ある調査によると、新規採用者がもっとも生産性に優れる期間は入社後6か月間とされています。これは、雇用主にとってこの蜜月期間は新規採用者のトレーニングを行い、エンゲージメントを確立し、関係を築くまたとない機会であることを意味しています。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)パンデミック後の新たな世界では転職率は過去最高レベルを記録し、この蜜月期間はこれまで以上に重要な時期となっています。
しかしながら、多くの組織は持てるすべての時間と予算を電話や自社を紹介する動画、採用活動を通じた人材確保に費やしており、従業員と雇用主の関係が始まるかけがえのない機会を重視していません。効果的な人材管理、ましてや人材開発は従業員の入社初日、言い換えればオンボーディング時から始める必要があります。
Equifaxによると、自主退職をした従業員の40%は入社後6か月以内、16%は12か月以内にそれぞれ行動を起こしていました。これは、自主退職の半数以上は入社後1年以内に発生していることを意味しています。
そして、この数値は増え続けています。SHRMが発表したレポートによると、継続的なトレーニングやキャリア開発に関する正式なプロセスが用意されていない場合、全従業員の60%はわずか4年以内に退職するとされています。人事部門リーダー350人を対象としたある調査※1では、回答者が属する組織の76%は新規採用者のオンボーディングをまったく行っていませんでした。さらに問題なのは、Kronos(現:UKG)とHuman Capital Institute(HCI)が共同で行った調査によると、回答者の約4分の1※2は自社にはオンボーディング・プログラムは存在しないとしています。
しかし幸いなことに、こうした離職を防ぐために組織が採り得る手は数多くあります。上述のSHRMによる調査によると、効果的なオンボーディング・プログラムが存在する企業では新規採用者の入社初年度における定着率は91%でした。一般論として、人材管理の主要要素としての充実したオンボーディング体験への投資が必要なことは明白です。しかし、企業はどのように、そしてどこから手を付ければよいのでしょうか?
何より必要なのは体系化されたオンボーディング・プロセスの導入ですが、それは適切に体系化されたものでなければなりません。
SHRMが実施した調査によると、それらのプログラムを開発した企業でもその大半は主たる目標を達成していません。回答者の62%はオンボーディングの主たる目標は従業員を職場文化へ調和させることとしていますが、それに見合う成果は生まれていません。回答者によると、職場文化への調和がオンボーディング・プロセスに占める割合はマネージャー向けの場合が30%、一般社員向けの場合は27%と低レベルに留まっています。
関連コンテンツ:人事部門による従業員の生産性向上を実現させる6つの方法 (英語ページ)
オンボーディングを従業員リテンション向上のためのツールとして活用する代わりに、昨今のオンボーディング活動の約40%は福利厚生フォームへの記入やコンプライアンス文書の確認といった事務手続きが占めています。オンボーディングでもっとも多く行われたことは何かという質問に対しては、以下のような回答がありました:
|
多くのオンボーディング・プログラムは新規採用者が自社について知っておくべき基本的事項をカバーしているものの、それができていないプログラムもかなりの数が存在します。
オンボーディングは、いわゆる蜜月期間にある新規採用者が新天地となる会社についてよく知り愛着を深める時間でなければなりません。しかし、現実にはそうではないケースが大半です。ある調査によると、新規採用者は入社後数か月間には不安や混乱、ストレスを抱えていることが多いとされています。
新規採用者が抱いている不安の大半を軽減し、この時期の経験をより良いものとし、そして従業員ロイヤリティと在籍期間を増加させるには入社直後の人材管理を見直す必要があります。ここからはそこで重要となる5つの方法を紹介していきます。
新規採用者との昼食会(対面またはバーチャル)であろうと、チーム作りの活動であろうと、チームメンバーへの戦略的紹介であろうと、親睦や人間関係はリテンションにとってきわめて重要です。そうした紹介の場を活用して、良きメンターになると思われる自社従業員と新規採用者を引き合わせてください。メンタリングによるサポートの実施は新規採用者にさらなる安心感を与え、彼らのオリエンテーション後もメンター/メンティーの関係が続く可能性を高め、継続的な学習やサポート、人材開発の機会をもたらしてくれます。
新規採用者にメンターまたはパートナーとなる同僚を設定することは、生産性とリテンション両面に肯定的な影響を及ぼします。Googleの「バディ・ハイヤー・プログラム」では、大半のニューグラー(新規採用者を指すGoogleにおける親愛の表現)には生産性の高い従業員に成長する過程を推進させるメンターが設定されます。
