キャンディデートエクスペリエンス(Candidate Experience)という言葉をご存知でしょうか。UX(User Experience:ユーザー体験)に近い概念で、直訳すると「候補者(応募者)体験」。近年、欧米の採用市場を中心に重要視されはじめています。労働人口の減少により売り手市場が続く中、企業が優秀な人材を採用し続けるために今後不可欠となる「キャンディデートエクスペリエンス」の概念とは。採用プロセスにおける重要性や、効果測定のための指標などについてご説明します。
「キャンディデートエクスペリエンス(応募者体験)」のデザインとは、採用候補者が接する可能性があるすべてのタッチポイントにおいて、候補者にどんな体験をしてもらうか、その結果、自社に対してどんな印象を抱いてほしいのかまでを細かく想定して設計することを指します。
企業の採用活動は、①認知を得る、②エントリーを受ける、③選考するという3つのプロセスに分けられます。これまでの採用活動で多くの日本企業が重要視してきたのは、①の「認知を得る」部分に限ったものでした。例えば広告の出稿やポータルサイトへの情報掲載、説明会の実施などです。
買い手市場の時代であれば、それでも順調に採用活動が成功していたでしょう。しかし、今はそれだけでは不十分なのです。
より優秀な人材を集めることができるかどうかは、エンプロイヤーブランド、つまり勤務先としての魅力の有無に左右されます。企業としてのブランド力を高めるには、これまでの成功体験に縛られることなく、改めて採用候補者側の視点に立ち、キャンディデートエクスペリエンス(応募者体験)をデザインすることが有効です。
公式サイトやソーシャルメディア、従業員口コミサイトなど、インターネット上で触れる可能性がある情報への配慮はもちろんのこと、求人への応募から各選考、面接、その過程で発生するやり取りまで、候補者が辿るであろうすべての行程がキャンディデートエクスペリエンスデザインの対象となり得ます。
SNSや口コミサイトなど、インターネット上のタッチポイント以上に重要なのが、「エントリーを受ける」「選考する」段階におけるキャンディデートエクスペリエンス(応募者体験)のデザインです。このフェーズで企業側がどのように対応するかによって、採用候補者が企業に対して抱く印象に大きな影響を与えるのです。
毎年、キャンディデートエクスペリエンス(応募者体験)に関する調査を実施しているアメリカの非営利団体「The Talent Board」によると、求職者が応募を取り下げる理由として最も多かったのは、「自分の時間が軽視されていると感じること」だそうです。
エントリーするまでのプロセスは、無駄なく効率的に完了できるよう配慮されているか。不明点をすぐに確認できる導線が明確になっているか。連絡はスムーズに行われているか——こうしたポイントにおいて、あなたの会社の採用活動は適切に設計されているでしょうか。
キャンディデートエクスペリエンスが適切にデザインされているかどうかの効果を測定するための指標としては、以下のようなポイントが考えられます。
例えば、応募フォームそのものがわかりにくい、一度入力したものが消えてしまう、入力箇所が非常に多い、同じ内容のものを再度回答させられる、など不必要な手間のかかる導線になっていませんか? また、エントリーや求職者からの連絡に対して迅速に返信ができていますか?
応募したのに担当者から全く返答がない、採用プロセスの中で連絡が取れなくなる、など離脱者の割合はどのくらいいますか? 内定辞退者だけではなく、途中で離脱してしまった求職者の割合も把握しておきたいところです。
問い合わせや苦情はどのくらいありますか? 問い合わせが多い場合は、適切な情報提供ができていない可能性があります。
こうした採用プロセス内の状況を可視化することにより、取り組むべき施策が明確になります。定期的なモニタリングによって、企業側はよりよいキャンディデートエクスペリエンス(応募者体験)を追及することができるのです。
当然のことながら、業種・業界や企業が追っているミッション、採用を通して得たい効果やゴールは企業によって異なります。採用プロセスの中でどのポイントをモニタリングし、数値を上げていくかは企業内で十分に議論し、見極めることが重要です。
エントリーから選考終了まで、うまく設計された採用プロセスは、たとえ候補者が最終的に採用にいたらなかったとしても、良い印象を残せるものです。
例えば不採用になった学生に対して、いわゆる“お祈りメール”など、テンプレートのような対応で終えてしまえば関係性もそれまで。しかしここでもキャンディデートエクスペリエンス(応募者体験)デザインを意識することによって、採用活動の効果を最大化することができます。
その象徴的な事例を一つ、ご紹介しましょう。国内のとある大手食品メーカーでは10年以上、毎年の新卒採用のプロセスの中で、不採用となった学生に必ずお礼の手紙と自社商品を送っているそうです。
そうした企業側の姿勢に感動した学生がSNSでその出来事を話題にすることで、学生のみならず、一般のSNS利用者に対しても良い企業イメージが広がっています。一時的な効果だけではなく、好印象を抱いたまま就職活動を終えた学生が他社で経験を積み、数年後に転職活動をするときに再び入社を希望してくれることもあるでしょう。
企業にとって採用活動は、多くの人と接点をつくり、ブランドイメージを高めるチャンスです。そう考えると、候補者に対する接し方、対応の仕方が変わってくるのではないでしょうか。
求職者の記憶に必ず残る体験を提供するのは、決して簡単な作業ではありません。しかしキャンディデートエクスペリエンスを一つの指標として取り組むことによって、エンプロイヤーブランド向上につながり、採用活動を成功に導いてくれるはずです。