ノーレイティングは日本企業に多い人事評価制度とは逆ともいえる手法です。そこで、まずは日本式の人事評価の特徴や課題を見ていきましょう。
日本企業に多い人事評価制度の課題のひとつが「相対的なランク付け」です。あくまで「組織の中」で評価されてしまうので、例えば組織全体が絶対的に成長し、全員がある程度優れていたと思われる場合でも、それが評価に反映されにくくなります。
また、組織内で高い評価を得られる人数が限られていますから、身内同士の競争が起きてしまいます。切磋琢磨できて良いようにも思えますが、チームで協力し合いながら仕事を進めたい場合であっても「仲間=ライバル」になってしまい、好ましい協力体制が作れないことがあります。
日本企業に多い人事評価制度のもうひとつの課題が、「年単位の目標設定と評価」です。従来の商習慣では1年がちょうどいい区切りとなっていたのですが、現在はより市場変化が激しくなっており、1年を見通すつもりで立てた目標でも、1年経つ間に市場とマッチしない、古いものになってしまいがちです。
先のような日本企業の人事評価制度の課題を解決する手法として、近年注目されているのが「ノーレイティング」です。
「ノーレイティング」は、レイティングをしない、つまり相対的なランク付けを行わない人事評価制度です。代わりに、上司と部下との1on1ミーティングなどを盛んに実施し、そこで行われる目標設定やフィードバックの内容をもとに、人事評価がなされます。
ノーレイティングの導入は海外企業が先行しており、マイクロソフトやAdobe、アクセンチュアなどの事例がよく知られています。
ノーレイティングでは、年単位ではなく状況に応じて都度目標を設定します。また、一度設定した目標であっても、市場の変化などを踏まえて臨機応変に変更していきます。評価にはランク付けのような一定の基準が存在しないので、給与の決定権限は目標設定やフィードバックの経緯を踏まえている上司に一任され、与えられた人件費予算の範囲内で分配されます。
ノーレイティングでは、こまめなコミュニケーションが信頼醸成につながり、評価への納得感やモチベーションが高まります。また、ランク付けのために起こる社員同士の不毛な競争を避けられ、それぞれの強みを活かした協力体制づくりも図れます。さらに都度目標を設定・変更できるため、市場の変化にも柔軟に対応できます。つまり、日本式の人事評価の課題を解決し得る手法なのです。
ノーレイティングの特徴のひとつが頻繁な1on1面談です。ただ機会を増やせばいいというものではなく、シビアに目標を見直し、適切なフィードバックを行っていく必要があるため、手間も時間もかかります。ただしうまく運用していけば、こまめな業務改善が図れて、大きな失敗をする前に方針変更できるなど、手間や時間をかけるだけのメリットも期待できます。
頻繁に面談を行いフィードバックしても、内容が的外れでは、改善や適切な目標設定につながりません。ノーレイティングを適切に運用できるかは、部下の働きぶりを分析し、指導する上司のコミュニケーション能力、マネジメント能力によるところがかなり大きくなります。
また、給与を上司が適切に分配できるかも重要なポイントです。基準のない中、自分で部下の給与を決めなければならない上司にとっては心理的な負担が大きい一方、決定権を濫用するようなよからぬ上司の場合は、不正な評価や、給与分配が行われる懸念もあります。
ここではノーレイティング制度を検討するにあたって、参考になりそうな事例を紹介しましょう。
食品メーカーであるA社では、「約束と結果責任」を経営の重要ポイントとしています。これを徹底するため、人事評価も「部下による目標設定と上司による一方的な評価」ではなく、「上司と部下の間で目標に関する契約を交わし、その達成具合を評価する」スタイルをとっています。契約にあたっては上司と部下で話し合い、お互いに納得した上でサインへと進みます。契約の形を取ることで部下の納得感も増し、目標に対する主体的な努力や結果への責任感を引き出せています。
日用品メーカーB社では、社員一人ひとりの自律性を高めたいという考えから、半年ごとに給与額を自己申告させる制度を採り入れました。申告にあたっては部下から「給与額に見合う貢献内容」を提案し、上司と部下がお互いに納得できるまで話し合いを重ねた上で、最終的な給与額を決定しています。結果ではなく「期待値」を評価するところがユニークですが、人件費が上がった一方で営業利益率も向上し、労働分配率はむしろ下がったといいます。
ノーレイティング制度は、部下のやる気や主体性、納得感を引き出すことが期待できる一方で、運用にかける手間や時間、上司の資質などといったリソースやコストもかなりかかる、いわば「ハイコスト・ハイリターン」の手法といえます。腰を据えて取り組む覚悟と、管理職をはじめとする社員の本質的な理解を深め、コミットメントを引き出すことが求められます。
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