IBMのロイヤル・ブルー・アンバサダー・プログラムでは、新規採用者には入社後30日間、自社の仕事にいち早く馴染んでもらうためのサポート役としてベテラン従業員のメンターが設定されます。30日経過後は、「グラスルーツ・コミュニティ」と呼ばれる自発的なサポートグループが新規採用者による組織への順応をサポートしています。
新規採用者同士が問題や機会、経験を共有できるようにするための「新規採用者」のアフィニティ・グループの設定を検討してみてください。これはオンボーディングの対象が大人数の場合は特に有効です。重要なのは新規採用者に他者と親密な関係を築いてもらうことで、新規採用者にとって自分と同じ立場の人々はこうした適応と学習の期間を理解してくれる最適な相手となります。
こうした最初の数週間・数か月という重要な時期には、新規採用者による会社への順応や関係構築、生産性の最大化をサポートするためのキャリア・トランジション・コーチを用意する必要があるかもしれません。ハーバード・ビジネス・レビュー※3によると、新規採用者が自主退職を決意した2大理由として社内での人間関係がなかったこと、そして新たな職場の文化へ順応できなかったことが挙げられています。コーチングを受けることで、新規採用者は全社的ビジョンの実現における各自の役割の理解、目標の定義および優先順位付け、それらの目標を達成するための戦略策定、早い段階での成功体験による自信獲得、社内関係構築のための戦略策定が可能となります。
関連コンテンツ:社内でのキャリアアップによって従業員ファーストをサポートするための3つの方法
コミュニケーション計画の導入は重要です。この計画には、従業員の入社初日からの重要なタッチポイントや計画的コミュニケーションを含める必要があります。一般的には、コミュニケーションの頻度として望ましいのは入社後2週間、30日、45日、60日です。
Googleのアナリティクス・チームは、新規採用者の生産性にもっとも好影響を与える要因の発見という先駆的研究を行いました。同社にとって人的資源(またはピープル・オペレーションズ)とは科学であり、同社は常に幸福とパフォーマンス両面において社員を最適化する方法を検証しています。実際、Googleが行っていることのほぼすべてはデータに基づいているため、同社が従業員のパフォーマンス測定と生産性改善にデータを活用しているのも至極当然です。
新規採用者に新たな職場について理解させ馴染ませることは、オンボーディングの重要成功要因です。元Google人事担当SVPのラズロ・ボックは自著『Work Rules!: Insights from Inside Google That Will Transform How You Live and Lead※4』(邦題:『ワーク・ルールズ! ―君の生き方とリーダーシップを変える』)で、Googleは採用担当マネージャーにシンプルな「リマインダー・アラート」のメールを送ることで新規採用者が生産性を発揮するまでの時間を1か月、比率にして25%減という驚異的な成果を上げることに成功していると述べています。採用担当マネージャーに送るメールの内容は新規採用者に対する準備をしたり、歓迎したり、時間を割いたりするよう促す実に短いリストで、シンプルながら大きな効果を生み出しています。
ニューグラーは入社後の2週間、対面式のトレーニング&オリエンテーション・プログラム(ただし、コロナ禍の現在はビデオ会議によるセッションの場合あり)で組織構造やコア・テクノロジー、ベストプラクティスについて学びます。それ以降は先輩社員が(可能な限り)対面でGoogleの事業や文化をレクチャーしつつ、自身の経験を語ったりチームレベルの展望を共有したりします。その結果、新規採用者と他の社員の間に親近感が生まれ、価値観や専門用語の共有が可能となります。
新規採用者のマネージャーはオンボーディング体験におけるもっとも重要な人物の一人で、彼らのサポートは新規採用者の成功機会、ひいては長期的な人材開発に直接好影響を与える場合もあれば、悪影響を与える場合もあります。409人の大卒者を社会に出てから2年間追跡したある調査※5では、新規採用者が感じた上司によるサポートの度合いは役割明瞭性や業務満足度、さらに長期的には各自の報酬に影響を及ぼしていました。別の調査によると、新規採用者の順応度は上司の行動が支援的か妨害的かで促進されることもあれば抑制されることもあることが判明しています。効果的なオンボーディング・プログラムとは新規採用者の経験だけでなく採用担当マネージャーの経験も考慮するものであるという点はきわめて重要です。
