評価する側もされる側も頭を悩ませる「人事評価」。連載の第5回は、“年次評価制度の限界”や新たに生まれた“ノーレーティング”という人事評価のコンセプトに迫っていきます。
今回のテーマは「評価」。しかし評価と聞くとむしろ気が重くなるという人は多いのではないでしょうか。人が人を評価するのですから絶対に正しいという保証はなく、評価する側の負担感もさることながら、評価される方も成果をいかに上司に正当に理解してもらうか、やきもきするものです。しかも評価結果には万人が満足するわけではないという運命が常につきまといます。それでもせめて評価の過程について納得性を増すためにできることはあるはずです。ということで評価制度について考えてみたいと思います。
(このシリーズはランスタッドのHRヘッドが経営の視点から人事の未来を語るコラムです。ビジネスの環境変化や社員のニーズをどのように組織開発に反映し、またコンフリクトやジレンマをどのように乗り越えているか、リアルタイムの試行錯誤をお伝えします。)
一つの会社でも様々なビジネス、職種、役割があり、単一軸でスコアを付けて評価する方法はかなり厳しくなってきました。評価の公平性を高めるために目標の立て方や難易度についての認識をそろえ「SMART」*な目標設定を説くものの、それが却って達成しやすい無難で内向きな目標設定に社員を動機付けることが往々にして見られます。このような目標設定は、アジャイルで成長志向の企業にはむしろ逆効果になりかねません。
また、ビジネス環境が目まぐるしく変化する中で、期初に立てた目標が期末まで変わらないというケースはもはや珍しいはずです。ビジネスサイクルは財務サイクルとシンクロしているわけでもなく、予算との兼ね合いがあるものの1年という評価期間は合理性を欠いていると言わざるをえません。
評価によく用いられるS、A~D評価の正規分布はどうでしょう?イノベーションや破壊的なテクノロジーが企業業績を左右するようになった昨今、パフォーマンスの分布においてはトップパフォーマーとその他平均的な社員の価値に大きな差があるパレートの法則*のほうがよく当てはまるとも言われています。企業としては平均的社員を評価で細かく差をつけることより、トップパフォーマーに大きく報いることに資源(時間、金)を使うことのほうが合理的になってきているとも言えます。
このように人事評価の前提となる基準が変わり、評価の在り方が見直される中、生まれてきたコンセプトが「ノーレイティング」と呼ばれるものです。導入している会社は少ないですが、注目されているのでご存知の方も多いでしょう。ノーレイティングを採用している企業では賞与の配分方法も多様ですが、一般的には賞与原資を部門やチームのマネージャーに委ね、マネージャーが分配することが多いようです。そこではマネージャーに説明責任が求められます。
そこでノーレイティングが機能するには、上司と部下の頻繁な1 on 1(対話)により達成感を共有し、信頼感を深め、タイムリーなフィードバックがあることが前提となります。1 on 1の中で会社の目標達成に向けてギャップや行動を修正することで、組織としてのパフォーマンス向上にも繋げるわけです。そこでは個人のキャリアや成長について未来志向のディスカッションも重要視します。本質的に必要なのは社員一人ひとりに合わせた丁寧なコミュニケーションであり、それによる社員の納得感ではないでしょうか。
当社も一律のスコアを付けておらず、グレートカンバセーションという1 on 1の仕組も導入しています。まだ改善点は多々ありますが、本当に実現したいことにフォーカスすることで、出口のない方法論から抜け出せるのではないかと考えています。自分の頑張りが会社の成長にどのように貢献しているかを心から実感できれば、それこそが究極の人事評価なのだと信じています。
*パレートの法則とは、ある事象の2割が全体の8割を生み出しているという経験則
【筆者プロフィール】
金子 久子(かねこ ひさこ)
ランスタッド株式会社 人事本部 取締役 兼 最高人事責任者(CHRO)