2年以上に及ぶコロナ禍ですっかり定着したテレワークですが、定着したのは言葉だけで、どうも企業側の腰は定まっていないようにもみえます。企業も働く人も、テレワークとどう向き合えばいいのでしょうか。第3回ワークライフ・ラボ(ワクラボ)では9月15日、気鋭の労働法学者、大内伸哉神戸大大学院法学研究科教授をお招きして、ナビゲーターの佐藤博樹中央大学大学院教授とテレワークについて考えました。
まず、大内さんが「テレワークをやめる企業と続ける企業」と題して、以下のように課題提起しました。
「厚生労働省の報告書によると、コロナでテレワーク率は60%まで上昇したものの、その後は下降し、現在は40%前後で推移しています。しかし、テレワーク経験者の圧倒的多数は継続を希望しています。これに対して、企業側はテレワークに積極的というわけではありませんが、だからといって対面型(出社型)に戻そうという方向性がみられるわけでもありません。
私はテレワークが近未来の働き方の標準タイプになるとみています。なぜなら、今後主流になるDXに適した働き方であり、企業も無視できなくなるからです。逆に、旧来の日本型雇用が残り、DXに対応できなければ、それがテレワーク普及のボトルネックになるでしょう。
テレワークは企業、労働者、社会全般にとって価値があります。具体的に言いますと、企業にとってはBCPの一環、経費節減、人材獲得、介護離職防止などのリテンション、DX人材へのアピールなどのメリットがあります。
労働者にとっても、移動が困難な人たちの就労可能性が広がり、通勤が不要なので疲労を軽減させ、ワークライフバランスも実現でき、災害時でも安全に仕事ができます。好きな場所で働けるという「場所主権」という理念的価値もあります。これらは労働者の生産性を高め経営側にもプラスになります。
さらに、社会全体にとっても、“会社人間”だった人たちが地域社会へ回帰することで地方政治が活性化する、企業の地方誘致が可能になって地方創生が進む。コロナ禍で注目されたSDGsやESGとも整合的です。
そもそも、20世紀の働き方は技術に支配された、雇用という「中央集権的就労」でした。これに対して、21世紀はICTなどのデジタル技術を活用して、自分に合った働き方をする「分権的・自律的就労」であり、そのカギになるのがテレワークなんです」。
大内さんの課題提起を受けて、佐藤さんとの議論が始まりました。
佐藤さん :大内さんの話を聞いていると、テレワークのメリットは確かに多いとは思いますが、対面型就労(出社)にも「意図しない社員間のつながり」とか「対面型で生まれるアイデア」といったメリットもありますよね。管理職は出社型とテレワーク型の両方をマネジメントするのは大変ですが、当面は両者を組み合わせたハイブリッド型になるのかなと思いますが。
大内さん :それはそうです。ただ、日本の職場はアナログ過ぎるのでデジタルの価値を多少強調したのです。大事なことは、会社が社員を職場に集める「中央集権的就労」は、見直すべき時期に来ているということです。最初はハイブリッド型になり、マネジメントする管理職は大変かもしれませんが、それは乗り越えなければならない壁であり、真の意味でのマネジメント力が試されるのではないかと思います。
佐藤さん :大内さんの言う「場所主権」の働き方が、なぜ「自営的就労」につながるのか、もう少し詳しく解説してください。
大内さん :まずデジタル化が仕事の中身を変えていきます。例えば、コンビニの無人化が始まっているように、今後、単純作業はAIやロボットの領域になり、人間はもっと知的で創造性のある作業に従事することになるでしょう。現在の法律でも、裁量労働制や高度プロフェッショナル(高プロ)制度で働く人は、これに近い仕事をしているでしょう。
裁量制や高プロの仕事は働く場所、時間に比較的縛られない職種で、一応は会社に「雇用」されてはいますが、実態はかなり「自営的」ですよね。そういう人は、そのうち会社から独立し、自律的にテレワークで働くようになるのです。
佐藤さん :それを突き詰めていくと、企業という組織自体が不要になりませんか。
大内さん:日本は政府がいまごろになって「フロッピーディスク廃止」を打ち出すような国ですが、グローバルな環境にあるビジネスの世界は5年先の予測もできないくらい技術革新が急速に進んでいます。そうした世界では、組織はかえって重荷になり、人材も市場から柔軟に調達したほうがよいのです。
そうした変化に企業も職場も対応しなければなりません。フロッピーディスクをやり取りしなければ仕事が進まないような職場なら全員が出勤、ということになるのでしょうが、これからの時代、そんな会社で働きたいと思いますか。
(編集部の声 :テレワークの普及を妨げているのは、どうも管理職ではないかという感じで話が進んでいます。新人のころ、「二日酔いの翌日ははってでも出てこい」と出社精神を叩き込まれた管理職の皆さんが戸惑うのも、わからなくはないですが)
佐藤さん :管理職にとって、個々の社員に「適正な仕事」をどう割り振るか、テレワークだとよりむずかしい面も出てきます。下手をすると、「できる人」ほど仕事が集中しちゃうとか。仕事の量や質、納期などに関して上司と社員の間で十分な意思疎通を図る必要が、今以上に出てきますね。
大内さん :労働法は労働者の権利を守るためにあるのですが、現代は法律以外にSNSなどで企業が口コミ評価され、「ブラック企業」とみなされると人材が集まりません。今の霞が関(中央官庁)の人気低落がそれを物語っています(笑)。
「場所主権」という考え方も、「テレワーク=自宅」と一律にとらえるのではなく、近所のカフェ、リゾート地、会社など、自分にとって仕事の効率が上がる都合の良い場所を、自分で選べるという点が重要です。それができない会社には人材が集まらない時代になっていきます。
(編集部の声 : 2人の議論からはテレワークの奥深さが感じられました。大内さんは昨年、『誰のためのテレワーク? 近未来社会の働き方と法』(2021年、明石書店)を出版しました。テレワークについてもっと知見を深めたい人には恰好の1冊ですね)