マネージャーは部門やチームの目標、重要業績指標、マネジメントスタイルを新規採用者と共有しながら、新規採用者が重要な優先課題や期待すべきものをより良く理解できるようにすることが重要です。部門の業務や実情に応じたオンボーディングを行うことで、新規採用者は自分が加わった部門/チームで重視されていることや優先課題を直ちに理解できるでしょう。
以下は、マネージャーを上手く関与させてオンボーディング・プログラムを成功に導くための各種方法です:
|
新規採用者の成功を最大化させるには、マネージャーは各員の進捗や進歩度合い、達成度を認識している必要があります。順調に馴染んでいる新規採用者については、特別な対応は必要ありません。マネージャーに対しては新天地に馴染めていないように思われる新規採用者に手を差し伸べているかどうか確認するのではなく、「ありがとう」や「よくやったね」といったことをあえて伝えるリマインダー・メールを送るのも一つの手です。マネージャーが頻繁に新規採用者の状況を確認し、彼らの目標や専門的能力開発の機会について時間を設けて話をするようにさせることが重要です。会社が新規採用者一人ひとりを心から気に掛けていると示すことは、強固かつ永続的な関係を構築するうえで多大な効果があります。
最終的には、これは人事部門にとっても重要となります。フィードバックというデータがなければ、自社のオンボーディング・プログラムも上級幹部の要請や部門の成功に基づいて実施した投資増の成否を測定することはできません。また、これは人材管理および人材開発のプロセスや戦略に及ぼす影響を軽減することにもつながります。
データを活用してオンボーディング・プログラムを向上させるもっとも明白かつ有益な方法の一つが、新規採用者が入社時トレーニング終了から1か月、6か月、1年を経過した時に行う調査です。この調査データを活用して、プログラム・コンポーネントについて効果があったもの、改善が必要なもの、追加措置が必要な部分を見つけ出してください。
この調査を実施する際には、以下2点に留意しながら行うとよいでしょう:
|
こうした質問はタブーのように思われますが、その相手に今後また退職を決意させるかもしれない要因に関する洞察を得ると共に、退職プロセスにおける従業員リテンションの測定可能な形での改善につなげることができます。
入社前の新規採用者に対して自社に関する様々な情報を与えておくことは、オリエンテーション開始前の時点で「入社初日」のストレスを減少させる非常に効果的な方法です。ここで重要となるのが、テクノロジーのサポートです。
内定後速やかに自社の従業員向けサイトへアクセス可能にしておくことは、新規採用者に新天地での業務にスムーズに馴染んでもらうために有効です。このサイトは、新規採用者がこれから働くことになる会社のあらゆることを知ることができるようになっている必要があります。以下はサイトで確認可能としておくべき一例です:
進捗追跡に関する簡単なクイズを含めても構いません。 |
Succeeding@IBMは入社前の学習およびトレーニングを提供するもので、入社前にコミュニティに参加した新規採用者は初年度で退職する可能性が80%減少しています。ワービー・パーカーの新規採用者には自社の歴史や基本的価値観、新聞/雑誌記事のクリッピング、入社初日/初週/初月に新規採用者が期待すべきことを網羅したデジタル形式のウェルカム・パッケージが送られてくるほか、入社前夜には直属の上司から電話が掛かってくる仕組みになっています。
これらはオンボーディング・プロセスを可能な限りスムーズにし、新規採用者には入社前から必要な情報を提供して勤務開始後は存分に力を発揮してもらいたいという狙いから生まれたものです。これにより、新規採用者には入社前からその会社の一員という自覚を持たせることができます。
関連コンテンツ:2021年度版キャリア・ウェルネスの優先順位化 (英語ページ)
これまでのオンボーディングは、プロセスというより一つのイベントとみなされてきました。1~2日かけて受け身のオリエンテーションを受講する新規採用者は、会社のポリシーや手続きに関する情報を与えられ、多くの書類にサインし、現場勤務の場合はツアー形式で職場を見て回るだけでした。しかし、今日のタレント・エコノミーで活躍する先駆的企業は、新規採用者にいち早く生産的な人材として活躍してもらうべく、(主にバーチャル形式で)いかに自社の文化について学び馴染んでもらうかに知恵を巡らせる必要があります。
人材の確保は激化し離職率は劇的に上昇しているなか、企業の上級幹部や採用担当マネージャー、人事部門リーダーには非伝統的なオンボーディング・プロセスが新規採用者の生産性とリテンションに及ぼし得る甚大な影響の理解が求められています。オンボーディングは書類にサインをさせ基本的事項を説明するという従来の形から、新規採用者に自社で働く喜びを与えつつ、いち早く(そして長期的に)生産的な人材として活躍してもらうために必要な情報やサポートを提供するものに進化していく必要があります。
[参考]