いま、多くの企業の注目を集めている「越境学習」――。ビジネスマンが自社職場という「ホーム」から離れて、職場以外の「アウェー」に学びの場を求めるもので、昔風に言えば「武者修業」「異業種交流」といったところか。それがなぜ今、注目されているのか。ワークライフ・ラボの4月例会は4月21日、このテーマ研究の第一人者である法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴(のぶたか)教授をお招きして、ナビゲーターの佐藤博樹東大名誉教授と縦横に語っていただきました。
まず、石山さんのお話をまとめると、以下のようになります。
越境学習の目に見える効果というのは、なかなかわかりにくいものです。そこで、私たちは越境学習に熱心な経済産業省と連携して「越境効果」の見える化プログラムを実施。経験者40人以上にインタビューして、越境学習の全体像を浮かび上がらせ、それを昨年、「越境学習入門」という1冊にまとめました。
越境学習とは境界を越えて学ぶという意味ですが、それは自分が普段いる職場で、居心地はいいが刺激はないという「ホーム」と、居心地は悪いが刺激のある場所という「アウェー」の両方を行ったり来たりして、刺激を絶やさないことです。
いわば、わくわく、どきどきする「冒険」に通じます。
越境学習には企業主導と個人主導の二通りがあります。企業主導は留職、レンタル移籍、ワーケーション、プロボノ(専門知識・スキルを使った社会貢献活動)など。
個人主導には副業、ボランティア、育時休職、マンションの理事会、ワーケーションなどが あります。
「アウェー」では会社のような上下関係がなく、自分と異質な事柄や人々と一緒になることから、主体的な行動につながり、固定観念の打破が生まれます。会社の中で熟練度を上げる縦の糸の「経験学習」に対して、それを意図的に停止して固定観念を打ち破る横の糸が「越境学習」ということもできます。
越境学習の過程は越境前、越境中、越境後に大別できますが、問題は越境後に起こることが多い。というのも、越境先で得たスキルや考え方を“古巣”の職場で応用しようとすると、周囲の冷めた目に浮いてしまいがちになるからです。組織に再適応しながら少しずつ行動を起こして、周囲を巻き込むようにすることで、越境学習の成果が現れます。
言い換えると、越境者は個人内部の多様性を獲得できることができます。しかし、だからこそ越境者の多様性が自社の同質性と衝突する状況も起こります。そのため、組織の中では「越境者はチャラチャラしている」という反応が起こることもあります。
しかし、越境者は組織におけるダイバーシティー(多様性)をもたらすことも事実です。「越境学習入門」に対して反響の多かったのは育休経験者で、育休のこれまでと異なる経験が会社に戻って役に立ったそうです。つまり、育休も越境経験のひとつになるのです。
(編集部の声:確かに、チャラチャラしている同僚たちのいる職場ってありますよね。単なる“チャラ男”なのか、越境学習の成果なのか。組織の多様性につながるという視点、そこに大切なポイントがありそうです。)
ここから、佐藤さんとのやり取りに入ります。
佐藤さん:確かに「越境」している人はたくさんいると思いますが、それが「学習」にどう結びつくんでしょうか。
石山さん:マンションの理事会役員を引き受けた場合を考えてみましょう。何も考えずに「面倒くさいな」と思いながら出席しているだけなら「アウェー感」は生まれません。
しかし、理事会の行事などを通じて、住民の中にも様々な人がいて、意思決定の際に自分の会社とは違う過程を踏むことに興味が沸いてくれば、アウェー感が生まれてそれが「学習」につながります。「ホーム」を客観的に見ることもできるようになります。
佐藤さん:育休経験者の反応が大きかったということですが、越境学習が1人の人間の「多重役割」とどうつながるんでしょうか。
石山さん:そこは佐藤さんが研究している「境界管理」の範疇に入るのではないかと思いますが、育休が越境学習につながるかどうかは、「育休の自分」と「会社の自分」の違いを認め、それらの多重のアイデンティティを自分の中に許容できるか、ということにあります。それが多重役割ということにつながるわけです。
佐藤さん:私は大学院で社会人の勉強を手伝ってきましたが、年代や研究テーマはさまざまで、中には「学生」になりきれない、エライ肩書の人もいます。
石山さん:そこは社会人大学院の最もむずかしいところでして、ディスカッションの際に会社での地位が高い年配の人が若い人に「じゃあここは、若い人が発表してちょうだい」などと上から目線で言う人がいるんですよね。
しかし大学院のディスカッションに年齢は関係ないわけで、会社の地位に囚われないフラットなコミュニケーションができないと、「越境学習」にはつながりません。
しかし、誰でも半年間、大学院のアウェーとしての環境でフラットなコミュニケーションに慣れていくと、会社の地位や年齢への囚われから脱却できるようになります。
(編集部の声:終身雇用が一般的だった日本企業の場合、ビジネスパーソンの会社での肩書に対するこだわりは強烈でした。同じようなエピソードは転職コンサルタントあたりからも聞きますね。そういう人ほど、転職先では“使えない”ケースが多いとか。)
佐藤さん:先ほどの「越境後」の課題について、どう乗り越えればいいんでしょうね。
石山さん: 越境元の組織での同質性に再び過剰適応して、多重役割から同質性の強い自分に戻る人もいます。しかし、逆に乗り越える人も沢山います。
乗り越えられる人は、社内外に悩みなどを共有できる人がいて、体験を語り合える場を作ったりしているケースが多いですね。また、課題としては、上司が新しい学びを獲得した越境者に嫉妬する場合もあるようです。だからこそ、上司にこそ越境してほしいです。
佐藤さん:本日の参加者からの質問です。「社内異動」「社内副業」なども越境学習に入るのですか?
石山さん:どちらも一定の効果はあるとは思いますが、「異動」当初はアウェー感がありますが、やがて異動先になれると「第二のホーム」になってしまい、効果は低減します。「社内副業」にも越境効果はありますが、同じ社内であるため組織文化の類似性が高く、その分、越境効果は限定的です。
そもそも、「アウェー感」というのは「冒険心」と同じで、わくわく、どきどき感が伴うものです。ですから、会社に強制されてやるのではなく、自分の意志で楽しむことができるかどうか。これがカギになるのではないかと思います。
取材・編集 アドバンスニュース