決められるものではなく、客観的に見て労働者の行為が使用者から義務付けられたものといえるか否かによって判断されることになります。この点、ガイドラインでは次の例が挙げられています。
① | 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等) |
② | 業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間 |
③ | 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」) |
④ | 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講 |
⑤ | 使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間 |
また、始業・終業時刻の確認・記録に際しては、「労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録すること」とあり、単に1日何時間働いたかを把握するのではなく、労働日ごとに始業時刻や終業時刻を使用者が確認・記録し、これを基に何時間働いたかを把握・確定する必要があることが述べられています。
始業・終業時刻の確認および記録の原則的な方法として、「使用者の現認」、「タイムカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録すること」とされていますが、例外的な方法として「自己申告制」による方法が挙げられています。ただし、自己申告制により行わざるを得ない場合には、次の措置を講ずることが使用者には求められています。
ア | 自己申告制の対象となる労働者に対して、ガイドラインを踏まえ、労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。 |
イ |
実際に労働時間を管理する者に対して、自己申告制の適正な運用を含め、ガイドラインに従い講ずべき措置について十分な説明を行うこと。 |
ウ |
自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。 特に、入退場記録やパソコンの使用時間の記録など、事業場内にいた時間の分かるデータを有している場合に、労働者からの自己申告により把握した労働時間と当該データで分かった事業場内にいた時間との間に著しい乖離が生じているときには、実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。 |
エ |
自己申告した労働時間を超えて事業場内にいる時間について、その理由等を労働者に報告させる場合には、当該報告が適正に行われているかについて確認すること。 その際、休憩や自主的な研修、教育訓練、学習等であるため労働時間ではないと報告されていても、実際には、使用者の指示により業務に従事しているなど使用者の指揮命令下に置かれていたと認められる時間については、労働時間として扱わなければならないこと。 |
オ |
自己申告制は、労働者による適正な申告を前提として成り立つものである。このため、使用者は、労働者が自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け、上限を超える申告を認めない等、労働者による労働時間の適正な申告を阻害する措置を講じてはならないこと。 また、時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合においては、改善のための措置を講ずること。 さらに、労働基準法の定める法定労働時間や時間外労働に関する労使協定(いわゆる36協定)により延長することができる時間数を遵守することは当然であるが、実際には延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず、記録上これを守っているようにすることが、実際に労働時間を管理する者や労働者等において、慣習的に行われていないかについても確認すること。 |
なお、労働時間の適正把握の対象となるのは、労基法第41条に定める者(例えば管理監督者)およびみなし労働時間制が適用される労働者(事業場外みなし労働時間制、裁量労働制)を除く、全ての労働者とされています。
安衛法第66条の8の3では、月80時間超の時間外・休日労働(※)を行い、かつ、疲労蓄積があり面接を申し出た者等に対する医師による面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者の労働時間の状況を把握しなければならないこととされています。厚生労働省令で定める方法とは、労働安全衛生規則第52条の7の3において、「タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法とする。」とされています。
(※)1か月の時間外・休日労働の時間数=1か月の総労働時間数-(計算期間1か月間の総暦日数/7)×40
また、関連通達(平成31年3月29日付基発0329第2号)では、労働時間の状況に関して、「労働者がいかなる時間帯にどの程度の時間、 労務を提供し得る状態にあったかを把握する必要がある」と示しています。
なお、労働時間の状況の把握の対象となるのは、高度プロフェッショナル制度の対象者を除く、全ての労働者とされています(ただし、高度プロフェッショナル制度対象者に関しては、労基法第41条の2第1項第3号に基づき健康管理時間を把握することが求められます)。
このように、労働時間の適正把握と労働時間の状況の把握は、次の通り目的およびその対象者が異なります。
労基法:労働時間の適正把握 | 安衛法:労働時間の状況の把握 | |
根拠 | 労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン | 労働安全衛生法第66条の8の3 |
目的 | 労働日ごとの始業・終業時刻を確認、記録し、何時間働いたかを把握・確定すること | 労働者の健康確保措置を適切に実施すること |
内容 | 労働時間(使用者の指揮命令下に置かれている時間)を適正に把握すること | 労働者がいかなる時間帯にどの程度の時間、労務を提供し得る状態にあったかを把握すること |
対象とならない者 | 労基法第41条に定める者(例えば管理監督者)およびみなし労働時間制の対象者 | 高度プロフェッショナル制度の対象者 |
実務上悩ましいのは、労働時間の適正把握の対象外となっているものの、労働時間の状況の把握については対象となっている管理監督者およびみなし労働時間制の対象者の対応です。これらの対象者については、始業・終業時刻の厳密な管理が難しいことから、その趣旨に鑑みて労働時間の適正把握の対象外とされているのです。
この点、労働時間の状況の把握に関する前掲通達では、その把握方法について、「原則として、タイムカード、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間(ログインからログアウトまでの時間)の記録、事業者(事業者から労働時間の状況を管理する権限を委譲された者を含む。)の現認等の客観的な記録により、労働者の労働日ごとの出退勤時刻や入退室時刻の記録等を把握しなければならない。」とあります。
「労働日の出退勤時刻や入退室時刻の記録等を把握しなければならない」とされている点、管理監督者やみなし労働時間制の適用者の場合であっても、入退室時刻であれば記録があると思いますので、これをもって労働時間の状況の把握とすることは差し支えないでしょう。
しかしながら、入退室時刻のみの管理となると、休憩時間や業務から完全に離れた私的時間など、労務を提供しうる状態であったか否かが判然としません。この点、前掲通達では、「休憩時間等を除くことができず、休憩時間等を含めた時間により、労働時間の状況を把握した労働者については、当該時間をもって、判断する」とされていますが、可能な限り、休憩時間等を把握することが望ましいと筆者は考えます。
仮に労働者に健康被害が生じ、業務上の災害であるとして労災申請が行われた場合、労働時間の状況として把握した時間が長時間となっているケースでは、その中に休憩時間等が多く含まれていたとしても、その記録がないことには当該時間の全てが労働時間相当として認定され、業務上の災害であるものとの判断材料になる可能性がある点に注意が必要です。
また、在宅勤務が一般的となった現在、在宅勤務時における「労務を提供しうる状態であった時間」がどこまでなのかという点も悩ましいところです。在宅勤務時には、休憩時間以外にも、労働から離れたいわゆる中抜け時間もあると思いますが、この中抜け時間を全く把握しないとなると、中抜け時間も含めた全ての時間が「労務を提供しうる状態であった時間」とされてしまうかもしれません。中抜け時間をも労務を提供しうる状態であった時間に含められてしまうのは、筆者は違和感を覚えます。こうしたことにならないよう、勤怠管理システムやスケジューラー等により、中抜け時間が把握できるようにしておくのが望ましいのではないかと筆者は考えます。
いかがでしたでしょうか。管理監督者やみなし労働時間制の適用対象者であっても、概ねの始業、終業の時刻に加え、休憩や中抜け時間といった、労働から完全に離れている時間の記録を残しておくことが労働時間の状況の把握として適切なのではないかと筆者は考えます。ただ、あくまでも健康確保措置の適切な実施の観点から、安衛法に基づき労働時間の状況として把握しているものであって、労基法の観点からの労働時間の把握ではないのです、ということはきちんと整理しておくことが肝要と考えます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
<参考URL>
■厚生労働省 労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html
■通達(平成31年3月29日基発0329第2号)
https://www.mhlw.go.jp/content/000507330.pdf